第217話 毬萌とマーメイド
まだまだ暑い九月の上旬。
しかし、二学期に入り、授業のカリキュラムは変化する。
つまり本日。
夏の楽しみ、プール授業の終幕である。
去年もそうだったが、プールとの決別は、「夏よさらば!」とハッキリ宣言するようで、何とも言えない寂しさがある。
そして行われる泳ぎ納め会。
生徒会、出動である。
「毬萌先輩、着替えましょう!」
「そだねーっ! じゃあ、コウちゃん、武三くん、あとでねーっ」
「おう。よっしゃ、俺らも行くか鬼瓦くん」
「そうですね」
以前にも言ったが、泳ぎ納め会とは、学年ごとに行われるプールとのお別れ式である。
そして、そのどれもで生徒会がデモンストレーションとして泳ぎを披露する。
そもそもなにゆえ生徒会役員が生徒の前でえっちらおっちら泳がにゃならんのか。
その点は
私立学園の伝統に異議を唱えるのは野暮であるし、それでも唱えるのならば「なんで君は私立に来たのかね」と正論を浴びせられる。
浴びるのは黄色い声援だけで充分だ。
「楽しみですね、桐島先輩。僕はこの日を心待ちにしてきました」
鬼神が背中に鬼神を降臨させながら、ホワイトアスパラガスの晴れ舞台を祝う。
「いやいや、そんな楽しいイベントじゃねぇぞ?」
去年は、天海先輩の美しいクロールと、土井先輩の軽やかな背泳ぎでそれはもう盛り上がったけれども。
あの二人はカリスマ性がチートであるからして、毎年あれほど盛り上がるイベントではないのだから。
「そもそも、俺ぁ泳ぎって言っても、変化球だからなぁ」
潜水しか出来ない。
一応平泳ぎもできるが、そのスピードは亀より遅い。
知ってるか? 亀って泳ぐと意外にも速いんだぜ? ヘイ、ゴッド。
「すみません。僕が不甲斐ないばかりに」
「いやいや。不甲斐ないっつーか、力強いっつーか。まあ、気にすんなって」
もちろん、デモンストレーション役に鬼瓦くんはどうかと言う意見も出たのだ。
スポーツ分野において、鬼の力を持つ彼を選ばない理由がない。
のだが、今回は理由があるので致し方ない。
鬼瓦くんの得意な泳法は、バタフライ。
それを全力ですると、どうなるか。
水しぶきが脇で見ている生徒全員に漏れなくぶっかかる。
何ならプールの水量が減る。
真夏ならともかく、気温によっては肌寒い可能性もある九月に、いきなり水ぶっかけてしばらく放置していたらば、風邪をひく者も出てくるかもしれない。
それはいけないという事で、俺と毬萌でやる事になったのだ。
「それでも、僕は嬉しいんです! だって、桐島先輩が注目を浴びるのですから!」
鬼瓦くんの瞳が輝いている。
鬼神うっとり。
「俺なんぞが人目を集めてもしょうがねぇって」
「いえ! 桐島先輩はもっと賞賛されるべきなのです!!」
「お、おう。そうか? まあ、なるようになるさ」
そして着替え完了。
剥き出しの鬼神とホワイトアスパラガス、出る。
「すみませーん! お待たせしましたー!」
「ごめんねーっ。ちょっと時間かかっちゃったよーっ」
俺たちに遅れる事5分と少し。
毬萌と花梨もやって来た。
花梨のスタイルの良さに関しては、もはや言及するまでもないだろう。
目を見張るのは、毬萌である。
こいつとスクール水着の相性と言ったら、それはもう。
似合い過ぎている。
母親の腹の中からスクール水着で生まれたんじゃないかってほどに。
確かに、海水浴で見せたフリフリの水着も反則的な可愛らしさだったが、こちらは何と言うか、見ていると安心感すら覚えてくる似合い方である。
どういう理屈なのかは分からない。
「さあーっ! まずは一年生からだよっ! がんばろーっ!!」
最強装備を身に纏った毬萌を先頭に、俺たちは下級生の待つプールサイドへ。
毬萌が泳ぐため、花梨が代表挨拶。
そして俺も泳ぐため、司会進行も彼女。
頼りになる後輩である。
ちなみにスピーチは端的に。
思ったよりも日差しがあるため、長話をすると、何人かの生徒が倒れるだろう。
もちろん、そこに俺も含まれている。
「それでは、これより、生徒会代表によるデモンストレーションです!」
花梨の合図で飛び込み台に上がる毬萌。
「会長、頑張ってー!」「最高です、先輩ー!」
「可愛いです、結婚してください!」「うは、キタコレ! スク水キタコレ!!」
大声援である。
まるで、浜辺に泳ぎ着いたマーメイドがごとき。
あと、歓声を上げた後半の二人。お前ら、顔覚えたからな?
「にははっ! では、行きまーす!」
そして飛び込む毬萌。
最初の25メートルはクロールで。
ターンをしてからは背泳ぎに。
変幻自在に泳法を変える毬萌に、一年生たちは大熱狂。
興奮冷めやらぬうちに、毬萌は50メートルを泳ぎ終えた。
「ありがとーっ! 皆さんも、楽しい泳ぎ納めにして下さいねっ!」
そしてこの弾けるフレッシュな笑顔。
ちょっとこれはよろしくないぞ。
一年生には刺激が強すぎる。
あとで説教だな。
「いよいよ出番ですね、桐島先輩!」
「おう。そうだな。よし、いっちょ気合入れっか!」
鬼瓦くんの期待にも、たまには応えてやらにゃあなるまい。
そして、一年生諸君にも、俺の雄姿を見せつけるのも悪くはない。
「続きまして、副会長の登場です! どうぞー」
「え。副会長!?」「桐島先輩だよな!? トマトも握りつぶせないって噂の!」
「泳げるの!? バラバラにならない!?」「あの細さ。逆に走るんじゃね!?」
なにこの反応。すっげぇ泳ぎにくい。
その後、俺は潜水を披露したのだが、長い時間顔を出さなかったため、「副会長が溺れた」と騒ぎになり、何人かの生徒が救助のためプールに飛び込んだ。
俺が普通にプールの反対側で顔を出すと、黄色い声援の代わりに、心底ホッとしたと言うため息が漏れた。
その反応は、
つまり、デモンストレーションとしては、大成功だった訳である。
では、胸に去来するこの切なさは何か。
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