第110話 公平と混浴(ビター)

 前回までのあらすじ。

 かつてないほど俺がヤバい。



「せ、先輩、隠れて!」

「ひゃああぁぁぁぁぁっ! おまっ! 花梨、ひぃやゃゃゃゃゃっ!!」

「タオル巻いてるから平気ですよ! 小さい声で叫ぶとか、変に器用な事してないで、はやく隠れて下さい!」

 咄嗟に閉じた両目を開けると、確かに花梨はバスタオルを巻いていた。


 ここでゴッド、あなたに問いたい。

 花梨は「タオルを巻いてるから大丈夫」と言ったが、それは果たして本当に大丈夫なのでしょうか。

 よしんば彼女が大丈夫でも、俺にとって大丈夫じゃないのではないでしょうか。

 答えは分かりません。

 出来る事なら教えて下さい。

 そして、助けて下さい。

 無理ならドラえもん呼んで下さい。


「こ、コウちゃん、もっと詰めてっ! わたし達が壁になるからっ!」

「いや、毬萌、ちょっと、待っ! まぁぁぁっ!!」

 ここで俺は冷静に考えた。

 乙女の柔肌が接近してくる中、努めて冷静に考えた。


 かなり無理がある。

 そもそも今の俺は冷静なのか。

 なるほど、議論の余地がある。

 でも、俺の心に余裕がないのでそれはまた今度。


 とにかく、である。

 ここは混浴なのだから、男が居たって別に罪にはならないのではないか。

 むしろ、「いやぁ、賑やかになっちまったもんで、俺ぁ失礼をば」とか言って、そそくさと退散すれば良かったのではないか。


 それを、下手に隠れてしまったばっかりに、『覗き目的で混浴にやって来たドスケベ野郎』と言う、欲しくもない称号をゲットしてはいないか?


 ……完全にやらかしている。


 しかし、彼女たちを責めるのも筋違い。

 毬萌も花梨も、俺の身を案じてとった咄嗟の行動であるからして、今は至近距離にある二人のあられもない背中を見ないようにするので精一杯。


 ただ、まだ希望はある。

 来客が、おばちゃんであるパターン!

 まず、世間のおばちゃんにとりあえず土下座してからこの理屈を展開する事になるが、世間のおばちゃんごめんなさい。


 おばちゃんは、大らかな生き物である。

 ちょいと裸を見られたくらいでは動じない。

 そして、俺の貧相な体を見たって動じない。

「あらまあ、若いツバメが一羽迷いこんじゃったのねぇ」

 これで万事解決する。


 頼む、おばちゃんパターンであってくれぇぇぇっ!!


「こんばんはー。ご一緒させてもらいまーす」

「あれ、若いですね。学生さんかな?」

「あ、はいー! あたしたち、高校生ですー」

「わー! ホントに若いですね! 私にもそんな時代があったなぁ」

「何言ってんの。ウチらだってまだ二十歳でしょ」


 ——アウト。

 二十歳はアウト。

 もう、どうしようもない旨を知る。


「ところで、そちらの彼女は、どうして変な方向を見ているんですか?」

「みゃあっ!? あーっ、えっと、そのぉー」

 お願い毬萌。誤魔化して。

 今お前が移動したら、俺がハーイしちゃうから!

 それやって良いのは、幼稚園児くらいのちびっ子か、ヘーベルハウスのマスコットだけだから!!


「わ、わたし、熱めのお湯が好きなんですよーっ!」

 そう言って、あろうことか、毬萌がクルリと俺の方を向く。


「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!! おまっ、何してますのん、おまぁっ!?」

「こ、コウちゃん、静かにしててっ!」

 だってお前、タオル巻いてるからって、正面はまずいんだって!

 色々と本当にまずいんだってば!!


「え、えっと、お二人はどうしてこの温泉に?」

 花梨が場を繋ぐらしいが、俺はもう虫の息。


「いや、やっぱり緑のお湯があるとか言われたら、見に来るっしょー」

「そうよねー。珍しいから、見ておこうかと思ったの」

「そうなんですねー。あはは……」

「あなたたちはどうして?」

「えっ、あー、そうですね、そのー」

 そして俺の方を向く花梨。

 正確には、毬萌に耳打ちするための方向転換だが、角度が良くない。

 とっても良くない。


「きぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 花梨はん、あきまへん! そらぁあきまへん!!」

「こ、公平先輩、黙って!」

 さらに口まで塞がれた。

 このままでは、高血圧で死ぬかもしれん。


「え、えと、わたし、名前が毬萌って言うんですっ! なんだか仲間みたいじゃないですかぁー。藻って言ったら! にははー」

「へぇ、そうなんだ! 可愛い名前ですね!」

「ありがとうございますっ! みゃあっ!?」

「えっ? どうしたんですか!?」


 俺が毬萌の背中に触りました。


 でも、弁解させてください。

 タオルがずり落ちそうだったんです。

 もう、タオルがずり落ちた日にゃ、俺も色々とアレなんで、ホント。

 だから、緊急事態的な措置で触っちまいました。はい。


「あー! 毬萌先輩、くすぐったがりなんです! ねー、先輩!」

「そ、そうなんですっ! にはは、背中が何かに当たっちゃって」


「なんだー。ビックリした。男でも入って来たのかと思いましたよ」

「えっ」

「みゃっ」

「あばばばばばば」


「ヤバ、コンタクトケース置いてきちゃった。ウチ、取りに行くわ」

「あー、じゃあ私も行く。では、お二人はごゆっくりどうぞ」

 そして出て行った、二十歳の女性コンビ。



「は、はぁぁぁぁ……。寿命が縮まりましたよー」

「わたしも流石に焦っちゃったよーっ! コウちゃん、平気だった?」


 ドラえもんは来なかったけど、どざえもんなら発生したよ。

 そう、桐島公平って言う、ケチな野郎のね。


「えっ、先輩!? ちょっと、公平先輩!!」

「コウちゃん? コウちゃーん!!」



 ただでさえ体力のないエノキダケである。

 そこにあんな刺激を加えられたら、のぼせるなと言うのが無理な話。

 その後、風呂から上がった二人が、休憩スペースで牛乳飲んでた鬼瓦くんに通報して、『藻の湯』から救出された俺。



 鬼えもんの分厚い胸板を眺めながら、俺は思った。

 しばらく緑色のものは見たくない、と。

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