第85話 天国と地獄への使者

「あー! やっぱ風呂に入るとスッキリするなー!」



 コテージにて、のんびりまったり、休憩タイムである。

 この後キャンプの醍醐味、焚火を囲む予定だが、俺たちは一時解散。

 女子は風呂上りにやる事が多いみたいだし、俺としても火照った体を冷ます時間くらいは欲しいので、この空き時間を満喫している。


「おっ、このジュース、美味いなぁ! 二人とも、飲むかい?」

「何のジュースなのですー?」

「ええとな、ここの農場で取れた桃を使った、極上桃天国って書いてあるな。……ネーミングセンスは置いといて、すごく美味しい桃のジュースだよ」

「飲むですー! 真奈姉さまも、一緒に飲むです?」

「う、うん。……じゃあ、いただき、ます!」

「よっしゃ。そんじゃ、降りておいでー」

 勅使河原さんと心菜ちゃんは、天井を透明にして天体観測中。

 一階からでも良く見えるが、二階の方が良いと言う心菜ちゃんに、面倒見の良い勅使河原さんが付き合ってあげている。

 二人もすっかり仲良くなって、微笑ましい。


「んむんむっ、ぷはー! おいしーのです!!」

「果肉かな? このツブツブしたヤツ、クセになるよな。食べるジュースみたいな」

「あ、き、桐島先輩、お上手、です! ホントに、そんな感じ、ですね!」

「よしてくれよー。照れるじゃないか、ははは」

 ヤダ、楽しい。

 毬萌みたいにアホじゃないし、花梨みたいに圧もない、この勅使河原さんのソフトな雰囲気。

 日々くせ者たちに囲まれているからこそ分かる、普通の素晴らしさ。

 それに加えて——。


「公平兄さまー! あの星、なんて言うか分かるです?」

「ちょっと待ってくれよー。実は引き出しに星座の図鑑が入っててな。あーと、おう、ありゃ、うしかい座みたいだな」

「星座って、勝手に作っちゃダメです?」

「だ、ダメじゃ、ない、よ? 心菜ちゃん、星座、作りたい、の?」

「はいですー! じゃあ、あの大きいお星さまからグルっとなってるのを、心菜座にするですー!!」

「ふふ、ステキ、だね!」

「それから、それから」

「おいおい、心菜ちゃん、結構どん欲だなぁ。まだ作るのか?」

「はいです! その隣が、真奈姉さま座! それで、心菜座のお隣の明るいヤツが、公平兄さま座です! お空の上でも兄さまと仲良しなのです!!」



 ——銀河が誕生して良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!



 もうね、ビッグバンにありがとうだよ。

 膨張してくれてサンキューな、宇宙!

 俺ぁ、今すぐ星になっても、心菜ちゃんを見守り続けるぞ!



 そんな俺のスマホが震える。

「コウちゃん、ちょっと出てきて!」

 嫌だ。俺ぁ、ここで心菜ちゃんと勅使河原さんで星を見るんだ。


 さらにスマホが震える。

「公平先輩! はやくー!!」

 嫌だ、嫌だ。俺ぁ、ここで公平座と心菜座をこの星座図鑑に書き足すんだ。


 その後も震え続けるスマホ。

 しかし、今日の俺は彼女らの圧力には負けない。

 どんな脅しにだって屈してなるものか。


「コウちゃんがわたしのスカートに頬ずりしてたって心菜ちゃんに言うから!」


「公平先輩がいつもあたしの胸見てるって、マルさん先輩に言いつけます!」



 そんな脅し文句ある!?

 君たち、鬼なんじゃないの!?


「あれ? どこ行くんですか、公平兄さま?」

「お出掛け、です、か?」


「ああ、うん。悪い人に脅されてね。ちょっと行ってくるよ……」

 酷い話だよ。



 コテージを出ると、仁王立ちの毬萌と花梨が待ち受けていた。

「どうしてすぐに来てくれないのかなっ、コウちゃん!!」

「そうですよ、こんなに可愛い女子が二人で誘っているのに!!」

「……おう、ごめんなさい」

「まったく、困ったコウちゃんだよっ!」

「本当です! 大事な作戦があるって言うのに!!」

 俺は大事な時間を失ったんだけど、それ以上に大事なことってあるの?

「武三くんと真奈ちゃんを急接近させちゃおう作戦、なのだよっ!」

「このフリータイムの間に、あの人たちをくっつけるんです!」


 ええ……。

 ここに来てから、この二人が張り切るとろくな事がないんだけど。


 そして、二人は「とにかく鬼瓦くんを救出せよ」と訳の分からん事を言う。

 とりあえずついて行くと、コテージの窓から中を覗けと二人のサイン。



「だからね、女子と言うのは、もっと恥じらいと、誇り高い意志を持つべきなの!」

「……はい」

「つまりね、毬萌みたいな可愛い女子が、学園の低俗な男たちの視線に日々晒されている、この現状が異常なのよ! 分かる!?」

「……はい」

「軽々に見惚みとれて良いものではないのよ! そもそもね、女子と言うのは、もっと恥じらいを持って、誇り高い意思を、聞いてるの!?」

「……はい」


 そこは地獄で、地獄では鬼が一人、艱難辛苦かんなんしんくさいなまれていた。


「こんな調子だから、武三くんを連れ出せないんだよぉー」

「公平先輩なら、良い案を思いつくだろうと言う話になりまして!」

「嫌だ! 俺ぁ、絶対この中には入らんからな!?」


「毬萌先輩、あれの出番です!」


「聞けよ!」


「ラジャー! じゃじゃーん! コウちゃん発声器ー!!」

 毬萌が、リモコンみたいなものを取り出した。

「なんだそりゃ」

「ぬふふー。このボタンを押すとね……えいっ」



「おう! 邪魔するぜ!!」



 リモコンから俺の声が!

 こんなセリフ、もうしばらく吐いた記憶がないのに!!


「コウちゃんの声を発声して、任意のセリフに改変できる道具を作ってみました!」

「何作ってんだよ!?」

「あ、実はあたし、もう貰ってます!」

「やめろよ! 俺の知らないとこでそんな取引してたの!?」



 そしてその瞬間はやって来た。



「じゃあ、コウちゃん、あとよろしく! わたし達は武三くん連れ出すから!」

 そう言うと、毬萌はコテージのドアをノックして、リモコンをポチリ。


「おう! 邪魔するぜ!!」


 響く元気な俺の声。

「なによ、桐島公平じゃない。何か用なの?」

「……おう。うん。ちょっとね」



 さあ、地獄の始まりだ。

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