第180話 海の家とお昼ご飯

「おっし。俺ぁ、海の家の場所取ってくるから」

「あーっ! わたしも行くーっ!!」

「桐島先輩の荷物は僕がお持ちしますので、お任せを」

「わ、私は、毬萌、先輩の上着、持っていき、ます、ね!」

「助かるぜ、鬼瓦くん!」

「ありがとねーっ、真奈ちゃんっ!」



 隣を歩く毬萌は、鼻歌交じりでご機嫌そのもの。

 さっきのアレだ。アレ。

 ……キス、がどうこうってヤツ。

 アレはいったい何だったんだろうか。

 とは言え、今そのことを聞いてヤブヘビになっちゃ敵わん。

 黙っておこう。


「すみません」

「おっ、お兄ちゃん! そろそろ昼休憩かい?」

 相変わらず、海の家のお兄さんは話が早くて助かる。

 やはりここまでアロハシャツを着こなすからには只者ではないはずである。


「7人なんですけど。席の料金っておいくらですか?」

「良いよ! サービスしちゃう! その代わり、うちでご飯食べてくれよ!」

 今日は鬼瓦くんも軽食しか用意していないはずなので、お兄さんの申し出は実にありがたいものなのだが。


「ええと、良いんですか? 見たところ、お客さん少ないみたいですけど」

「はっは! 若いのに気を遣うなって! こっちも商売してるからな! ちゃんと、利益が出るように調整してんのよ!」

「わぁーいっ! ありがとうございまーすっ!!」

「くぅー、可愛いねぇ! お兄ちゃん、罪な男だよ! 本妻だっけ?」


「違います」

「そうですっ! 正室ですっ!!」


 言い方!

 このあと、女子連れてくるんだぞ!?

 俺の大奥みたいになるじゃん! 氷野さんに蹴り飛ばされるよ!!


「せんぱーい! 皆さん準備できたので来ましたよー!!」

「おう。花梨。話はついてるから、入って良いってさ」

「はーい! 皆さん、公平先輩が手続きを済ませてくれたそうですよー!!」


 そして俺たちは、海の家のお兄さんの案内で大きなテーブルを囲む。

「注文決まったら教えてよ! うちの飯、どれも美味いから!」

「おっす。分かりました」

「それにしても、お兄ちゃん! 立派な大奥だなぁ、おい!!」


 ほらぁ、もう回収されたじゃん!

 毬萌がいらん事言うから!!


「……はあ?」

「いやいや、氷野さん、何でもねぇんだ! マジで! 本当に!!」

「公平兄さまー! 心菜、焼きそば食べたいです!」

「おう! 焼きそばな! みんなはどうする?」


「あたしはチャンポンにします! ちょっと冷えちゃったので!」

「んーっ! 決めらんないーっ! むむむっ、よし、醤油ラーメンにするっ!」

 麺類が多いなぁ。


「桐島先輩。皆さんで摘まめるメニューもいくつか頼みませんか?」

 相変わらず、何という慧眼だろうか。

 鬼神しっかり。


 それから、全員のオーダーを纏めて、俺がお兄さんに注文票を届ける。

「おっ! いっぱい頼んでくれてサンキュー! すぐ作るから待っててよ!」

 そして、手際よく鍋を2つ振り始めると、オーブンに火を入れる。

 一瞬にしてアロハシャツのシェフに早変わり。


「ああ、そうだ。あの、食べ物の持ち込みしても良いでしょうか?」

「オッケー、オッケー! こんだけ頼んでくれりゃ、いくらでも良いよ!!」

 人間としては好感度マックスだが、商売人としては大丈夫なのかしらと要らぬ心配をしながら、「ありがとうございます」と断って席へと戻る。


 そして、鬼瓦くんにその旨伝える。

「では、皆さん。こちら、レモンのパウンドケーキです。そして、塩チョコレートのミニタルトもどうぞ。塩分補給に一役買えればと」

「わーっ! すごい美味しそうっ! 武三くん、いつもありがとーっ!!」

「……生徒会の男子って、どこか飛んでるわよね。ねえ、冴木花梨?」

「あ、あはは……。ま、まあ、お二人とも、良い方に振り切れてますから!」

「甘くておいしーのです!」


「それにしても、今朝作ったんだろ? よくこれだけ揃えたなぁ」

「はい。真奈さんが手伝ってくれましたから!」

「おー。勅使河原さんが! もういつでも嫁げるな! はっはっは!」

「も、もう、からかわないで、ください! 桐島、先輩!」

 だって、俺が押してあげないと。もうこれは俺の責務だよ。


「はわわー、兄さま、兄さま! こぼしちゃったのですー。取ってなのです!」

「おう。お安い御用だぁあぁっ!?」

 たしかに心菜ちゃんは、チョコタルトをこぼしていた。

 しかし、場所がよろしくない。



 スクール水着の胸元に、チョコの切れ端が乗っかっている。

 これを取れと、そう仰るのですか、天使エンジュェェル!?


「はわわー。兄さま、早くです! 溶けてなんだかかゆいのですー!」

 心菜ちゃんを助けてあげたい気持ちは当然ある。

 溢れ出して震えるほどある。

 しかし、その暴力的なまでの胸元を凝視して、あまつさえ手を伸ばせと!?

 これは、天使に対する冒とくになりやしませんか!?


「兄さまー!!」

「ぐぅぅっ!! よしっ!! 俺ぁ覚悟を決めた! 取るぞ、心菜ちゃん!!」

 これは天使への奉仕活動なのだ!

 邪な気持ちなどあるものか!!


「お願いするのです!」

 俺は、そっと、そーっと心菜ちゃんの胸元に手を伸ばす。



「あべんじゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁす」



 アメリカのヒーローみたいな叫び声で、すっ飛んで行ったのは俺。

「な・ん・の、覚悟を決めてんのよ!? ぶち殺すわよ、あんた!!」

 素晴らしい回し蹴りを披露したのは氷野さん。


 積んである椅子に頭を突っ込んで、糸の切れた操り人形みたいになって考えた。

 ああ、そうだね。

 普通に誰かに委任すれば良かったね。

 どうしてそんな事も思いつかなかったのかって?



 ……夏の魔物のせいかな?



「あーい、まずはラーメンとチャンポンお待ちー!」

「あ、はーい! ありがとうございます! チャンポンあたしです!」

「……お兄ちゃん、どうしたの? 前衛アートみたいになってるけど?」

「あはは、気にしないでください! いつもの事なので!」



 お兄さんは、わざわざ俺のところへ寄って、声をかけてくれた。

「君、普段から波乱万丈な生き方してんだなぁー」


 俺は、不思議な踊りをしながらこう答える。



「ああ、マジで大丈夫です。いつもの事なので」

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