第222話 勅使河原さんとグッドルッキングオーガ

 花祭学園の写生大会について説明しよう。

 この企画は、コンクール形式で行われ、学年関係なしのガチンコ勝負。

 金賞一人、銀賞二人、銅賞三人が最終的に選出される。

 そして、ご褒美もある。

 なんと、学園長のありがたい自筆の賞状の他に、副賞として図書券が上から順に1万円、5千円、3千円と大盤振る舞いで与えられるのだ。

 そのため、腕に覚えのあるものはマジで参加する。


 さらに、ファニー賞と言う、別枠の賞も用意されており、そちらの副賞は学食の金券5千円分。

 いかにユーモラスな絵が描けるかを競うため、絵心のない者にもやる気を失わせない。

 私立ならではの娯楽と教養を兼ねたイベントなのである。



「コウちゃん、コウちゃん! ポカリ貰って来たよーっ!」

「おう。サンキュー。しかし、惜しかったなぁ」

「ほえ? 何がー?」

「いや、お前、絵がめちゃくちゃ上手いじゃねぇか。生徒会は今回不参加になっちまったから、もったいなかったなぁと思ってな」

「わたしなんか全然だよーっ。もっと上手い人、たくさんいるよー?」

「少なくとも、俺よりゃ上手いだろ」

「にははーっ! コウちゃんの絵は独創的だからねーっ!」

 違う、あれは壊滅的と言うんだ。


「わたし、汗かいてる人にポカリ配ってくるねーっ」

「おう。毬萌もしっかり水分取れよ」

 「はーいっ」と元気の良い返事を残して、駆けていく毬萌。

 慌てて転ばなければ良いが。


 さてと、俺も巡視活動と行こうか。

 明らかに具合の悪そうなヤツは、強制的にバスに連行するのだ。

 一度任された以上、手加減はできない。

 そんな訳で、獲物を探すハイエナの様に徘徊していると、額から汗が流れている女子を発見。

 それが知り合いなものだから、これはなおさら放っておけない。


「勅使河原さん。精が出るのは良いが、暑くないか?」

「あ、桐島先輩。お、お疲れ、さま、です!」

「集中するのも良いけども、水分は取った方が良い。ほい、ポカリ」

「す、すみま、せん。いただき、ます!」


 多くの生徒が日陰を選んで絵を描いているのに、なにゆえ彼女は太陽の真下をチョイスしているのか。

 ここはアスファルトからの照り返しも強く、非常にコンディションが悪い。

 さらに、彼女の向いている方向には、ほんの少しの花壇と、あとは駐車場が広がっているだけである。

 ここまで不思議が重なると、聞かずにはいられないのが人情。


「ところで、何を描いてるんだ?」

「あ、やっ! あ、あの、これは、そ、その!」

 そこに描かれていたのは、マリーゴールドの花畑と、美男子であった。


 マリーゴールドは分かる。

 彼女の視界に入る花壇に咲いている。

 鮮やかなオレンジ色をよく表現できており、クオリティも高い。


 だが、この美男子は誰ぞ。

 光源氏のようにみやびで水も滴る色男が、画用紙の中央に居座っている。


「なあ、この人は誰なんだ? ああ、いや、別にスケッチしなきゃならんってルールはねぇから、空想上の人物描いても構わんのだけども」

「え、えと、あの、これ、は! その、あの、違くて、です、ね!」

 いつになくしどろもどろな勅使河原さん。

 しかし、視線は一点を見つめている。


 はて、その先に何が?

 俺も彼女の後ろに立って、同じ視点から景色を眺めてみた。

 駐車場では、バスから飲み物をせっせとおろす鬼瓦くん。



 鬼瓦くん!!



「あー。勅使河原さん。その、絶世の美男子は、もしかして?」

 バンッと言う音とともに、彼女の顔が赤くなり、頭からは湯気が!

 これはいけない。


「お、落ち着け、勅使河原さん! ポカリ飲んで! ささ、ググっと!」

「あ、は、はいぃ! んんっ」

 危うく熱中症第一号を俺の手で生み出してしまうところだった。

 なんたるミステイク。


「なるほどなぁ。鬼瓦くんを描きたくて、こんな炎天下に……」

「あぅ……。桐島先輩、勘が、鋭くて……困り、ます」

「ああ、いやいや。良く描けてると思うぜ? 筋肉質なところとか、そっくり!」

「ほ、本当、です、か!?」

 そこに嘘偽りはない。


「おう。ホント、ホント! 特徴バッチリ捉えてると思う!」

「よ、良かった、です。武三さん、の、ステキな顔、ちゃんと、描け、て!」



 うん。顔に関しては俺、ノーコメントだな。



 彼はそんなに線の細い顔はしてないと思うんだ。

 いや、整ってるよ? 彼の顔はそりゃあもう、整ってる。

 でも、なんて言うか、そんな繊細な感じじゃないと思うんだ。

 もっと雄々しいと言うか、猛々しいと言うかね?

 ほら、浅草の宝蔵門ほうぞうもんって知らないかな?

 そこにね、彼の親戚みたいな像があるの。

 金剛力士こんごうりきしって言うんだけどね。別名、仁王。


「や、やっぱり! お、お慕いしている、方は、ちゃんと描きたい、ので!」

「おう。うん。そうね。いやぁ、鬼瓦くんも果報者だなぁ」



 ダメだ! 何も言えねぇ!!



 俺はそれから、勅使河原さんに「ちゃんと仕上げは日陰でやるんだよ」と言い含めて、とりあえずその場を離れる。

 どこに行くのかって?

 光源氏のところだよ。



「桐島先輩。お疲れ様です。巡視で具合の悪い方はいましたか?」

「おう。なんつーか、目がね。盲目な感じになってる子はいたよ」

「それは大変じゃないですか! 然るべき処置をして差し上げなければ!」

 うん。だから俺はここに来たんだよ。


「鬼瓦くん。メンズエステに興味ない?」

 と言うか、整形手術に。


 いや、俺は君の顔、好きだよ?

 ただね、勅使河原さんが周りの人に心無い言葉、具体的には「鬼瓦くんはそんな顔してないよ」って言われて傷つくのを避けるためにはね、もうそれしか手はないと思うんだ。


 俺は、愛すべき後輩たちにいつでも笑顔でいてほしいんだよ。


「はは! 嫌だなぁ、桐島先輩! 僕にエステが似合うと思いますか?」

 うん。そうね。そうだよね。



 ちょっと、高須クリニックについてググるから、待っててくれる?

 ああ、ハリウッドの特殊メイクもアリだね。

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