青天に響け
つばさ
第1話 プロローグ
桐谷聖歌はは父はギタリスト、母はピアニストの音楽一家に生まれ、本人も名前にもあるように歌うことが大好きで、将来は歌手になる事を目指す何処にでもいるような女子高生だった。
そんな彼女は両親の知り合いが音楽教諭をやっている芸術系の分野に秀でている事で有名な高校に進んだ。授業では音楽科と絵画科に分かれ、さらにそれぞれのコースで2つの部門を選ぶことが出来る。音楽科では大きく分けて楽器の演奏に重点を置いた楽器部門と歌うこと、歌手を育成する声楽部門、そして指揮者を育てる指揮部門、作曲を中心とした作曲部門という4つの部門に分かれていた。
聖歌はギターとピアノは幼少のから両親に学んでいた事から、高校では声楽部門と作曲部門を選択した。
しかし楽器の練習も欠かしたくなかった聖歌は両親の知り合いである音楽教諭の如月由乃に個人的にお願いをし、普段あまり利用されてない小さな防音教室を借りて放課後にはピアノとギターを練習するようにしていた。
幸い通っている学校は同じように多くの生徒が好きな時に自発的に勉学に励むことができるように小さな防音の部屋はいくつも用意されていたため、さして問題は無かった。
聖歌は小さい頃から音楽に囲まれて育った為、両親からみても音楽の才能には取り分け恵まれていた。
物心つく頃には自分で歌を作って歌うようになっていたくらいだ。
しかし、幼い頃から人前に出ると緊張して思うように歌う事が出来ない聖歌は声楽部門ではあまり良い成績をとることが出来ず、思い悩んでいた。
その日もいつもと同じように放課後にギターの練習をし、帰る前に鍵を返しに職員室の如月の元に訪れていた。
「ありがとうございました」
「いえいえ、毎日ちゃんと練習して、偉いわね。今時なかなか無いわよ~。先生、感心しちゃう」
如月はニコニコと聖歌に笑いかけた。
「いえ、そんな……」
困ったように笑った聖歌だが、その表情は何処か落ち込んでいた。如月にとって聖歌は大切な生徒でもあるが、それ以上に自分の友人の大切な娘でもある。最近の様子から声楽部門での成績を気にしているのだろうと容易に察した如月は聖歌に優しく声をかけた。
「聖歌ちゃん、成績だけが全てじゃないのよ」
聖歌はその声に顔をあげた。如月が自分を苗字でなく下の名前で呼ぶのは教師としてではなく親戚であり、自分を友人として接してくれる時だけだった。
「ご両親から、聖歌ちゃんが歌う事が大好きだって話は良く聞いてるわ。あなたの歌の作り方がすこし特徴的な事もね。だからそんなに落ち込まないで、今まで通り自分らしく、大好きな音楽に打ち込んでいけば良いのよ」
そうして茶目っ気たっぷりにウィンクをしてきた由衣をみて聖歌も久しぶりに元気を出す事ができた。自分は、自分らしく……。そうだ。成績があまり良くないのは事実だ。でも、
(歌う事が好きな気持ちは私だって誰にも負けてない)
由衣さん、と聖歌も如月に先生としてではなく1人の友人として声をかけた。
「ありがとうございます。明日から、また頑張ります……っ!」
「ええ。気をつけて帰りなさい」
そうして職員室をでて、下駄箱で靴を履き替えて校門へ向かった。ここまではいつもとほとんど変わらない、すこし気分が浮上しただけの何気ない日常だった。
その日違ったのは校門を出てすぐに、ある生徒に声をかけられた事だ。相手をみて直ぐに、聖歌は嫌な気分になるのを抑えきれなかった。
綺麗な金色の髪と瞳を持つ、まるで西洋人形のように整った容姿を持つ美少女がそこにはいた。
リオーネ・マルディーニ。彼女は父親が海外でも有名なアーティストで母親も類便にテレビに出るような女優であったため、高校でもかなりの有名人であった。この日も周りに何人もの取り巻きを引き連れて、彼女は立っていた。
聖歌と同じ声楽部門をとっている彼女は、何故か何かにつけて聖歌に絡んでくることが多かった。
声楽部門でもトップクラスの成績を持つ彼女が何故いちいち自分に構うのか解らない聖歌は、また何か言われるのだろうかと折角僅かに上がっていた気分が急激に下降していくのを感じた。
「こんな遅くまで自主学習だなんて、流石作曲部門の優等生は違うわね」
リオーネはクスクスと笑いながら聖歌に声をかけた。
聖歌は人前に出ると極度の緊張に陥ってしまうが、作曲部門のテストは人前に出る必要のない課題ばかりだったので歴代の生徒を含めても開校以来の天才であると一部の教師の間で有名であった。
ただ、他の部門のように人前での発表や、衆目にさらされた中で歌ったり、演奏したり、指揮をするようなのテストが無いためにあまり知られる機会はなかった。その代わりいくつもの音楽コンテストで賞をとっていたが、それも個人的に応募した学外のものが多く、あまり知られてはいない。
なのに何故リオーネのような人気者があまり知られてもいない自分にこの様に類便にちょっかいをかけてくるのか。
リオーネは歌声においては間違いなく天才である。普段から注目を浴びることになれている彼女は、前回の大講義での衆人監視の中でのテストでも彼女の時だけまるでコンサートのような盛り上がりをみせ、素晴らしい成績を収めていた。
そんなリオーネが目立つ事を好まず、普段から大人しくしている聖歌に構うことがおかしいのか、取り巻きの何人かは馬鹿にしたようにこちらをみて笑っていた。
いつもこうだ。人気者の彼女に話しかけられると変に注目をされ、嫉妬されたりやっかみを受けたりして、ろくな事がない。
「……何かようですか」
「やだ。そんな怖い顔しないでよ。ちょっと貴方にお願いがあるだけなの」
「お願い……? 貴方が? 学校一の人気者であるリオーネ様が私に頼むようなことなんて一つもないと思いますが」
常ならば大人しく、丁寧な物言いをする聖歌は教師の間では優等生として通っているが、この時ばかりは気分が悪く、つい嫌味のような言葉を返してしまった。
聖歌はリオーネの事を純粋に尊敬をしている。何時だって堂々としていて自信に満ち溢れている彼女は光り輝やいていて、まさに物語に出てくる主人公のようだ。聖歌だって自分の歌や曲には自信も誇りもある。だが人前に出ると緊張してしまう自分にとって彼女はそのコンプレックスを刺激してくるような存在でもあった。
入学したばかりの頃は遠くから彼女を羨望の眼差しで見ることも多かった。
しかし一年たった頃から類便に絡まれるようになった事で、すっかり彼女は自分にとって苦手な部類の人間になってしまった。
聖歌の常にない物言いにリオーネは驚いた顔をするばかりで、言葉に詰まっていた。
「……用がないなら、帰ります」
「……あっ、ちょっと待ってよ!」
これ幸いと今のうちに帰ろうと直ぐ様踵を返す聖歌に我に帰ったのか、リオーネが引き止めようと手を伸ばして聖歌の腕を掴んだ時だった。
ふと地面に謎の文様が浮かび、それは突然広がりながら輝き出した。
(何これ、魔法陣……?)
それは聖歌が考えたとおり漫画やアニメに出てくるような魔法陣のような形をとったかと思うと更に強い光を放った。
その日、校門の前で集まっていた生徒の何人かが、学園から姿を消し、行方不明となった。
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