【恋愛】「夢の中」「白雪」「食べる」

 ただいま、という挨拶に、いつもは返ってくるはずの声がない。

 疑問を感じつつリビングへ向かうと、ソファーで丸くなって寝息を立てる姿が目に飛び込んできた。

 今日はもたなかったか、と一人納得する。

 既に零時を超えているのだから無理もない。

 それならそれでベッドに入っていればいいものを、行動に起こす前に力尽きてしまったのだろう。

 長いまつげでできた影を眺めながら、どうするべきか思案する。

 童話の白雪姫は王子様のキスで目覚めるが、こちらのお姫様はちょっとやそっと悪戯いたずらをしたぐらいじゃ覚醒しない。

 夢の中でどんな楽しいことをしているのやら、あどけない寝顔はともすれば微笑んでいるようにも見える。

 帰りを待つと言っておきながらあっさり裏切られたこの仕打ち、どうしてくれようか。

 柔らかそうな頬をつまむか。

 赤く色づいた形のいい唇を塞ぐか。

 いっそ、透き通るような肌に痕をつけて全身を食べてしまうか。


 不埒な想像を脇に追いやり、とりあえずは自分の疲れを癒そうと決める。

 背中まである黒髪を梳きながら、静かな幸福にしばし浸った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る