【短編集】ハルカ★BOX

ハルカ

いろいろな短編(新しめ)

【青春】カメラが写し出す感情の温度

ノベルアップ+にも同じ作品を掲載しています。

https://novelup.plus/story/147374531

―――――――


 カシャッ。カシャカシャッ。


 放課後の教室に、シャッター音が響く。

 振り返ると、同じクラスの女子がカメラのレンズを向けていた。その手にあるものがスマホではなく高そうな一眼レフだと気付き、ぎょっとする。


「いい顔してるねえ、委員長」

 そう言って彼女はシャッターを切り続ける。

「おい、勝手に撮るなよ」

 顔をしかめると、やっと彼女は手を止めた。

「あはは、ごめんごめん」


 夕暮れの教室で、俺は先生から頼まれた仕事をしていた。

 といっても、プリントの束から一枚ずつとってホチキスで止め、冊子を作るだけの単調な作業だ。

 彼女は俺の正面にどかりと座り込み、なにやらカメラをいじりはじめた。

 窓から差し込む西日が教室を淡く染めている。彼女の髪は紅茶に入れた蜂蜜のような色をしていた。


「あー、いい顔してるぅ」

 うっとり微笑む顔に、一瞬ドキリとする。

 見ているのは……俺の写真、だよな?

 戸惑いを気取られないよう小さな溜息をつく。

 彼女が言っているのは構図やピントがうまくいったという意味であって、それ以上でも以下でもないだろう。


「そういうの、持ってきちゃダメだろ」

 自分の気持ちをごまかすように、思わずそんなことを呟いてしまう。

 彼女はきょとんとしたあと、ああ、と笑った。

「これ、兄貴のお下がりなんだ」

「そうじゃなくて。……壊れたりとか、誰かに盗られたりとか」

「へーきへーき。普段は写真部の保管ケースにしまってあるんだ。鍵付きのやつ」


 そう言われて初めて、彼女が写真部であることを知る。

 そもそも、この学校に写真部なんてあったのか。

 俺はこのクラスの委員長だけど、いや、むしろ委員長だからこそクラスのことで手一杯で、学校全体のことには目がいかない。


「委員長、マジメだよねえ」

 頬杖をつきながら、彼女は机の上に並べられたプリントに視線を落とす。それには応えず、俺は尋ねた。

「なんで写真?」

 彼女はにっと笑った。


「写真に温度を閉じ込めるのが夢なの」

「温度? 情熱みたいな?」

 そう聞き返すと、彼女はふふっと口元を緩める。

「感情ってさ、高いだけじゃないんだよ。低いときもあればぬるいときもある。穏やかなときもあれば、波立っているときもある。そういうのを、温度みたいに記録したいの」


 何枚かのプリントをまとめてそろえ、ホッチキスでとめる。

 バチリと冷たい音がして、彼女の言っていることが少しわかる気がした。


   ● ● ●


 文化祭の日、俺は短い空き時間を利用して写真部の展示を見に行った。

 写真の人気投票が行われていて、来場者は入り口でシールをもらい、好きだと思った作品の下に貼るというものだった。


 人気を集めていたのは三年生が撮った風景写真だった。

 錦鯉が泳ぐ池に光が差し込んでいて美しいといえば美しい、けれど。

 無意識のうちに俺の視線は彼女の写真を探していた。


 それはスペースの端に飾られていた。

 同じクラスの生徒も別のクラスの生徒もたくさん写っていて、彼女の交流の広さにいまさらながら驚く。撮られたのは自分だけじゃなかったのかと、ほっとしたようながっかりしたような複雑な気持ちになる。


 そのとき、一枚の写真が目に入った。

 あの日、夕暮れの教室で撮られた写真だった。


 どうせ、先生から頼まれた作業をつまらなそうにやっている俺の顔が写っているんだろう。そう思っていた。

 でも、違った。


 夕日に染まる教室で、俺はとても真剣な表情をしていた。

 このとき作っていた冊子は文化祭のしおりだ。俺はクラスの出し物やスケジュール管理、備品の調達、役割分担などのことで頭がいっぱいだった。自分に与えられた仕事を熱心にこなそうと必死だった。

 その気持ちを、この写真は見事に切り取っていた。


 タイトルには『委員長』とだけある。シンプルだが、これ以上にふさわしいタイトルはない。

 そこには、俺という人間の感情――、温度があった。


 そのとき、カシャッという音が響いた。

「うん、いい顔してる」

 振り返ると、あの一眼レフを構えて笑う彼女の姿があった。


―――――――


<後日談>

 それから俺たちは卒業して、それぞれ大学へ行き、就職をした。

 彼女は旅行雑誌の写真を撮る仕事をしているらしく、忙しく日本を飛び回っているのだという。雑誌の片隅に彼女の名前を見つけて、俺はなぜだか誇らしい気持ちになった。

 同窓会で会うたび、彼女は嬉しそうにあの日のことを話し、俺は照れくさいと言いながらそれを聞く。

 卒業してからも彼女との交流は続いているが、それはまた別の話。

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