バレンタイン【短編】
えまま
男の娘とばれんたいん
夕暮れ時、下校前に机の中を確認……なにも入っていない。
下駄箱も見たが、自分の靴以外なにも入っていなかった。
ま、これが俺だよな……。
今年も母さんからだけかぁ。
今日は二月十四日、いわゆるバレンタインデーだ。
高校に入ってから三年、学生最後のバレンタインデーは例年通りに終わった。
卒業したら一般企業で働くつもりだ。
一回ぐらい欲しかったなーと思い、ため息をつく。
「
俺のため息を聞いてか、親友の悠は心配してくれる。
「いや、気にしないでくれ」
「ふーん……」
高校で出会って三年間仲良くしてくれた
少し小柄でおとなしく、好きになってしまうぐらい良いやつでかわいいが男だ。
「うんうん、悠が気にすることはないね。どうせ今まで母親からしか貰ったことのない男だもの」
「うっさい、
「ま、まぁまぁ」
挑発的に言ってきた活発な彼女、美月は幼稚園の頃からの幼なじみだ。
そこから小中高と全部同じ。
一応言っとくが付き合ってない。
悠と美月と俺。
そんな感じの三人で、この三年間を過ごしてきた。
大した変化はなかったが、楽しかった。ただ……
「チョコ、貰ってみたかったなー……」
誰にも聞こえないように、俺はそう呟いた。
・・・・・・・・・・
T字路の道に差し掛かる。
ここでこの二人とは別の道を歩む。
二人の家はこのT字路から近いらしく、俺の家は少しばかり離れている。
「じゃあな」
「じゃーねー!」
「またね」
言葉を交わし、俺は右、美月と悠は左へ曲がりまっすぐ進む。
ぼんやりと考えながら、道なりを歩く。
もういっそ美月でもいいからくれないだろうか、チョコ。気遣うのがめんどいから、という理由で美月はチョコを渡さない。
そんなこんなで家に着く。
と、スマホが震える。メッセージアプリからだ。開くと、母さんからだ。
『帰る途中でいいからコンビニで板チョコ五枚お願い。代金はあとで払うね』
……今、家に着いた所なのに……。
ため息をつき、くるっと向きを変え、元来た道を進む。
コンビニは先程のT字路よりちょっと前にある。左に曲がり、少し進めば
適当に板チョコ五枚を手に取り、レジにて会計を済ます。
ありがとうございましたー、を聞きながら店を出れば、なんと雪がちらほらと降っていた。
先程より少し寒く感じ、ポケットに手を入れる。
足早に家への道を進んでると、
「うおっ!?」
「わっ」
誰かとぶつかってしまった。
どうやら、女の子らしい。俺の通ってる高校の女子用制服を着ている。
「ご、ごめん! 大丈夫? どこか怪我とかしてない?」
「……! ……!」
言葉は発してないが首を縦に振っている。
大丈夫……なのか……な?
「そ、そっか。ぶつかってごめんね」
「……」
「じゃ、じゃあね」
不思議な子だな、と思いつつその子が立ち上がるのを確認し、帰ろうとすると。
その女の子が俺の袖を掴んでいる。
目を下に伏せているため、その表情は伺えない。
「あ、あのー……」
「……! ……!」
「……?」
カバンからごそごそ何かを取り出し、俺に突きつけてくる。
ちょ、やめ、ぐいぐい押すなこの子。
そして俺がそれを手に持つと、その女の子は一礼し、タタタッと立ち去ってしまった。
えー……。
「なんだったんだ……?」
と、思いながら貰ったものを見る。
そして視界にあるものが入った。
「……生徒手帳?」
さっきの子が落としたのかな……。
誰かを確認して返そう。
そして、それを開くと……、
「……え?」
そこには美月の顔写真と名前が記されていた。
・・・・・・・・・・
僕……悠は、悩んでいた。
好きな人のために頑張って作ったチョコだ。
机の中に入れておこうか、下駄箱に入れておこうか。それとも、直接渡すか……。
しかし、他人に見られるのが怖かった。何を言われるかわからないから。
迷っているうちに、下校する時間だ。
「えー! まだ渡してないの!?」
「ちょ、声が大きいよ……」
美月が大声で叫ぶ。
一緒に過ごしているうちに、僕が陽太に一目惚れしていたということが美月にバレてしまった。
何を言われるか、と身構えたが美月は意外にも肯定的だった。
いつ好きになったの? とかどこが好きなの? とか聞いてくるが。
そんな事を思いながら、下駄箱へ。
その途中で、陽太に出会い一緒に帰る。
いつも通りだ。
この関係が壊れるかもしれない。
から、チョコを渡して思いを伝えるのはやめにしよう。
T字路に差し掛かり、陽太と別れる。
少し歩くと、
「ねぇねぇ、あのチョコ渡さないの?」
「え……」
「だって、頑張って作ったんでしょ?」
頑張って作った……けど、やっぱり男が男を好きになるなんておかしいと思われる。
陽太に嫌われるかも……。
「無理だよ……受け取ってくれないよ」
「でもこのままでいいの?」
「え……?」
「だって、もう卒業が近いんだよ? 卒業したらもう会えないかもしれないんだよ?」
会えなくなる、それは嫌われるより僕は嫌だった。
「でも……」
「むー……、あ! ならアタシに良い考えがある!」
「考え……?」
と、同時に僕の手を引っ張り走る美月。
ちょ、待っ……。
・・・・・・・・・・
連れてこられたのは美月の家で、二階のある部屋。
そしてなぜか僕は、美月の着ていた制服を着させられていた。美月はジャージを着ている。
「……なんで?」
「それ着て行けば、悠だとわからないと思う! それならチョコ渡せる!」
「そんなうまくいくかなぁ……」
得意気な美月に対し、僕は不安というかこれ色々と大丈夫なのか? と思った。
「大丈夫だよ! 似合ってる似合ってる!」
「…………」
たしかに、鏡を見るとそこには男の悠の姿はない。
いるのは、全く別と言っていいぐらいの可憐な少女だ。
「おかーさん! かわいいでしょ!」
「あら、すごくかわいいじゃない」
美月が母親を呼び、僕を見せる。
褒められ、不思議と自信が湧いてきた。
「頑張って……みる。ありがと、美月」
「うん!」
小走りに美月の家を出ると、雪が降っていた。
それでも、陽太にこの気持ちを伝えたい。
その一心で、陽太の家へ向かった。
・・・・・・・・・・
T字路に差し掛かったところで、誰かとぶつかってしまった。
「うおっ!?」
「わっ」
驚いて、尻もちをつく。
視線を相手に移す。大丈夫だろうか……。
と、そちらを見れば陽太がいた。
な、なんでこんな所で……。
驚いたが、不意に思った。今がチャンスなのではと。
陽太が立ち上がり、僕が立ち上がった事を確認すると、去ろうとする。
待って……! と、思い、袖を掴む。
戸惑う陽太をよそ目にカバンからチョコを取り出し、渡す。
渡したといえるのかはわからなかったが、恥ずかしさもあいまって、走って逃げてしまった。
走りながら思う。自分勝手だな、と。
少し走って、美月の家へ着く。
「おかえりー、どうだった?」
「ただいま……うん、一応渡せたよ」
「そっか。よかったよかった」
二人で笑い合う。そうしていると、美月の母親の声がした。
「美月ー、お友達よー」
「はーい! ちょっと待ってて」
美月がタタタッと行ってしまう。
渡すということだけは達成出来たため、安堵感に包まれていた僕。
しかし、唐突に美月の驚いた声が聞こえた。
……気になったので、ちらりと玄関を見に行く。
「お前なのか? これを渡してきたの」
「???」
そこにはなんと、陽太がいた。
・・・・・・・・・・
美月のだ……。
ということは、さっきぶつかり、チョコを渡してきたのは……。
美月の家へ、走る。
・・・・・・・・・・
美月の家に着く。
インターホンを押し、少し待つ。
そして、ジャージ姿の美月が出てくる。
「はーい、って陽太?」
「お前なのか? これを渡してきたの」
「???」
「?」
「知らない」
「え」
え、なんで知らないの……。
美月は俺の右手に持つものを見る。
「あ、それアタシの! どこで盗ったの……?」
「盗ってない! 落ちてたの!」
「へー、で、なんの用?」
「だからこれ……え? ほんとに知らないの?」
「知らない」
どういうことだ?
わけがわからない、そう思っていると階段あたりから視線を感じた。
「!」
階段を見ると、そこにいた人と目が合う。
その人は、すぐに隠れてしまった。
「……? 美月、おまえ
「いないよ? どうして?」
「いや、階段らへんに誰かが……」
「あ、悠じゃない?」
「悠?」
「おーい、悠ー!」
美月が悠を呼ぶ、なんでいる……
出てきた子はとても可愛かった。
だが……、
「誰?」
「誰って、悠だよ?」
「……?」
「うん……悠、です」
「……!」
驚きしかない。
というかその格好……!
「ま、まさか悠が……これを!?」
「う、うん……」
照れ照れモジモジしながら悠が応じる。
次に、美月がなにやら悠に耳打ちをする。
何話してんだ……?
と、思っていると美月が後ろに下がり、悠が前に出る。
「…………陽太」
「お、おう」
「好き、です」
「…………」
「前、から好き、でした」
「そっか……」
戸惑いはあった、けれど答えは決まっていたと思う。
「俺――」
・・・・・・・・・・
なんで陽太がここに――!手には渡したチョコもある。
ちらちら見てたら陽太と目が合う。
なんでなんでなんでと思っていたら、美月が僕を呼ぶ。
やっぱり、あのチョコいらなかったのかな。
覚悟を決め、陽太の元へ向かう。
陽太はこの姿だと僕ということに気づいていなかったらしい。
少し落胆していると、美月が耳打ちしてきた。
「今ここで告っちゃえばー?」
「!?」
もう正直、ヤケになっていた。
そして僕は、勢いで告白をした。
陽太の答えは――。
・・・・・・・・・・
アタシは玄関から少し出て、二人を見送る。
既に外は真っ暗なので陽太が悠を家まで送るらしい。
いやー、なにが起きたかはよく知らないけど、まぁ、丸く納まったみたいだし良いと思います。
雪で寒い……家に戻ろう……その前にもう一度、あの二人の後ろ姿を見る。
街灯に照らされ見えた二人は手を繋ぎ、雪が降る道を歩いていた。
バレンタイン【短編】 えまま @bob2301012
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