第218話 公平と潜水艦の奇跡

 二年生、三年生の前でも同様にデモンストレーション。

 反応はだいたい同じで、プールに降り立ったマーメイドの毬萌に男女問わず声援とエールとラブコールが届けられた。


 そしてトリを務める俺が潜水を披露すると、こちらもだいたい同じで、プールサイドがざわついて、何人かの生徒が救助に飛び込んできた。

 マシなコメントをくれたのは鬼瓦くんと花梨くらいである。



 その後、泳ぎ納めとして、各学年30分の自由時間が設けられる。

 うちの学園のプールはデカいため、一学年くらいならば全員で入っても割とイケるのである。

 生徒諸君は思い思いに夏の締めくくりとして、プールとのお別れを済ませる。



 そして、これより行われるのは記録会。

 つまり、学年別のクラス対抗、水泳ガチンコリレー対決である。

 各クラス4名の代表者を選出し、タイムを競う。

 代表者以外の生徒は、先に着替えを済ませており、記録会を観戦するも良いし、教室に戻って休息を取っても良いことになっている。


 とは言え、各クラスの精鋭によるレースとあっては、見ないわけにはいかぬと、それなりのギャラリーがプールサイドに集まっている。

 やれやれ。少しばかり緊張してきた。



 え? お前もしかして出場すんのかって?

 そうだよ、出るんだよ!

 なにその失礼な決めつけ!

 俺だって、たまには体育系のイベントにも参加するわい!

 黙って見てろ、ヘイ、ゴッド!!



「ヒュー! まさか公平ちゃんとリレーする日が来るとは! マンハッタンが停電しちまうぜ! ヒュー!」

 代表者その1。高橋。

 腹立たしい事に、その運動神経はバツグン。


「まあ一緒に頑張ろうぜ! な、桐島、会長さん!」

 代表者その2。茂木。

 こいつはどんな競技でも平均点を超えてくる。


「にははっ! だねーっ! 負けないようにがんばろーっ!」

 代表者その3。毬萌。

 体力チートの天才を代表に出さない理由がない。


「な、なあ。俺がアンカーで平気!? ねえ、ちょっと!?」

 代表者その4。俺。

 なにゆえアンカーなのか。出るとは言ったが、これは荷が重い。


 ちなみに俺のアンカーには理由がある。

 リレーは、一般的なメドレーリレー形式で行われる。

 つまり、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、自由形。

 そして思い出してもらいたいのだが、俺は潜水しか出来ない。

 ぶっちゃけ、本式のルールだと自由形でも潜水して良いのは15メートルまでと決まっているらしいが、そこは学生の余興である。

 審判を務める風紀委員に聞いたら「別に良いよ」と言われたので、オーケイ。


 が、その結果、俺がアンカーを務めることになってしまった。

 これまでの人生を振り返っても、俺が体育競技のトリを務めるなんてことがあっただろうか。

 マラソン大会で最後にゴールするのをトリと換算しても良いなら、毎年一度は務めているが、多分違うんでしょう?


「さあ、やるからには勝とうぜ!」

「ヒュー! 茂木ちゃん、張り切ってるなぁー! 水温を上げないでくれよ? プールが干あがっちまうぜ、ヒュー!」

「コウちゃん、平気ーっ? 顔色悪いけど、お腹痛いのーっ?」

「ばっ! だ、大丈夫に決まって! ばっ! ばっ!!」

 緊張する暇もなく、二年生の順番がやって来てしまった。


「公平せんぱーい! 頑張ってくださーい!! あたし応援してますよー!!」

「ゔぁあぁあぁっ! ぜんばぁぁぁぁい!! ゔぁあぁあぁあぁぁっ!!」

 花梨と鬼瓦くんの応援はありがたいけども、声の音量は控えてくれる?

 ほら、周りがざわざわし始めてるから。


「おい、見ろよ、副会長だぜ!」「マジか! 勝負捨てたか2組!」

「でも、副会長、水泳得意らしいよ?」「都市伝説だろ、それ」


 失礼な憶測が広がっているものの、これは経験則から導き出される正しい予報とも思われ、ならば別に失礼じゃない気がするので俺は納得した。


 そして、納得しているうちにレースが始まった。


 4つのクラスのトップバッターが着水。

 背泳ぎでこちらに迫ってくる。

 見ているだけで不安になってくる。お腹痛い。


 頼むから、ぶっちぎりの差をつけてくれと祈るものの、高橋の旗色悪く、3位でタッチ。

「ヒュー! みんなスピード違反だぜ! ヒュー!!」

 ヒューヒュー言ってる余裕があるなら、もっと気張らんかい。


 そして茂木の平泳ぎ。

 悪くはないスピードなのだが、他のクラスが速すぎる。

 ついに順位は最下位へ。

「すまん、会長さん! 挽回頼めるか!?」


「まっかせてーっ! みゃーっ!!」

 そして割と差がついた最下位で毬萌がダイブ。

 もういっそ、最下位のままの方が気が楽だわとか思っていると、毬萌のチートエンジン始動。

 みるみるうちに追い上げて、再び僅差の3位で俺の元へ。


「コウちゃんっ! 頑張って!! わたし、信じてるよーっ!」

 毬萌が壁にタッチ。

 ええい、こうなりゃもうヤケだ。

 なるようになれ!!


 俺はいつもの様に、天ぷら鍋に投入されるホワイトアスパラの要領でススっと着水、そのままウネウネと気色悪く水中でうごめく。

 周りを見る余裕なんぞない。

 と言うか、周りを見たら緊張がピークに達して、息が続かなくなりそうだ。


 そして、そのまま潜水で25メートル泳ぎ切って、浮上。

 「わああああっ!!」と言う歓声が一気に聞こえてあやうく心臓が止まりかける。

 何事ぞと周りを見回すと、高橋と茂木と毬萌が頭上で俺を引き上げる。


「すごいじゃないか、桐島!」

「ヒュー! こいつは自由の女神も投げキスしてくれるぜ! ヒュー!!」

「コウちゃん、カッコいいっ! 見て、わたしたち——」


「——1位だよーっ! 大逆転なのだっ!!」



 えっ。マジで?



 無心が功を奏したのか、後で聞いた話によると、水中に消えた俺がグイグイとスピードを上げ、再び浮上した時には一等賞を貰っていたらしい。

 この事は、新聞部によって『副会長潜水艦事件』として大きく報じられ、「人間諦めなれば何かを成せる」と多くの生徒に勇気を与えたらしかった。



 そして、「沈む男は縁起が悪い」と、主に受験を控えた三年生たちが、しばらくの間俺の事を敬遠するのであった。

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