【恋愛】「花びらが散る樹の下」「イタリアンスパゲティ」「落語家」
「それにしても、あんなに仕事一筋だった
「私自身もびっくりしてる。全部想定外よ」
「あんたが通ってる寄席で出会ったんだっけ?」
「そう。小屋を出て気分が悪くなった時に声をかけてくれて」
新進気鋭の落語家が、毎週のように公演を行っている時だった。
周囲には珍しがられる趣味だけれど、女性の一人客は少なくないし、誰にも気兼ねせず楽しめるところが好きでよく見にいっていた。
まさかそんな場所で、将来家族になる人と出会うことになるとは夢にも思わなかったのだ。
「初デートのランチがイタリアンなのはまぁいいわよ。でも、どこに行ってもメニューに載ってればパスタを選ぶってかなりの酔狂じゃない?」
「子供の頃から一番好きな食べ物なんだって」
「そんなに頻繁に食べてて飽きないの?」
「私も不思議なんだけど、飽きたことはないみたい」
当然ながら、紗耶香にも同じものを食べるよう強制されたことはない。
基本的に好きな店を決めさせてくれる上に、何を頼んでも美味しそうに食べる彼女をにこにこしながら眺めているのが常だった。
「あれば頼んでしまうのは、もう
「高所恐怖症で絶叫系が死ぬほど苦手なのに、遊園地の乗り物に全部つき合ってくれたんでしょ? 優しいのかバカなのかわからないわね」
「そんなこと言わないでよ。あれは気づかなかった私が悪いんだから……」
「むしろ、紗耶香に気づかせなかった精神力の強さには、素直に敬意を表するわ」
「私もそう思う。最後のアトラクションから降りてベンチに座り込むまで、本当に平気そうに見えたから」
彼の高所に対する恐れは相当なもので、テレビでバンジージャンプを行うシーンを見るのも、漫画で高層ビルから見下ろすカットが目に入るのも駄目なのだそうだ。
そこまでの恐怖心がありながら、紗耶香に一切悟らせることなく何食わぬ顔でジェットコースターに乗っていたのを知った瞬間は、盛大に後悔したと同時に一つの真理にたどり着いた。
きっとこの人は、自分の感情を押し殺しても相手に安心を与えようとし、傍にいることを是とするのだろうと。
「プロポーズは夜桜観賞しながらなんて贅沢よ! 羨ましい!」
「本音を隠す気もないのね……。でも、確かに幻想的な雰囲気だったわ」
その日はやや風が強く、一際花びらが舞う樹の下だった。
ライトアップされた桜が薄紅色に照らされ、美しい光景に見惚れていたら、不意に彼が言ったのだ。
「これから毎年桜を見に出かけよう」と。
どういう意味かと、期待と不安がない交ぜになった表情の紗耶香に向けて、彼はやっぱり彼女を安心させるように微笑んだ。
「僕と結婚してください」
「何はともあれ、おめでとう紗耶香! 幸せになってね」
「今日はわざわざそれを言うために誘ってくれたのよね」
「親友のゴールインだもの! 直接お祝いしたいじゃない」
「ありがとう。結婚式に投げるブーケ、絶対受け取ってね」
「もちろんよ。私も幸福を分けてもらいたいわ」
女同士の話は尽きない。
結納や挙式へと話題が移っていく中、紗耶香の左薬指にはマリッジリングがまばゆい輝きを放っていた。
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