第84話 湯上り女子とカナブン

「ふぅーっ! 良いお湯だったねぇーっ!」

「はい! それでもまだ半分以上残ってますね! 残念ですー」

「にははっ、続きは明日にしようねっ!」

「個人的には泥の温泉が気になります! 明日は絶対に入りますよ!」


「あれっ? コウちゃん、なんで正座してるの?」

「マルさん先輩、どうしたんですかー?」


 湯上りの毬萌と花梨がやって来た。

 良いところに来てくれた。

 俺の無実を証明してくれ。

 もう5分は正座させられてんだ。足が痛いんだよ。


「二人とも、聞きなさいよ! この男、心菜をマッサージチェアーに乗せて、いやらしい目で見ていたのよ!!」


 言い方!!

 そして声のボリューム!!

 うちの女子だけじゃなくて、他の女性客の視線まで独り占めする始末。

 不思議のダンジョンで死んだ時みたいに、外に叩き出されるのかしら。


「コウちゃん……。それはちょっと、わたしでも擁護できないかもだねぇー」

「公平先輩って、時々欲望に忠実な人になりますよね」


「違う! 誤解だ!!」


 言い方。

 もう、このセリフって誤解じゃない時の常套句じょうとうくじゃないか。

 俺ってばほんとバカ。

 自分から状況を悪化させてどうする。


「みんな、公平兄さまをいじめちゃダメですー!! 兄さま、優しいのです!!」

 嗚呼、天使エンジェル

 そして天使が事情を説明。

 心菜ちゃんは舌足らずなところもあるが、さすが氷野さんの妹だけあって、実に的確に俺の親切と、そこによこしまな感情はなかったことを説明してくれた。


「なんだぁー。だったら最初から言ってよぉー!」

 言ってたけど?


「あたしは信じてましたよ!」

 嘘だね。さっきのジト目は何だったんだ。


「ふんっ。なら、全員分の牛乳を買いなさい! それで許してあげるわ!」

 余りにも理不尽な条件だけど、それで身の潔白が証明されるなら、もはや望むところだよ。何本でも買っちゃう。



「先輩、先輩! どうですか!?」

 牛乳を飲みほした花梨がやって来た。

「おう。口に牛乳ついてるぞ」

「そうじゃないですよ! もぉー!! 湯上りの女子がいるんですよ! 感想! 感想を聞きたいんです!!」

 口元をゴシゴシやりながら、ご立腹の花梨さん。

「良いんじゃねぇかな」

「それだけですか? ほら、お肌とかツヤツヤですよー?」


 だって、下手な事言ったら、また正座させられるんだろう!?


 仮にこの場にいるのが花梨だけだったら、俺だって気の利いたことを言うよ。

 多分。

 でも、俺の索敵レーダーに、赤く点滅する危険な反応が多数映ってんだよ!


「冴木花梨! あんた、不用意に男に近づくんじゃないわよ! そんな薄着で!!」

 ほらね、一番赤くて大きな反応が接近して来たよ。


「平気ですよー。ちゃんとブラしてますし、ショートパンツだって裾がキュッてなってるので! 対策はバッチリです!!」

 いつか聞いたなぁ、そのセリフ。

「平気な訳ないでしょう!? ほら、見た!? 今、桐島公平が私の胸を見たわ! いやらしい!!」

 確かに見ていた。

 それについては言い訳しないが、一応彼女に伝えよう。


「いや、氷野さんのTシャツの胸のとこ、カナブンがとまってんなぁーって」


「きゃああぁぁっ! は、早く言いなさいよぉぉっ! て言うか、取りなさいよ!!」


「えっ!? 俺が!?」


「そうよ! 私、虫って苦手なのよ!!」

「じゃ、じゃあ、花梨! 取ってあげて!」

「無理ですよぉ! 無理、ぜーったい無理です! カナブンって怖いですもん!」

 俺は氷野さんの方がよっぽど怖いよと言いたいところだが、紳士らしくお口にチャック。


「毬萌ー! ちょっと来てくれー! 大至急ー!!」

「なぁぁぁぁにぃぃぃぃ? これ終わってからで良いぃぃぃぃっ?」

 くそ、あいつ、マッサージチェアーに夢中でやんの!

 つーかお前、風呂路上がりに着てる服、それ高校の体操服じゃねぇか!

 家では中学の体操服着てるからって、わざわざ合宿でまで踏襲とうしゅうしなくても!

 ……あと、お前も意外と、うん。アレなんだな。おう。


「桐島公平ぃぃぃっ!! 早く、は・や・く!! ほらぁ、なんか首の方に来てるから!!」

 嫌だなぁ。でも仕方ないか。

「へいへい、っと。……ありゃ」

 危険を察知したのか、カナブンは氷野さんの薄い胸部から離陸テイクオフ

 なんか知らんが、自発的に退去してくれて助かったよ。


「ひゃああああっ! せんぱーい! 先輩、先輩! 今度こっちに来ましたぁー!」

 カナブンは、氷野さんの胸から花梨の胸へ。

 そうか、お前もやっぱり張り付きがいみたいな概念があるんだな?

 さてはお前、オスか?

 何となく、カナブンと繋がる俺。

「取って下さいぃ!! 先輩! お願いだから早く取ってぇー!!」

「ま、待て、待て待て待て! 取ってやるから、そんなに詰め寄って来るな!!」

「だって、先輩ぃぃぃぃ!! ひゃあぁっ」

 足がもつれて俺の方へ倒れ込む花梨。

 そのままダイブ。


 ラッキースケベ? バカ言うな。

 大惨事だよ。俺ぁ今、牛乳持ってたんだぞ、ヘイ、ゴッド。



「花梨、花梨さん。ちょっとどいてくれるかね。君の胸部がね、うん」

「あっ、ごご、ごめんなさい! あれ、カナブンは!? もしかして潰れ……!!」

「ああ、大丈夫。カナブンなら、ほれ、ここに」

 俺の右手には生き永らえたカナブンくん。

 そして顔面牛乳まみれの俺。



「ちょっと、風呂に入り直してくるわ」

「ご、ごめんなさい、先輩……」

「うん。まあ、なんか悪かったわね、桐島公平」

 良いんだよ、髪の毛と顔は洗えば済むし、着替えは毬萌が言ってた通り、多めに持って来ているからね。

 まさか、毬萌はこの事を予見していたのか?


「みゃあぁぁぁっ。気持ちいぃぃぃぃぃぃっ」

 どこからどう見てもアホの子モード中である。



 そう言えば、鬼瓦くんどこ行った。

「た、武三、さん。アイス、ありがとう、ござい、ます!」

「良いんだよ。僕が食べたかったんだから。真奈さんが店員さんと話してくれたおかげで助かったよ」

「お、お役に、立てて、う、嬉しい、です!!」



 あっちは凄く楽しそうでいいなぁ。

 そして俺は2度目の風呂場へ一人寂しく旅立つのだった。

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