第50話 さまよえる館(後編)
そこはただのガランとした広い部屋だった。
「普通こういう大邸宅の玄関を入ったら、そこはエントランスホールで、二階へ上がるダブルサーキュラー階段とかあるんじゃないですかね?」
「サーキュラー階段ってなんだ?」
「ぐるって廻るようなデザインの階段です」
「あー、映画に出てくる大豪邸にありそうなやつか」
俺はまわりを見回した。
それは何の変哲もない、石造りで天井の高い部屋だった。ただし広い。三十メートルx三十メートルくらいはありそうだ。
壁には、書架が据え付けられていて、入り口からははっきりしないが、びっしりと本が詰まっているように見えた。
部屋の四隅には、ノートルダム寺院のグロテスクのようなデザインの彫像が置かれていて、中央に進むと動き始めますよと言わんばかりに正面をにらんでいた。
「あれもガーゴイルの一種かな?」
「ゲームなら部屋の真ん中に行くと動き始めそうですよね。ここはやはりあらかじめ壊しておきましょうか?」
「普通、動き始めるまでは破壊不能アイテムじゃないか?」
「試すのはタダですよ」
三好がそう言ったとたん、四隅の彫像が吹き飛んだ。あの威力は、八センチバージョンだな。
「あれ? もしかして、ただの大理石像だったのかも……」
そう三好がテヘッった瞬間、後ろの扉が激しい音を立てて閉まった。
「あっちゃー、もしかして怒らせましたかね?」
「他人の家に入って、いきなり玄関で彫像をぶちこわしたら、普通怒ると思う」
まわりを警戒しながら入り口の方へ下がると、部屋の中央に三つの魔法陣が現れ、何かがそこからはい上がってきた。
「スケルタル・エクスキューショナー?!」
代々木ではおそらく初発見だろう。
巨大な剣を引きずって歩く大型のスケルトンだ。普段の動きはそうでもないが、攻撃時はその剣を振り回して突撃してくるらしい。
「先手必勝ってヤツだな」
俺はいつものようにウォーターランスを発動して、3体のモンスターを砕いた……つもりだった。
「おお?!」
高速で発射された水の槍は、モンスターの前にある不可視のバリアのようなもので遮られ、霧散させられた。
「先輩、鉄球をお願いします!」
俺は八センチの鉄球を取り出すと、全力で一番手前のモンスターに投擲した。
ガンという大きな音と共に、モンスターがのけぞる。
これも耐えるのかよ! ただ、魔法よりは効果が期待できそうだ。
繰り返してやればいいかと、もう一度投擲した、その鉄球が当たった瞬間、そいつの膝が砕けた。
「へ?」
「2カ所以上に同時攻撃すると、抗力が分散するみたいですね!」
俺が頭に対して投擲したタイミングで、膝を狙って鉄球を射出したらしい三好が言った。
「やるじゃん三好! 俺の後ろに隠れてなければ、格好いいぞ」
「何言ってんですか。盾は先輩が持ってるんですから、これでいいんです!」
まあ、そうかも知れないが、それじゃ他のヤツにも……
「ああ!! し、しまったー!?」
「え?! どうしたんです!?」
突然声を上げた俺に、驚いたような顔で三好が尋ねた。
「いや、せっかくボスっぽいモンスターなのに、雑魚のお供がいないから数が合わせられないんだよ!」
「……先輩、意外と余裕ですね」
モンスターたちに、鉄球を飛ばして牽制しながら、三好が呆れたように言った。
結構固くて、とどめを刺すのに時間が掛かったが、三好と連係して数分で相手の機動力を削いだ後、力業で排除したのだった。
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ヒールポーション(3)×2
魔結晶:バロウワイト×2
シミターオブデザーツ
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「今のモンスター、スケルタル・エクスキューショナーじゃなくて、バロウワイトらしいぞ」
「今度はトールキンですか? なかなか博識ですよね、ダンジョン君は。じゃあ、さしずめこの館は墳墓で、その剣はフロドの剣ですかね?」
三好が指さしたところに落ちていたのは、鞘のないシミターで、柄には深い蒼の宝石が埋め込まれていた。
「武器のドロップなんて初めて見たな。エクスプローラーガイドに付いていた武器カタログにもなかったし……フロドの剣ってことは、つらぬき丸?」
「それはビルボに貰った剣です。塚山丘陵で手に入れた剣は、アングマールの魔王に折られたっきり、裂け谷で修理依頼を忘れられて、つらぬき丸に居場所を奪われた可哀想な剣ですよ」
「いや、可哀想て……」
" Scimitar of Deserts" かな? 塚山なら砂だらけの印象だからおかしくはないけど、ここは館だしなぁ。
「先輩、あれ!」
俺が全てのアイテムを拾い終わると同時に、部屋の中央に何かが現れた。
「碑文?」
現れた台座の上には、随分立派な装飾が施された本のページのようなものが置かれていた。そうして、台座には、門柱にあったのと似たような文字で何かが書かれていた。
俺はスマホでそれを撮影した後、台座の中央に置かれた本のページのようなものをまじまじと眺めた。
「……よめん」
「そりゃそうでしょう。それだけじゃなくて、まわりの書架に置かれた本にもちょっと興味がわきますよね」
てくてくと三好が書架に近づいていく。
「あんまりウロウロするなよ、罠とかあるかも知れない――」
そう言いながら、碑文を取り上げた瞬間だった。
カラーン、カラーンと尖塔の鐘の音が鳴り響き、部屋の空間自体がゆがみ始めるような奇妙な感覚に襲われた。
「三好!」
そう叫ぶと同時に、俺達は、入り口に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
幸い入り口のドアに鍵は掛かっていなかった。
開けたとたんに、異次元の何かが現れて吸い込まれたりもしなかった。(*1)
転がるようにして前庭に出た俺達に、門柱にいた大鴉と屋根の上にいたガーゴイルが一斉に飛びかかってくる。
正面から来る大鴉を手に持った鉄球で迎撃すると、俺は三好を先に行かせて、しんがりで盾を構えつつ、ウォーターランスを打ちまくった。
ガーゴイルは翼や足や頭が欠けても、そのままの勢いで突っ込んできたが、高ステータスにものを言わせて、体捌きと盾でたたき落とす。三好も逃げながら援護をくれたようで、いくつかの個体は目の前で吹き飛んでいた。
「先輩!」
すべてのガーゴイルを迎撃し終えて、一瞬安堵していた俺に、三好が形をなくしていく館の二階を指さして注意を促した。
そこには、軒からぼとぼとと落ちていく大量の眼球があった。地面に落ちた眼球は、そのまま這いずるようにこちらに向かって移動してくる。
「げっ、ちょ、まっ」
俺は思わず後退り、先頭に何発かウォーターランスをぶち込むと、門に向かって駆けだした。目の隅にはメイキングのオーブ選択画面が出ていたが、それどころではなかった。あんな数の目玉に埋もれるのは絶対に嫌だ。
尖塔の鐘はなり続け、その音に溶けるように館は形を無くしていく。
門までの地面が柔らかくなって、走りにくくなり、後ろの目玉軍団のプレッシャーがふくれあがる。
俺達はもがくようにして走り続け、鉄の門を出た。
その瞬間、鐘の音が突然止んで、後ろに迫っていたプレッシャーがきれいさっぱり消え去った。
「は?」
驚いて振り返ると、そこにはいくつかのアイテムが落ちていただけで、他には何事もなかったかのように、夜の墓場が広がっているだけだった。
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ヒールポーション(1)
ヒールポーション(2)
羽:ムニン
魔結晶:ムニン
魔結晶:ガーゴイル×2
黒曜石:ガーゴイル×3
水晶:アイボール
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俺は思わず尻餅をついて、その場に座り込んだ。
分からないことだらけだが、とりあえず助かったことだけは確からしい。
「先輩、あれって何だったんでしょうか?」
「さあな。だが、酷い目にあった甲斐はあったようだぞ」
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スキルオーブ 恐怖 1/ 40,000,000
スキルオーブ 監視 1/ 300,000,000
スキルオーブ 鑑定 1/ 700,000,000
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恐怖だの監視だのにも興味はあるが、ともかく目的の鑑定は手に入ったのだ。
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*1) Alone in the dark
謎も解かずに玄関から逃げようとすると、異形の何かが扉の向こうから現れて
喰われる。
ファンの間ではアザトースという説が有力だ。
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