第45話 久留里線における百十年の歴史・基礎知識篇:久留里線全駅乗下車・二

 『鉄子の旅』の第一話(「第1旅」)で取り上げられている久留里線のその開業は、百十年前の一九一二(大正元)年にまで遡る。

 まず、木更津~久留里間が大正元年に開業し、久留里から上総亀山まで延伸開業したのが一九三六(昭和十一)年、この始点と終点は現在の久留里線と同じ駅である。


 久留里線の線路は〈単線〉であり、同じ区間を上下線が同時に通行することはできない。

 そして、車両の数は、一両か二両、場合によっては四両で編成されることもあるそうなのだが、隠井が実際に乗った久留里線は、最大でも三両編成であった。


 そしてここが、最大のポイントで、久留里線は全線、いわゆる〈非電化〉なのである。

 すなわち、久留里線は、架線を通して電気を取り入れ、電気モーターを使う〈電車〉ではなく、〈気動車〉、つまり〈汽車〉なのだ。


 気動車とは、動力源として、軽油を燃料とするディーゼル・エンジンで自走する車両で、そのため、電化設備のない線路でも走ることができる、いわゆる〈ディーゼル・カー〉である。つまり、極端な言い方をすると、線路を走る、ディーゼル・エンジンを積んだ自動車とみなしても構わないかもしれない。

 この気動車には〈キハ何々〉というナンバリングがされている。

 車両の〈キハ〉の〈キ〉とは、気動車の〈キ〉で、〈ハ〉は、イロハという序列の三番目、つまり、普通車のことである。

 そして、久留里線は、千葉県内のJRでは、現在残っている唯一の気動車が走る非電化路線である。

 翻って考えてみると、鉄道における〈電化〉とは、便利化という時代の流れなのかもしれないが、しかし、乗車する列車に旅の〈ロマン〉を求めるのならば、やはり、乗りたい車両とは、〈キハ〉とナンバリングされた気動車であろう。


 二〇二二年現在、久留里線で運用されている車両は〈キハE130形〉である。

 ちなみに、〈キハ〉の後に置かれている〈E〉は、JR東日本(EAST)の〈E〉を意味している形式名である。


 これに対して、今から十五年前の二〇〇七年という、アニメ放映の時期に用いられていた車両は、国鉄時代に製造されたディーゼル車、〈キハ30形〉〈キハ37形〉〈キハ38形〉である。

 二〇一二(平成二四)年十二月一日に久留里線の車両は〈キハE130〉に統一されてしまったため、〈キハ30〉〈キハ37〉〈キハ38〉の久留里線での定期運用は終了してしまった。それゆえに、当然ながら、二〇二二年現在、『鉄子の旅』と同じ車両に、久留里線で乗ることは叶わない。

 このように、久留里線での運用は終了とはなったものの、久留里線の気動車は、二〇一三年に水島臨海鉄道に譲渡され、二〇一四年から運行開始されることになった。それゆえに、今現在、アニメと同じ車両にどうしても乗りたいのならば、岡山県の倉敷市に行って、水島臨海鉄道に乗れば、その願望を叶えることは今なお可能なのだ。


 三種の〈キハ〉シリーズの中でも特に、二〇〇七年当時においてさえ、日本で〈キハ38〉に乗れるのは、久留里線だけであった。

 その後、七両の〈キハ38形〉のうち、一つは〈静態保存〉された。

 ちなみに、静態保存とは、機械類の動作・運用が可能とは限らない状態で保存されていることで、これに対して、動作・運用可能な状態での保存を〈動態保存〉という。

 そして、残りの六両の〈キハ38〉のうち一両、〈キハ38 1003〉は、これが久留里線から水島臨海鉄道に譲渡されたものなのだが、この車両は、塗装しなおされ、後に〈キハ38 104〉と改番された。

 そして、残りの〈キハ38〉の〈2~4〉と〈1001〉〈1002〉の五両は、ミャンマー国鉄に譲渡され、船便で輸送された後、改造され、現在、ミャンマーのヤンゴン環状線で運転されている、とのことである。

 すなわち、久留里線直系の〈キハ38 104〉は岡山で、それ以外の〈キハ38〉は、ミャンマーに行き〈さえ〉すれば、アニメと同種の車両に乗る事もできる次第なのだ


 とまれ、二〇〇一年の『IKKI』にて初出し、二〇〇七年六月二十四日・日曜日の十時から初回放送された『鉄子の旅』の「第1旅 久留里線全駅乗下車」にて、作中人物たちは、千葉の木更津から上総亀山までの十四駅全て、十三区間を乗り降りしていった。

 二〇二二年現在、木更津発の列車が一日十七本、うち、久留里行きが十二本、上総亀山行きの直行が五本、久留里から上総亀山の列車は三本なので、そのうち、十三区間に乗った、彼らは〈キハ30〉〈キハ37〉〈キハ38〉の全てに乗ったにちがいない。


 ちなみに、以下が、その全区間の旅程である。


 01:木更津~上総清川

 02:上総清川~祇園

 03:祇園~横田

 04:横田~東清川

 05:東清川~馬来田

 06:馬来田~東横田

 07:東横田~小櫃

 08:小櫃~下郡

 09:下郡~久留里

 10:久留里~俵田

 11:俵田~上総松丘

 12:上総松丘~平山

 13:平山~上総亀山

 14:上総亀山~木更津


 隠井は、これらの情報を、木更津に向かう総武線・内房線の中で確認したのであった。


 そして午前八時三十六分――

 隠井は木更津駅に到着した。

 はたして、ここからいかなる旅が隠井を待ち受けているのであろうか。

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