第156話 役立たずとフレンドリーファイア

 前回までのあらすじ。

 後輩の家をバイトのため訪れたら、面倒ごとに巻き込まれた。


「桐島先輩。こうなったら、仕方がありません」

「おう」

「僕は、天空破岩拳てんくうはがんけんを極めて見せます! 明日の開店までに!」

「そうか」

「どうか、先輩の力を貸して下さい! この拳法の完成には、先輩のお力が!」

「ちょっと、待て待て! 拳法と洋菓子の繋がりが分かんねぇ!!」

 そもそも、そんな荒事に俺が付き合えるとも思えない。

 いや、鬼瓦くんも俺にそんな事ぁ期待していないか。

 だが、しかし、ここは申し訳ないが普通に帰らせてもらおう。


「お願いします、桐島くん! 息子を男にしてあげて!」

 ママ瓦さんに心を読まれた模様。

「いやぁ、俺ぁ役には立てねぇと」

「お給料、二倍お支払いします」

「えっ!? いや、しかし」

「三倍お支払いします!」


「どこまで出来るか分からねぇが、やってみようぜ、鬼瓦くん!!」

 気付くと、俺は最高の笑顔で快諾していた。

 ただし、何を快諾したのかは分からない。



 ひとまず、店の方は用意できた分の菓子を売って、早々と閉店。

 ママ瓦さんは、パパ瓦さんを連れて馴染みの鍼灸師しんきゅうしの元へ行ってしまった。


「うちのお菓子の秘訣は、生地をこねる所にあります」

「なるほど。確かに美味いもんなぁ」

「ねーっ! 武三くん、これもすっごくおいしーっ!」

 俺たちは、商品にならなかったフィナンシェの切れ端をモグモグ。

 たしかに、しっとりモチモチ、実に美味。

 鬼神もっちり。


「僕は明日の開店までの間、天空破岩拳で生地を作れるまでになってみせます」

「うん。もうよく分からんけど、頑張ってな」

「そこで、先輩には、メレンゲ系のお菓子の仕込みをお願いしたいのです」

「えっ!? ちょい待ち! 俺ぁ素人だぞ!?」

 いくら仕込みとは言え、素人が専門店の製造過程に入っちゃダメだろ。


「ご安心を。こちらに機械がありますので。クオリティは父の作るものに及びませんが、その分値引きしましょう。これでも相応のものは作れます」

「ああ。なるほど。そんなら手順教えてくれりゃ、どうにかなるかな」

「わたしも手伝うよーっ!」



「絶対にヤメろ」



「ええーっ!? なんでー!? わたしだって、お手伝いしたーいっ!」

「お前、料理すらまともに出来んだろうが!」

「できるもーん! 合宿の時だってカレー作ったじゃん!」

 あれはカレーじゃなかったね。

 邪神教じゃしんきょうが祈りの際に捧げる供物くもつかなんかだったね。


「よし分かった。お前には、店の準備の掃除を頼む」

「えーっ」

「その可愛い制服で思う存分に動いていいぞ。いやー、さぞかし可愛いだろうな」

「みゃっ!? も、もーっ、コウちゃんがそこまで言うなら、仕方ないなぁ!」


「鬼瓦くん。危険因子は取り除いたぜ」

「さすがです、桐島先輩」


 時刻は夕方5時。

 俺たちの挑戦は始まった。



「ゔぁあぁぁらららららららららららららららいっ!!」

 時折、鬼瓦くんの叫びと一緒に、空中で生地が伸びたり縮んだりする。

 どうやら、目にもとまらぬ速さでパンチを叩きこんでいる模様。

 スタープラチナかな?


「おっし。メレンゲ、もう1セット完成っと」

 俺の方は、機械の作業にも慣れてきた。

 この分ならば、他の作業も並行してできそうだ。


 すると、店の扉が開く音がした。

「わぁーっ! いらっしゃい、二人ともーっ!」

「おい、毬萌。勝手にお客入れるんじゃねぇよ。もう閉店だっつって……」


「お、おじゃま、します!」

 勅使河原さんであった。

「あ、あの、毬萌先輩から、お、お話を聞い、て! 武三さんのち、力に!」

「なるほど。毬萌にしちゃあナイスな判断だ」

 彼女と作業を分担すれば、更に鬼瓦くんの助けになれるだろう。


「私も来てやったわよ、桐島公平!」

 問題は、こっちの邪教徒じゃきょうとである。

「なんで来ちゃった……ああ、いや、どうして氷野さんが?」

「勅使河原真奈とお茶してたの! そしたら、鬼瓦武三がピンチって言うじゃない」



 帰ってもらおう。もうオチが見えるから。



「あのな、氷野さん。適材適所っつーか」

「あ、あの! 先輩! お、お二人、は、奥の方、へ!」

 そして聞こえる、ガシャーンと言う不吉な音。



 こんなに早くオチ付ける必要ある?

 せめて最後にしてよ。まだ来て数分じゃん。



 当然のように、メレンゲの入ったボールがひっくり返っていた。

「お前ら、ちょっと座んなさい」

「あうぅ……。お手伝いしようとして……」

「うん。心がけは立派だな」

「私は、とりあえずボールの中に何か入ってるから、かき混ぜとこうかなって」

「うん。それ、まずして良い事か確認しようね」


「ふぇぇ……。ごめんなさい」

「わ、悪かったわよ」



「ゔぁらららららららいっ! くそっ、これじゃダメだ!!」

 鬼神は未だ霧の中。

 邪魔をするのも忍びない。


「毬萌と氷野さんは、ぶちまけたメレンゲの掃除! 勅使河原さんは、着替えて俺の指示に従ってくれるか?」

「わ、分かりまし、た!」

「味方に背中撃たれて大惨事だから、巻いて行こうな!」

「は、はい!」


「マルちゃん、わたしたち、もしかして邪魔なのかなぁ?」

「そんな訳ないわよ。桐島公平のヤツ、毬萌の可愛い姿を盗み見するつもりなのよ! ……それにしても、可愛すぎるわ! 片付けの前に、写真を撮りましょう!」

「にひひっ、そうかなぁー?」


 あの役立たずコンビは放っておこう。

 それが一番無害である。



 俺と勅使河原さんで、鬼瓦くんのサポート体制は整った。

 指示書に従って、ジャムやキャラメルの下ごしらえに取り掛かる。

 こうして夜は更けていく。

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