第46話 ドタキャンと三好の強化プラン 11/26 (mon)
「十層ですか?」
「ああ。そろそろ三好も自分で身を守れた方が良いと思うけれど、すぐにステータスを上げるってのは難しいだろ?」
一緒に潜って闘っていても、一度ダンジョンに入ってしまえば、得られる経験値は陰険仕様で下がっていく。第一、あのスペシャルっぽいハウンドオブヘカテですら、一・〇二ポイントしかなかったのだ。御劔方式のいかに効率的なことか。
もっとも一層がスライム層で、しかも過疎という、代々木あってこそのテクニックだけどな。
「そうですね。御劔さんみたいにまじめにやれば――一ヶ月でトリプルでしたっけ?」
「生命探知を利用したら一日三百匹、六ポイントもゲットできたぞ。三十日で一八〇ポイントだからトリプルでもそこそこ上へ行けるんじゃないか?」
「無理。絶対無理です」
その方法を聞いて、毎回入り口へのダッシュを繰り返すことを想像した三好は、そのあまりの過酷さに思わず頭を振った。御劔さんのあれは、トリプルまで駆け上がった身体能力上昇の恩恵もあるだろうからな。確かにいきなりは辛いか。
「そうか。まあ、そっちはおいおいやるとして――」
「やるんですか?!」
「死にたくないだろ?」
「ううう」
超回復と水魔法、それに物理耐性まである三好は、根性なしステータスの割には強いと思う。
だが、相手が殺しに来たときどうなのかといえば、基本はただの女の子に過ぎないのだ。即死させられないよう、少しでもステータスは上げておいた方が良い。
「それはさておき、今回狙うのはこの二種だ」
俺は十層のモンスターの内、バーゲストとモノアイを指し示した。
「バーゲストは先輩がこの間倒した、ハウンドオブヘカテの元ですよね」
「そう。あいつは、闇魔法(Ⅵ)を持ってた」
「六? そりゃ未登録スキルですね」
「たぶん、召喚だ。ヘルハウンドの」
「ええ?! 召喚魔法なんて、まだ報告されたことがないと思いますよ」
「それは今更だろ。それに、召喚獣に守られれば、本体が多少ひ弱でも大丈夫だと思うんだよな」
「まあ、そうかもしれませんが、サイモンさんみたいなのが一杯いたら無理じゃないですか?」
「それでも逃げるための時間くらいは稼げるさ」
「根拠はなさそうですけどね。で、モノアイは?」
俺はにやりと笑って三好を見た。
「そいつ、絶対『鑑定』を持ってそうだと思わないか?」
そう。アイテムボックスと並んで、異世界転生スキルの定番、鑑定だ。
「鑑定ねぇ……」
あんまり乗り気じゃなさそうな三好に、ちょっとガソリンを注いでみた。
「それがあると、ステータスが数値で確認できるかも知れないぞ?」
「?! 先輩! 絶対、とってきてください!」
「いや、お前も行くんだろ……手に入るかは、持っていたら、だけどな」
「ええ~私も行くんですかぁ? 十層ってモンスターの数、多いんじゃないんですか? しかも臭そう」
以前は十一層に向かうルート上はそうでも無かったらしいが、同化薬が知られてからは、それを使ってスルーするのが十層のセオリーになっている。
もしもそうだとしたら、きっと、うじゃうじゃいるに違いない。
「一層のスライムみたいなものですか」
「まあそうだ。しかも、アンデッドは人間によってくるらしいから」
「それ、大丈夫なんですか?」
三好が嫌そうな顔をする。
まあ、ゾンビが好きな女子は少ないだろう。ゾンビ映画が好きな女子はそれなりにいるかも知れないが。
「スケルトンとゾンビは、昼夜関係なく出現するらしいから、それで数を稼ぐ。タイミングをあわせて、昼はモノアイ、夜はバーゲスト狙い、だな」
「水魔法が効きますかね?」
「INTが一〇〇あるから、無効じゃなければ威力で押し切れるんじゃ……とは思ってるんだが」
「私は?」
「ダメなら鉄球で」
「了解です。スケルトンなんかはそのほうが効果的っぽいですよね」
「弾切れにならなきゃな」
それを聞いて三好が不敵に笑った。
「収納庫に、充分な容量があるってわかったので、F辺精工さんから一万個単位で購入しました! 八センチなら二十トンですよ!」
ふそうのバス二台分ならへっちゃらです、なんて胸を張っている。
俺なら五百個がせいぜいだが、そこは分けて貰えばいいか。
「ふっふっふ、任せて下さい。問題は一度に納品するのは無理って言われたところですけど」
「ダメじゃん!」
「そ、それになりには納品していただいていますから平気だと思います。まあダメだったら先に十一層のレッサーサラマンドラで火魔法を取得すると良いんじゃないでしょうか。修得できるかどうかはわかりませんけど」
「なんとなくそれっぽいよな。じゃ、早速行くか。物資はこないだのやつがまるまる残ってるし」
「え、今からですか? だめですよ。だって今日ですよ? JDAから回答があるのって」
「あ、そうか。ちなみにJDAには二個あるって伝えてないから」
「ええ? 鳴瀬さんにもですか?」
「まあそうだな」
「それを知ったら、泣いちゃいますよ?」
「いずれにしろ、異界言語理解はそのうち広がる。なにしろダンジョンがそれを意図している節があるからな。なら、毟れるときに毟るのが――」
「近江商人ってモンですね」
「正解」
ニシシシとふたりで黒い笑いを漏らす。いかんな、最近ちょっと近江商人に影響されている気がする。
ごほんと咳払いをして改まった俺は、「まあ、落札させた後で、鳴瀬さんにあげればいいだろ。一個」とさりげなく発言した。
二カ国が別のことを言ったとき、どちらが正しいかを判定するための重要な一個を押しつける。
これで、世界の命運は君のものだ、ってなもんですよ。拮抗した二大政党に挟まれた少数政党っぽくうまく振る舞って、キャスティングボートを握り続けて欲しいものだ。うんうん。
「それはまたなんというか、豪気と言うよりイジワルですね。ま、二回のオークションで二十四億も稼いだんですからそのくらいは我慢して貰いましょう」
いや、三好、それは別に鳴瀬さんのものになったわけじゃ、と思った瞬間、呼び鈴が鳴った。
「噂をすればってやつですかね」
三好は玄関の映像をPCで確認すると、門の鍵をアンロックして、玄関のドアを開けに行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
神妙な顔をして入ってきた鳴瀬さんは、開口一番頭を下げた。
「すみません!」
「いや、ちょっと待って下さい。突然謝られても、何のことだか……」
頭を上げたままの鳴瀬さんは、非常にすまなそうな顔をしながら言った。
「結論から言うと、もし、それが手に入った場合でも、それを買い取る予算はないそうです」
俺は結構驚いた。取得を放棄するかのような結論は予想していなかったのだ。
予想最低価格くらいに値切ってくるものだとばかり思っていたのだが、まさかの、国益を投げ出すような結論に、本当に国のトップの連中が話をしたのかどうか疑問に感じた。
「それはまた……思い切った結論ですね。とても自衛隊や政府や公安のトップの意見だとは思えませんけど」
鳴瀬さんは言いにくそうにもじもじしていた。さらに何かがあるのだろうか。
「他になにか言われたんですか? 別に鳴瀬さんの意見じゃないんですから、はっきり言って下さって結構ですよ」
そう言うと、彼女はあきらめたような顔をして、話し始めた。
「それで――国を思う日本国民なら、無償で国家に貢献して欲しい、と」
おおー、資本主義の根幹を揺るがす発言キター! いや、こっちは結構あるかもと思ってました!
「誰ですかそんなアホなことを言ったのは」
「直接的には、うちの瑞穂常務です」
瑞穂常務って……あの一千万円で買い取ってやるからはやくしろの爺さんか。
こんなワールド級の懸案に、なんでたかがJDAの常務が関わってんだ?
「なんで、あのバカが知ってるんです?」
おっと、三好、容赦ないな。まあ、俺もあいつはバカだと思うが……
「斎賀が上に上げた後、JDA内で、ダンジョン庁や財務省の代表が集まった局長級の会議があったらしいんですが、そこに常務も出席なされたそうで」
「局長級? 官僚サイドの話なら事務次官か、最低でも次官級じゃないですか、この話。なんで局長級?」
「それが、常務が自分の知り合いに声を掛けて旗を振ったとか」
なんだそれ。バカだとは思っていたが、そこまで認識が足りない人だとは思わなかった。よく常務になれたな。
「で、その場でイイカッコをしたら、これ幸いと他の省庁が乗っかったと」
「まあ、そう言うことだと思います」
しかし、この案件を単なる局長程度が判断して良いのか我が国。しかも公安すら関係してないし、後で某田中に教えてやろう。
「お話はよく分かりました。我々としては日本に買い取って欲しかったのですが、仕方ありませんね。――三好」
「なんです?」
「もうオークションにかけちまえ」
「え? いいんですか?」
「そんな会議を無警戒に開いたんじゃ、とっくの昔に漏れてるよ。すでに俺たちには多数の監視がくっついててもおかしくないぞ。とても世界のパワーバランスがかかった事態に対応する態度とは思えん」
「すみません」
「いや、鳴瀬さんのせいじゃないし。あと、三好」
「なんです?」
「オークションにかけたら、落札まで身柄を
二十四時間、硬軟混ざったアプローチが来続けたらたまらない。
相手は多数だろうが、こっちは二人なのだ。疲れはててイヤになることは確実で、そう言う戦法が得意な人たちもいるからな。
「おお?! なんか盛り上がってきましたね!」
「お前がそう言う性格で助かるよ」
とはいえ、どこかに旅行に行くのは追跡されそうな気がするし、ばれても逃げ切れそうな……
「ダンジョンの中が一番安全かもなぁ……」
「なら、ついでにさっきのプランを実行に移しましょう」
「だな」
「あの、そんなことをしたら、オーブを採りに潜ったと思われますよね?」と、鳴瀬さんが心配そうに言った。
「だからこそ、オーブを持っていない国は、俺達が何処に行くのかを確認するまでは、俺達に危害を加えられないと思うんですよ」
所謂ひとつの抑止力だな。
オーブを持っている国は、この限りではないけれど、トップエクスプローラーが来日していないから、さすがにダンジョン内では2線級しかいないと思いたい。
「鳴瀬さんも、今回のことで、JDAに居づらくなったらうちに来て貰って構いませんよ」
「え? ぷぷぷ、プロポーズですか?!」
「……違うし」
「先輩、そこは顎クイですよ」
俺は囃す三好を無視して続けた。
「三好だって、どうせ翠さんとの事業が立ち上がったら法人を作るつもりだろ」
「あれは、ダンジョン税というわけにはいきませんからね」
「そしたら信用のおけるスタッフが必要だ」
「それはそうですね。相手先のお姉さんですから適任かも知れません。高給優遇ですよ。資本はたっぷりありますし」
「まあ、立ち上がったら、だけどな」
「私はすでに確信してますけどね」
「わかりました。一応頭に入れておきます」
鳴瀬さんがそう答えてくれたのをきっかけに、俺は手をパンと叩いて三好に言った。
「よし、この際オークションの開始は、サンクスギビングにかぶせようぜ。Dパワーズから世界への贈り物、ってやつだ」
「はい?」
「ん? 次の木曜日だろ? 感謝祭」
USのサンクスギビングは十一月の第4木曜日だ。
そのとき、鳴瀬さんが、非常に言いにくそうな顔をして言った。
「あのー、芳村さん。今月は一日が木曜日だったので……」
な、まさか……
「先輩、第4木曜日は先週です」
「Oh! Noooo!」
「外人ぶってもごまかせませんよ」
「くっ、じゃあモーリタニアがフランスから独立した記念だ!」
「US関係ないです」
「なら、ローハイドの放送開始記念! 超USっぽいだろ、ブルース・ブラザーズとか見る限り」(*1)
「はいはい、もうなんでもいいです。二十八日ですね」
ちっ、ライトがデスノートを拾った日記念とかにしておけばよかったか。
それこそ、US、まったく関係ないけれど。
「とにかく了解です。派手にバラまいときます」
「で、
「ダンジョンに逃げ込むんですね。準備にちょっと贅沢しても良いですか?」
「好きなだけ使え」
「先輩、今の台詞はちょっとモテるかも知れませんよ」
「そんな女にモテても嬉しくないから」
とはいえ、女の子のいるお店で豪遊するのは楽しいらしい。接待に使うくらいだもんな。行ったことないけど。
「落札までの煩わしさはダンジョンで躱せるかもしれないが、一番ヤバイのは――」「受け渡し先に向かう道中、ですね」
俺はその台詞に頷いた。
受け渡しに向かう道中、俺達は必ずオーブを持っている。奪うにしろ、受け渡せなくするにしろ、そこが一番確実だ。
「街中でのチェイスは、アクションドラマの白眉だしな」
俺たちは、笑ってげんこつをぶつけ合った。
「あのー、それって、東京が争奪戦の舞台になるってことですからね。なにとぞ穏便に、穏便に、お願いしますよ」
調子に乗っていたら、横から不安そうな鳴瀬さんに突っ込まれた。
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*1) ローリンローリンローリンなテーマで有名なアメリカのヒットドラマ。ブレイクする前のクリント・イーストウッドがレギュラーで出てる。
ブルース・ブラザーズには、カントリー&ウェスタンの店でブーイングを喰らって、やむを得ずこのテーマで場をつないでオオウケするシーンがある。
アレサ・フランクリンやレイ・チャールズが歌ってるだけで、英語分からなくても楽しい気分になる素敵映画。
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