第45話 デート?(ゴブリンの巣荒しともいう) 11/25 (sun)
翌日、待ち合わせのYDカフェに行ってみると、いつもの目立たない隅の席で小さく手を振っている御劔さんの隣に、なんと斎藤さんが座っていた。
「斎藤さん、お久しぶり」
「ほんと、久しぶり。こないだのお寿司の話聞いたよ? ああ、私も行きたかった!」
「撮影だったんだろ。なにか、忙しくなってるって聞いた」
「そう。役だけは来るようになったのよ、役だけは」
斎藤さんは両腕を上げて憤慨したようにテーブルを叩いた。
が、全く音はしなかった。いわゆるパントマイムというやつだ。
「いやー、ダンジョンって凄いね」
注文した飲み物が一通り揃ったところで、斎藤さんは紅茶を一口飲んで、そう切り出した。
「最初は、仕方なくはるちゃんに付き合ってたんだけど、この子すんごいまじめじゃない? もう黙々と狩ってるわけ。遠く離れたら危ないし意味ないし、それにつられて私も黙々と狩るしかなかったんだけど……」
斎藤さんが隣の御劔さんを見る。
御劔さんは、照れたようにポリポリと頬を掻いていた。
「ちょうど2週間くらい経った頃かな、端役のオーディションがあってさ」
「行ってみたらなんか、思い通りに体が動くわけ。一体何?! って感じだった。もう驚いちゃって。あとはずーっと、はるちゃんと一緒に黙々とダンジョン通いの日々よ」
端役とはいえ、結構な倍率の役所だったが、あっさりと通過して、以降はその監督のツテで噂が広まったのか、続々とオファーが舞い込むようになったらしい。
「そのうち、台本も一度ですんなりと頭に入ってくるようになるし、ダンジョンって、なにか頭が良くなる成分でもにじみ出てるんじゃない?」
うん、御劔さんのことを注意しながら狩っていたから、INTがアップしたんだな、たぶん。
「たださ――」
「ん?」
「主役がないんだよねー。やっぱ、知名度がないから」
「それはまだこれからだろ?」
「だと良いんだけど……名バイプレイヤーになるのは歳くってからでいいの! 若いときは主役! 主役が欲しいの!」
がたりと椅子を動かすと、俺の隣に座って、右腕をとって胸を押しつけてきた。
なに、この、ハニートラップ。
「だからぁ~芳村さん、エンジェルになってよぉ~」
「エンジェル?」
「映画なんかの出資者のことですよ」
御劔さんが、斎藤さんを引っぺがしながらそう言った。
「俺にそんなカネはないぞ。パンピーだし」
「パンピーが、ちょっと会ったことがあるだけのはるちゃんに、あんな凄い真珠を貢ぐわけ?」
テーブルの上に肘をついて、手の甲で顎を支えた斎藤さんが、ジト目でこちらを睨んでいる。
「貢ぐって……いや、あれはほら、一応、弟子が何かを成し遂げたお祝いだし」
「桁、間違ってるでしょ、桁。Mコレクションのピアスが、一体いくらすると思ってんの! 私、結構頑張ってるのに何にも貰ってないし」
いや、そういえばあんまり急いでたから、値段を見てなかったな。
注文して、ものを確認して、カード渡して、サインしただけだ。
「わかったよ。なにか主役が決まったら、可愛い弟子に、ちゃんと貢ぐよ」
「ほんと?! 約束だからね!」
花のような笑顔を浮かべて喜ぶ斎藤さんだが、どこからどこまでが演技なのかわからないところが、なかなかおそろしい。もっとも全部本気な気もするのだが。
「しかし、相変わらず欲望に忠実なヤツだな」
そう言う俺に、斎藤さんは、ふふんと鼻を鳴らした。
「欲望に忠実なのは悪いことじゃないわよ。とくにこの世界ではね。譲り合いの精神なんか発揮してたら、絶対役なんか回ってこないんだから。幸運の女神に後ろ髪はないのよ!」
そう言い切った後、突然おしとやかそうな雰囲気で、
「ただし普段のイメージは真逆で。ほほほ」
そんな斎藤さんに、俺は、呆れると言うよりも感心した。
「なにかこう、ますますバイタリティに溢れてきたね」
「涼子、最近忙しすぎて、ちょっと溜まってるから」
「なーにーがー溜まってるって? いいわよねぇ遥は。優しくして貰ってるってわけ?」
「ええっ?」
御劔さんは頬に手を当てて顔を赤くする。
いや、そこで赤くなると逆効果だって。
「するって、なにをだよ」
「溜まらなくなることよ」
へへーん、当たり前でしょって顔をして斎藤さんが指摘するが、人気女優への階段に足をかけた女が、オープンな場所で、そんな下品なことを口走ってちゃだめだろ、ったく。
「そうだ。今日の探索が終わったら、食事に誘おうと思ってたんだけど、斎藤さんも来る?」
「夜? 時間は大丈夫だけど、邪魔して良いわけ?」
「別に。三好も来るし」
「ああ、三好さんがいたかー」
斎藤さんは残念なものを見るような目つきで、俺と御劔さんを見比べた。
「三好がどうかした?」
「いいえ、別にー。奢ってくれるんでしょ? もちろん行く行くー」
斎藤さんは、もう一度俺の腕をとってくっついてきた。
だから、フォーカスされたらどーすんのさ。
俺はその場でお店に連絡して、席をひとつ増やせるかどうか聞いてみた。
ラッキーなことに大丈夫のようだった。
「でも芳村さんって、結構良物件よね?」
「なんだよ、それ」
「だって、草食っぽくて浮気しなさそうだし、結構お金持ちっぽいし、ルックスもまあまあでしょ? 研究職侮りがたしってやつね」
なんと、値踏みされてしまいましたよ。
いや、ちゃんとお肉は食べたいよ? 相手と機会がどちらもないだけで。……言ってて泣きたくなってきたぞ。
「理系男子は磨けば光るらしいぞ。ただ、磨かれることがほとんどないだけで」
「へー。じゃあ私も誰か素材の良さそうな人を紹介して貰って、磨いてみようかな?」
それは若い女性の思考じゃないぞ。彼女が、恐ろしいことを言い出したので、俺は残っていたコーヒーを一息に飲んで席を立った。
「じゃあそろそろいこうか」
俺は伝票を取り上げると、二人を促して、ダンジョンへと向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
代々木の一層では、いつもと違って人の流れに乗ったまま、二階へとむかった。
「こっちの方へ来るのは、初めてだね」
「いつもすぐに反対の方へ行っちゃうから」
なんて、物珍しそうにあたりを見回しているが、一層の風景は、どこもあんまり変わらないと思うけどな。
ともあれ、たとえ初めてで経験がゼロだとしても、こいつら、フォースのトップエンドとトリプルだからな。ゴブリン程度は余裕のはずだ。
「ふたりともゴブリンは初めてだろ? 人型だし、抵抗があるなら無理するなよ」
「まあ、とりあえずやってみる。で殴ればいいわけ?」
斎藤さんが、ぶんと腕を振り回しながらそう言った。素手でぶん殴るつもりなのかよ……
俺は呆れながら、バッグからふたつのコンパウンドボウを取り出した。
昔からDEXベースは弓と相場が決まっている。本当は御劔さんと二人で二本だったのだが、斎藤さんが交じったので俺は近場でガードだな。後、魔法。
「え? 弓? 私、使ったこと無いよ?」
「私は一応弓道の経験がありますけど、アーチェリーの道具は初めてです」
「まあまあ。きみたちは、一層のスライムで充分実力が付いてるはずだから。使い方さえ覚えれば、初めてでもちゃんと当てられるよ」
ステータスってそう言うもんだからね。
「ほんとにー?」
「ホント、ホント。じゃ、撃ち方を教えるから」
「はい」
和弓と違って弓は左側へつがえること。引くのは顎までで、後ろまで引かないこと。後はリリーサーの使い方を説明して終了。高DEXを信じて、トリガーレスのクリッカー付きにしてある。
「かちっと言うところまで引いたら、狙いを付けて、もう少しテンションをかけるとリリースされるから」
あの三代さんとかいう女が使っていたのを見て、興味を持って調べたのが役に立ったな。
「んじゃ、ちょっと試してみよう」
生命探知は、明確にゴブリンと人間を区別する。
俺は人のいない方向にいる、はぐれっぽいゴブリンの場所へと彼女たちを連れて行った。
「あ、いたいた。撃っても良いの?」
「どうぞ」
「ん、しょ……」
そう言って斎藤さんが弓を引く。その姿は、すでにサマになっていた。
シュっという音と共に矢がリリースされ、見事に先にいるゴブリンを打ち抜いて、倒れたそれはすぐに黒い光となって消えた。
「おみごと。大丈夫そうか?」
「んー、遠距離だし、死体が残るわけじゃないから実感がないけど、たぶん」
その後御劔さんも試し打ちをして成功させた。
その状況だけでは、どちらが高DEXなのかはわからなかった。
「よし、ふたりとも大丈夫そうだから、GTBの探索を始めよう。といっても俺もやったことないんだけどさ」
「あ、私、一応調べてきました!」
「それは助かる。とりあえず、巣と思われる場所へ行こう」
俺は生命探知を働かせて近くの巣だと思われる場所へと向かった。
「だけど芳村さん。すたすた歩いてるけど、よく知ってるね? もしかして今日のために下見でもしたの?」
うりうりーと言わんばかりの勢いで、俺の脇腹を肘で突いてくる。
「ほらほら、油断してないで。あの角を曲がったら、二十匹くらいのコミュニティがあるから。相手が五メートルくらいに近づいてきたら、俺が倒すから心配しないで落ち着いて射て」
「わかりました」
「頼むよー」
「俺に当てないでね」
二人は矢をつがえると、その角を曲がった。
矢はほとんど音もなく、ゴブリンコミュニティを襲っている。
途中数匹がこちらに走り寄ってきたけれど、俺がウォーターランスで始末した。
初めてそれをみたとき、ふたりとも少し驚いていたようだったが、そのまま最後まで弓を射続けた。
「はい、おつかれー」
俺は矢を拾う振りをしながら、保管庫から新品の矢に差し替えて、二人のクイーバーへとセットした。
「結構当たるもんだねー。今度から趣味を聞かれたらアーチェリーって答えようかな」
「涼子ったら」
「ほら、何かちょっと格好良くない? アーチェリー」
「欧米だと、ボウハンティングの道具だけど、日本じゃ禁止だからな」
「え? 猟銃と同じじゃないの?」
「銃に比べると威力が弱すぎるから、問題があるんだってさ」
弓で獲物をしとめるのは、なかなか難しく、仕留めきれなかった獲物が、傷ついたまま逃げてしまうのが問題なのだそうだ。
逃げられれば獲物は手に入らないから、狩猟制限に引っかかることなくもう一度狩ろうとするだろう。しかし、逃げた獲物は、どこかで死んでしまうため、結果として獲りすぎと同じことになってしまう。欧米では動物を不要に苦しめるという観点からも、問題が提起されているようだ。
「日本じゃ一〇〇%スポーツだし、なんかちょっと格好いいってのはわかる」
「でしょ?」
そんな話をしながら、ゴブリンたちがいた岩に囲まれた場所へとやってきた。
「で、ここが巣だと思うんだけど。GTBってどうやって探すんだ?」
「あ、普通に箱に入っていたり、岩で蓋をした空間に隠されていたりするそうですよ」
「へー」
「あ、はるちゃん! これじゃない?」
奧でごそごそしていた斎藤さんが、岩の奧にある怪しい場所を、コンコンと叩くことで、空洞っぽいものを見つけていた。
「これどうやって開けるのかな?」
御劔さんが首をかしげる。
「そりゃ、こういうときのために男の人がいるんだから」
斎藤さんは相変わらずだが、裏表が無くて逆に好感を抱いてしまうから不思議だ。性格なんだろうなぁ。
「はいはい。微力を尽くしますよ」
一応フルパワーではないが、危険に対処する程度には数値を上げてある。もちろんLUCは一〇〇のままだ。きっと幸運が訪れる。
コンコンと空洞を確認すると、縁に手をかけて、一気に引き上げた。
「おおー。ひょろく見えるのに意外と力があるんだねー」
「うっせ。ひょろくみえるは余計だ」
「あ、なにかあります」
そういって御劔さんが取り出したのは、二本のポーション(1)だった。
ランク1のポーションは意外と小さい。鉛筆より一回り太いくらいで、長さ五センチ程の円筒状だ。尖端のポッチをぽきっと折れば、粘度のほとんど無い中身がさらさらと流れ出す仕組みだ。
「うわっ。それって大当たり?」
「たしかに。結構低確率らしいぞ。なにしろ購入したら一本大体百万円だ」
「ええ?!」
「ランク1は一番下のランクだとはいえ、単純骨折や腱の断裂なんかは瞬時に回復するし、顔や体のケガは、よっぽど滅茶苦茶になってない限り傷も残さず綺麗に治るから、ふたりの職業なら、お守りに持っておくと良いよ」
「え、貰っちゃっていいんですか?」
「初めてのトロフィーは、幸運の女神様達に進呈しましょ。あとで持っておけるようペンダントに加工してあげる」
「ありがとうございます!」
残りは、日本の硬貨が何枚かと、錆びた剣が一本入っていた。
「さて、昼過ぎまでに、いくつか攻略しますか」
「ふふふ。百万円かー。あと十本くらい見つからないかな」
「そんなに見つかるなら、みんなゴブリンを狩ってるだろ」
「そりゃそうだね」
そうして俺たちは次の巣を目指した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで結局?」
「ポーションか? その後一本しか見つからなかったよ」
「でも全部で三本ですよね? 二層でしょ? すごくないですか?」
いつものとおり、キノコのブイヨンから始まったコースは、セップやシャントレルやジロールを、所々でアクセントにした皿が、何皿か続いていた。
そうしてさりげなく出された、何の変哲もない一皿に、俺は固まった。
「え、これ。三好……さん?」
そこには卵の上に山と削られた、薄い皮状のものが、ほとんど経験したことのない芳香をたてていた。しかも――
「白、に見えますよ?」
俺は思わず丁寧語で聞いてしまった。
「季節ですからね、先輩。ほら、ゲストも美しい女性ばかりですし」
「うそつけ、お前が食べたかっただけだろ!」
「さて、ここはワインも慎重に選ぶ必要が――」
「人の話を聞けよ、まったく」
その掛け合いを見て御劔さんが笑った。
「白トリュフって同じピエモンテのバローロとか聞きますけど」
「あ、それは大嘘なので気にしないで下さい。きっと高いワインを売りたいだけですよ」
「おいおい、好みもあるんだから、一蹴するなよ」
「まあ、自分のお金ですからねぇ。そこは自由で良いと思いますが……やっぱりミネラリーできりっとした白だと思いますよ。変わったところでは、サン・ジョセフのマルサンヌとか」
「フランス語に聞こえる」
「ローヌですね。いや、ホントにあうんですって。今度試しましょう!」
「いや、もう今年の白トリュフはこれで食べおさめ。お財布的に」
「ぶー」
「んー、初めて来たけど、美味しー」
斎藤さんは、頬を押さえてご満悦だ。
ほんとこいつは、誰からも愛される女優にむいてるよ。性格が。
「この見た目のショボイ茸が、海老とマッチしてて美味しいねぇ」
「ショボイ言うな。まあたしかにシャントレルはあまり見た目が良くないけど」
「芳村さんみたい?」
「先輩はそこまでひょろくはないですかね」
「お前ら、今日のスポンサーが誰なのか覚えてるか?」
「ステキナヨシムラサマデス」
「ラブリーナセンパイデス」
「良し」
そんなやりとりを眺めながら、御劔さんは、少しだけ甘みの感じられるオイリーなアルザスの白を口にして、幸せそうに笑っていた。
後日俺は、丈夫なアクリル製の円筒にポーション(1)を差し込んで作ったペンダントトップに、3ミリのディアスキンの革紐をあしらった、少しプリミティブなアクセサリーに見える『お守り』を三つ作って、三人に送った。弟子の無事を祈る師匠の気持ちだ。
三好には必要ない気もするけれど、一応な。
なお、コンパウンドボウは、予想通り斎藤さんに奪われた。
本人は貸してと言っていたが、絶対に戻ってきそうになかったので、二人に贈呈しておいた。ジャイアンか。
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