第51話 鑑定(前編) 11/28 (wed)

 俺達は急いで最初の丘の上に拠点車を配置すると、ぽつぽつと丘を登ってくるアンデッド達を無視して車の中へと駆け込んだ。


「はぁ。なんだかもう、すげー疲れたな……」

「探索ってやっぱり命がけなんですねー。ちょっと実感しました」


 俺は防具類を脱ぎ捨てると、どさりとダイネットのソファへ沈み込んだ。


「館が消えたのは、やっぱり、碑文を取得したからかな?」

「かも知れませんけど……録画の時間を確認してみないと正確なところはわかりませんが、鐘は二十三時五十九分★頃鳴り始め、館が消えて無くなったのが0:00丁度くらいなんです」

「登場した日の間だけ存在するってことか? ご丁寧にローカル時間で」

「その可能性もあると思います」


 のろのろと冷蔵庫を開けて、缶ビールを二本取り出すと、俺はそれを、自分と三好の前に置いた。


「少しくらいなら、許されると思わないか?」

「ちょっと危機感足りなさそうな気もしますけど、賛成です」


 俺達はプシュっという音を立てて、カンのタブを引っ張ると、何となく乾杯して、ごくごくと一気にそれを飲んだ。緊張で喉がカラカラだったようで、それはまるで、夏の焼け付くグラウンドで口にした溶けかけた氷が入ったヤカンの水のように、体に染み渡った。


「「は~っ」」


 そうしてやっと世界に笑顔が戻ってきた。


「ま、死にそうな目にはあったが、とりあえず目的は達成したぞ」


 そう言って俺は、三好の前に鑑定のオーブを取り出した。

三好はそれにおそるおそる触れると、そのままいきなり大声を上げた。


「おれは人間を辞めるぞー!」

「ぶっ」


 いきなりの台詞に俺がビールを吹き出すと、オーブはいつものように光になって拡散し、触れていた部分からまとわりつくように三好の体に吸い込まれていった。


「ちょっ、言えって言ったの先輩ですよっ!?」


 吹き出した影響で、顔にかかった泡を拭いながら、むーっと唇を尖らせている。


「わるいわるい。いきなりだったから」

「むー」


 俺はもうひとつのオーブを取り出した。


「じゃ、次はこれだな」


それは闇魔法(Ⅵ)だった。


「霧かもってやつですね?」

「だから、鑑定してみろよ」

「あ、そうですね! でもどうやって?」

「しらん。わかったら教えてくれ」

「んー?」


 三好はオーブを見つめながら、いろいろぶつぶつ呟いたりしている。


「ついでだから、今回取得したアイテム類も置いとくぞ」


 俺は、魔結晶やポーションを除く素材系アイテムを取り出した。


--------

羽:ムニン

黒曜石:ガーゴイル

水晶:アイボール

シミターオブデザーツ

--------


 あの大鴉、レイブンじゃなくてムニンだったのか。

北欧神話出身のくせに、Nevermore!って啼くとは、なんという芸達者。しかし、幻のような館で『記憶』(*1)とはまた、洒落たことだな。


「あ、これ。可哀想剣ですね」

「可哀想剣って……」


 どうみてもペルシアあたりの剣にしか見えないシミターを、三好が手に取った。


「せめて砂漠の剣とか言ってやれよ」

「あっ」


 三好が思わずあげた声に、俺は彼女を振り返った。


「どうした?」

「先輩。鑑定の使い方が分かりました!」

「やったじゃん。それで、どう使うんだ?」

「これなんだろう? と考えて、見るだけです」

「は? それだけ?」

「みたいです。さっきから、『ディテクト!』とか『オブサーブ!』とか『ディスカバー!』とか言ってた自分がバカみたいです……」


 まあ、言いたくなる気持ちはわかる。


「それでですね。これ、砂漠の剣じゃないですよ」

「え?」

「複数形ですし、報いの剣ですね」

「desertにそんな意味が……」

「実はそう書いてあります」


 三好は舌を出しながらそう言うと、机の上のメモに内容を書き出した。


--------

報いの剣 Scimitar of Deserts


Damage +40%

Attack Speed +5%

5% Chance to Blind on Hit.

20% Reflect Physical Damage.


災いを為すものは、災いによって滅びさる。

報いは、汝に災いを為す者に降りかかるだろう。

--------


「おお? しかしこのフレーバーテキストみたいなのはなんだ?」

「まんまフレーバーテキストですかね? そう書いてあるんですよ」

「誰が書いてるんだろうな……で、肝心のステータスは見えるようになったのか?」「それなんですけど、一応表示はされました。だけど、これ……」


 そう言って三好は一連の数値を書き出した。


--------

芳村 圭吾 11.3 / 4.6 / 4 / 1 / 15 / 1 / 9 / 0

--------


「先輩は、こんな感じです」

「なんだこれ?」

「でもって、私を見ると全部がゼロなんです」

「はぁ?」


 このとき俺のステータスは、ダンジョン仕様だ。


--------

HP 250.00

MP 190.00


STR 100

VIT 100

INT 100

AGI 100

DEX 100

LUC 100

--------


 次に平常時の全ステータス30で、鑑定させてみた。


--------

芳村 圭吾 9.9 / 26.1 / 6 / 3 / 13 / 8 / 4 / 0

--------


 やっぱり意味の分からない数値だった。


「これ、一体どうなってるんですかね?」

「よし、検証だ!」


 理系人間は大抵検証が大好きだ。もう〇時も過ぎて疲れているはずなのに、奇妙な値が出ただけで、このありさまだ。超回復が仕事をしてなかったら、絶対寝オチしている。

 保管庫からいくつかのサンドイッチとコーヒーを取り出すと、俺のステータスを1から順番に上げて検証を始めた。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「なるほどー。これはすぐには分かりませんね」


 ヒントはあった。

三好が自分のステータスを確認すると、全ての数値は0になるのだ。


 俺たちは初め、自分のステータスは確認できない仕様なのだと思っていた。

だが実際は、鑑定を使用する人間のステータスを除数とした剰余が表示されていたのだ。

フィクションでよくある、自分よりもレベルの高いもののステータスを鑑定できないというアレに近い。だから自分自身を鑑定すると、全てがゼロになるのだ。

俺のステータスを非常に小さな値、例えば全部を1にすれば、正しく鑑定できるのがその証拠だった。


 これを利用することで、三好のステータスも正確にわかった。


--------

HP 21.70

MP 30.90


STR 8

VIT 9

INT 17

AGI 11

DEX 13

LUC 10

--------


「なんかショボイですね」

「成人の平均は十くらいっぽいから、結構イケてるんじゃないか? ソースは俺。最初の頃の」

「そうですか?」

「しかし、単純な剰余か……ステータス表示デバイスができたら、鑑定と実測で、すぐにアルゴリズムがばれちゃうんじゃね?」

「実測値はデバイスの精度でばらつくでしょうし、鑑定は稀少ですから大丈夫じゃないですか? まあ、いつかは解析されるでしょうから、そこは適当なところで特許を申請するとか」と三好は気楽に言った。


「そういや、三好、スキルは?」

「今のところ表示されないみたいです。良かったですね」

「まったくだな。じゃ、闇魔法(Ⅵ)をチェックしようぜ?」


 そう言って、俺はもう一度オーブを取り出した。


--------

*1)ムニンはオーディンに付き従っている、フギンと対をなすワタリガラス。

フギンは「思考」を、ムニンは「記憶」を意味する。


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