第6話 前編 名も知らぬ『あなた』とぼく


 真っ黒な空間だ。

 床も、壁も、天井も、何もかもが黒い。

 もしかして私は奈落に落ち続けているんじゃないか。


 どうして私はここにいるんだっけ……。

 頭がぼんやりとする。


 誰かの声が聞こえる。


「これで説明は終わりよ。

 転生か消滅、どちらを選ぶ?」

「そうですね……やっぱり、転生がいいですね……。

 消滅ってなんか怖そうですし」

「はーい。

 分かったわ~」


 聞きなれたエゥブさんの声。

 あと1人は……誰だ……?


 だんだん頭がはっきりしてくる。

 ……ああそうだ。今はエゥブさんの執行のお手伝いをしているんだった……。

 今回の転生者の名前は……思い出せない……。


「どんな世界に転生したい?」

「人がたくさんいるところがいいですねー。

 おしゃべり大好きなんですよ、ぼく」

「じゃあ、【世界座標:aw98awgboawfdsm】なんてどうかしら~。

 機械文明が発達した世界でね~、みんな色んな方法で自分の考えを発信してるのよ~」

「わあ、楽しそうですね!」


 だんだん視界がはっきりしてくる。

 やっぱりここは黒だけの世界だ。

 その中にエゥブさんと転生者の姿が見えることにホッとする。

 今回の転生者の姿は……なぜか記憶に残らない……。


「今回も人型の生物に転生ってことでいいかしら?」

「人間がたくさんいる世界なんですよね。

 ぜひ人間でお願いします。

 ああ、楽しみだなあ」


 だんだん触覚がはっきりしてくる。

 私は落ち続けてなんかいなかった。

 ただ真っ黒な床に立っているだけだった。

 今回の転生者の……何もかもが分からない……。


「これで執行のための質問は終わりよ~。

 これから執行だけど、何か質問とか、ある?」

「あ、じゃあ、少しいいですか?」

「いいわよ~」


 転生者が私を見る。

 目もある、鼻もある、口もある。

 でもなぜかその顔が記憶に残らない。


 転生者は私の目を見つめている。

 そして口を開く。


「ありがとうございます」


 今回の私は何もしていない。

 ただここに立っていただけだ。


「本当に、ありがとうございます」

「……私は、何もしてませんよ」

「少しの間、おしゃべりしてもいいですか?」

「……はあ」


 不思議な人だ。

 私と何をおしゃべりしようというのか。


「自分の人生をまるで物語のように感じたことってありませんか?」

「物語、ですか?」

「そう。物語。

 楽しいこと、悲しいこと、怒れること、喜ばしいこと。

 人生は様々な感情を呼び起こすイベントにあふれていると、ぼくは思うんです」


 転生者は歌うように話す。

 転生者は私の目を見つめている。


「そんな感情を引き起こすにあたって、『見る』っていうのは特に大切なファクターだと思うんです。

 目に映ることを中心に、ぼく達はいろんなことを思うんです」

「なかなか難しい話ですね……」

「難しいことなんかじゃないんです。

 例えば、あなたは今までいろんな人に出会ってきましたよね?」

「そうですね、ここにきてから本当にいろんな人に会ってきたと思います」


 私はこのハザマの世界に来てから、いろんな人に会ってきた。

 執行官の皆さん、転生者の皆さん、一人として同じ人はいなかった。


「その人を見て、カッコいい、かわいいと思ったことは?」

「ウォーレイ君、あ、私の上司なんですけど、かわいいといつも思います」

「じゃあ実際に話してみて、抱いていた印象と違うなー、と思ったことは?」

「あー、たまにえっぐいこと言いますねー……」

「それは、あなたがまず誰かを『見て』、その人について何かを思ったことによって生じるギャップなんです」


 なるほど。

 ね? 『見る』って面白いでしょう?

 名も知らぬ転生者は少し自慢げ…そうに語る。

 転生者は私の目を見つめている。


「ぼくが『見る』ことの大切さを語るのはですね、『見る』っていうのは世界を形作ることでもあるからなんです」

「また難しいこと言いますね」

「例えば、今あなたの後ろにあるもの、それが存在しているかどうか、どうやって確かめますか?」

「ふむ、……後ろに手を伸ばしてみたり?」

「確かに触ってみるのもいいでしょう。

 じゃあ、触れない程距離のあるものだったら?」

「むう」

「そう。その時は『見て』確かめるしかない」


 実在するかどうか、それは『見て』初めてわかるんです。

 そう考えると面白いでしょう?

 転生者さんはだんだん調子に乗ってきたようだ。

 転生者は私の目を見つめている。


「実はぼく、目を逸らしてしまったら、たちまち全部消えちゃうんじゃないか、ってたまに怖くなる時があるんです。

 ……内緒ですよ?」


 少し突拍子もないが、興味深い話ではある。


 ……でもなんでわざわざこんな話題を私と話そうと思ったんだ?

 別にここで話すような内容でもないだろう。


「あれ、何か警戒してます?。

 やっぱり、最初に変なこと言ったのがだめだったのかな…」


 いきなり「ありがとう」なんて言ってきたことか。

 確かにあれは意味が分からなかった。

 何に対する「ありがとう」なんだ?


「でも、あなたに感謝してるのは本当のことなんです」


 意味が分からない。

 今回の私はいつもに増して役立たずだったはずだ。

 エゥブさんではなく、私に感謝することなんてなかったはずだ。

 転生者は私の目を見つめている。



















「だって、今、『あなた』は、『ぼく』を、『見て』くれているでしょう?」

















 何を当たり前のことを言っているんだ?

 ……いや、様子がおかしい。

 会話がかみ合っていない。


「ここまであなたはぼくがおしゃべりするのを『見て』いてくれた」


 いや、『読んで』、かな?

 まあどっちでもいいや。

 転生者さんは誰ともなくつぶやく。


 なんだ?何を言っている?


 転生者は、私の、目を、見つめて、いる?


 コイツハ、イッタイ、ダレニ、ハナシカケテイルンダ?


「あなたが『見て』くれるってことは、『ぼく』が今ここに実在していることの証明に他ならない」


 イミガワカラナイ


「あなたは『ぼく』がここにいることを許してくれる。

 あなたは『ぼく』におしゃべりをさせてくれる。

 あなたは『ぼく』に、生きているという、実感をくれる」


 だからあなたに最大限の感謝を。


 キモチガワルイ


「もちろん、あなたにとってぼくはあなたの人生という物語の1人の登場人物にすぎないかもしれない」


 転生者がしゃべる。


「でもぼくは、その物語の一部になれたということが、とても嬉しい」


 ヒトのカタチをしたモノがしゃべる。


「悲しいことに、ぼくはあなたが男性なのか、女性なのか、大人なのか、子供なのか、はたまたそのどれでもないのか、知る術がない」


 人とお話するときは相手の目をしっかり見なさいっていわれたのにね。


 得体のしれないナニカがしゃべる。


「でもそんなことはどうだっていいんだ。

 あなたはそこにいて、ぼくを今まさに『見て』くれている。

 ただそれだけでぼくは最高に幸せになれる」


 目の前が真っ暗になる。


「ぼくはあなたのいる世界に転生できるのかな、できないのかな」


 私は耐え切れず、気を失った。


 最後に聞こえたのは、本当に楽しそうな声だった。


 ああ、楽しみだなあ!

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