【異世界FT】「廃墟のレストラン」「剣」「請う」
『森の湖畔にある廃墟となったレストランに一人で訪れると、大切な人に逢える』。
大きな戦争が終わり、徐々に街が復興されるようになった頃。
そんな囁きが、どこからか人々の口にのぼるようになった。
実際に行った者は、亡くなった友人の姿を目にしただとか。
生き別れた家族と再会できただとか。
あるいは、以前と変わらないホールとキッチンがあるだけで他は何も見なかっただとか。
真偽のほどが定かではない噂が、まことしやかに流れた。
話を聞いた大半の人間は、ようやく生活が落ち着きつつある中に舞い込んだ数少ない娯楽の一種だと考えた。
けれど、娯楽と済ませることができなかった一部の人間は、自身の胸の内に浮かび上がる相手を求めて、誰にも知られないようくだんの森へと向かった。
「ここだわ……」
周囲の木々で覆われた、湖畔に佇むレストラン。
人目を忍ぶために被っていたフードを頭から落とし、ユウナは問題の建物を見上げた。
街から外れた場所にあるからか、戦の爪痕は残っていない。平穏だった時の状態を保ったまま、人だけいなくなり寂れた印象を醸し出している。
白を基調とした外装とのことだったが、日が暮れた今の時刻では全てが薄闇色に染まっている。
ユウナはゆっくりと近づきながら、目をこらして辺りをうかがった。
幸いなことに、自分以外は誰もいないようだ。
同じ目的でやってきた人とかち合った場合、目当ての人間とは会えない。嘘か本当かそんなことまで広く伝達されていた。
真実かどうかはともかく、酔狂としか思えない行動をしている自覚はある。人の気配がしないに越したことはない。
念入りに確認してから、少し重い扉を開けた。
中の様子は想像していた通りだった。
整然と並ぶテーブルと椅子。日々磨かれていたであろう作業台。窓は分厚いカーテンで隠され、湖の様子はわからなかった。
持ってきていたランタンをかざし、ひとしきり観察したユウナは拍子抜けした。
特におかしな点はない。年月が経った分だけ埃っぽくなっているものの、普通のレストランにしか思えない。
むしろ、何かあると信じる方が異常だ。
自分が途方もなく間抜けなことをしたと気づき、自嘲する。
(やっぱり眉唾ものよね。『大切な人に逢える』なんて曖昧な話に踊らされるなんて……)
それでもすがりたかった。一縷の望みを抱かずにはいられなかった。
どんな方法でも、どんな形でもいいから、もう一度だけ向き合いたい人がいた。
向き合って、どうしても言いたいことが――。
ぽう、とテーブルにあるランプに明かりが灯ったのはその時だった。
驚いてそちらを凝視するも、ランプ以外に別段変わったところは見当たらない。
何が起きたのかと、原因を調べるために一歩踏み出した。
すると、明かりの点いたテーブルの隣に、うっすらと人の輪郭を取り始めた光が舞った。
「なに、これ……」
予想外の光景に絶句し、力を失った手からランタンが落ちる。
光の粒子がかたどるのは、一人の青年だった。
腰に剣を下げ、黒いフロックコートに身を包んでいる。
さらりとなびく前髪も、意志の強さを示す眉も、シャープな顎のラインも、全てが記憶にあるとおりで。
やがて全身が露わになり、まばゆかった光が消えても、ユウナの双眸には彼が映ったままだった。
そんな格好は知らない。でも、その顔は誰よりもよく知っている。
なぜなら、もう一度だけでいいからと、毎晩月を見つめて願っていた夢が現実になったのだから。
「アインス……」
「ユウナ」
彼の声だ。
空耳でも何でもなく、確かに目の前にいる青年の口からこぼれた音だった。
焦がれてやまなかった、自分を呼ぶ声。
(やっと逢えた)
それなのに、どうしても喜びの言葉を紡ぐことができなかった。
「必ず帰ってくるって約束したのに……」
認めたくなかった。信じたくなかった。
けれど、彼が身を賭して戦ってくれたから今があるということも、十分にわかっていた。
「ユウナ、ごめん。お前を悲しませたくなかったけど、一目でいいから逢いたかった」
「この場所……、私達がよくデートで使ったものね」
訪れた者が本当に大切な人と逢えたのだとしたら、それはこのレストランに縁があったからに違いない。
彼が戦場に赴くまでは、ユウナとアインスも頻繁にここで食事を取ったものだ。
二人でランチをしながらかわしていた他愛ない会話が思い出され、痛みが走る。
もう、二度と戻ってこない日常。
それでも諦めきれなかった、彼への想い。
「私もあなたに逢いたかった。逢って伝えたいことがあったから」
硬直していた身体が動く。
彼の元へと進み、しっかりと目を合わせる。
「守ってくれて、ありがとう。あなたのおかげで、私は生きてるよ」
精一杯微笑んでみせると、アインスはくしゃりと顔を歪めた。
「ユウナが無事でよかった。それだけで俺は救われる……」
そう呟くと、アインスが
熱を孕んだ瞳に射抜かれ、視線を逸らせない。
「最後にお前に触れる権利を、俺にくれないか」
差し出された右手に、左手を重ねる。
どんな不可思議な力が働いているのか、彼の手の感触がちゃんと感じられる。
ユウナが乗せた手をひと撫でし、アインスは許しを請うように頭を垂れた。
「約束を破った俺が言えることじゃないかもしれない。でも、この先のユウナの幸せを、俺はずっと祈るよ」
左手の薬指に口づけられる。
胸が詰まり、思わずまぶたを閉じた。
とうとう溢れた涙が頬をつたう。
そうして再び瞳を開いた時には、アインスの姿はどこにもなかった。
あとには、彼の唇の温もりだけが薬指に残されていた。
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