第16話 運命の分岐点、黄昏時のY字路:『バンドリ!』3

 アニメ『BanG Dream!(バンドリ!)』の第一話の冒頭は、数多の<星々>が煌めく宇宙の場面から、バンド「Glitter*Green(グリグリ)」の演奏場面にシーン転換し、そこに主人公戸山香澄の「わたし、小さい頃、<星の鼓動>を聞いたことがあって、キラキラドキドキって、そういうのを見付けたいです。キラキラドキドキしたいです」という独話から始まっている。

 第一話「出会っちゃった!」の視聴を終えればすぐに明らかになるのだが、このシーケンスとモノローグの中に、第一話のエピソード、あるいは、こう言ってよければ、アニメ『バンドリ!』のエッセンスが詰まっている。

 実は、件の香澄のモノローグは、入学式後のホームルームでの自己紹介の際に、香澄がクラスメイトの前で述べたものなのだ。

 中高一貫校「私立花咲川女子学園」の高等部に編入した香澄は、新天地である高校で、自分をキラキラドキドキさせてくれる何かを探し、様々な部活の見学を行っているのだが、なかなかコレといった物に出会えない。

 香澄の言う「キラキラドキドキ」とは、幼い頃、妹と一緒に行ったキャンプにて、満天の夜空を見上げた際に聞いた「星の鼓動」からインスパイアされたものなのだが、香澄自身、それが具体的に何なのか分かっていない。

 入学から数日経ったある日、放課後に、東京メトロの早稲田駅周辺で、無聊を慰めるかのように、カラオケなどをしてクラスメイト達と遊んだ後で、香澄は、そのまま帰途にはつかず、一度、学校方面に戻り、その近くにある「地蔵通り商店街」を訪れる。まさにここに、高校で最初に友達になった山吹沙綾の両親が営むパン屋、「山吹ベーカリー」が位置しているのだ。

 その沙綾に、香澄は、未だに自分をキラキラドキドキさせてくれる何かが見付からないという悩みを打ち明けたようなのだが、そんな香澄を、沙綾は「焦んなくていいんじゃない」と慰めている。

 沙綾の優しい言葉のお陰で、少しは元気を取り戻したものの、山吹ベーカリーを後にした香澄は、外苑東通りと新目白通りが交差している首都高の早稲田出口の辺りに差し掛かる。新目白通りを左折すれば、香澄が通学に使っている都電荒川線の早稲田駅にたどりつくはずなのだが、そうはせず、香澄は、新目白通りを右折するのだ。

 そこで場面は転換し、ここで認められるのは、もの思いに沈んだ表情を漂わせている香澄が、夕陽に染まる神田川の川縁の道を歩いている様子である。

 早稲田駅から江戸川橋周辺の舞台探訪の際に、アニメの背景と見比べながら、神田川の旧江戸川付近を何度も往復してみた隠井に分かった事は、新目白通りを右折した香澄が歩いていたのは、江戸川橋付近の神田川の右岸で、香澄は神田川を右手に見ながら、早稲田方面に歩いていたという事だ。

 ということは、香澄は、この日の放課後に、<江戸川橋>付近の学校を出た後で、東京メトロの<早稲田駅>の辺りまで行き、その後、学校方面に戻って、<地蔵通り商店街>に立ち寄った後で、いったん帰途につき、<都電荒川線の早稲田駅>方面に向かうものの、<首都高の早稲田口>の辺りで引き返して、<江戸川橋駅>方面に向かった後で、香澄は、<江戸川橋交差点>を横断し、川を横断する前に、角に警察の派出所が位置している所から川縁の道に入り、神田川の右岸を通って、早稲田方面に向かっているという事になろう。

 これが、この日の香澄の移動経路なのだが、メトロの江戸川橋駅とメトロの早稲田駅の間は徒歩で約二十分、都電の早稲田駅との間は徒歩で約十五分、一駅とは言えども、まあまあの距離で、明らかに、香澄は家路につこうとはせず、回り道をしているのだ。こうした香澄の迂回は、なかなかキラキラドキドキを見付けられない彼女の迷いを表わしているように思われる。

 神田川の右岸で歩を進めていた香澄は、川に面した「Y字路」に差し掛かる。

 そのY字路は、<肥前細川庭園>付近の実在の分岐路で、神田川の左岸に位置し、左の遊歩道と右の車道に分かれている。

 都電荒川線の早稲田駅が神田川の右岸方面に位置している、という事実を考慮に入れると、アニメの中で左岸のY字路付近に香澄が佇んでいるという事は、香澄は、神田川に架かっている橋の何れかを渡って、右岸から左岸に移動しているわけで、つまるところ、香澄は家路にはつこうとせず、またしても寄り道しているのだ。

 さらに、現実を参照した際に、実に興味深かったのは、このY字路の辺りが、ちょうど文京区、新宿区、そして豊島区という三つの区の境界になっている点で、三つもの要素が混ざり合ったこの分岐路は、物語論的に考えると、物語内容の分かれ道を表わす起点となる象徴的な空間になっているように思われるのだ。

 もしも、左側の遊歩道を選んでいたとしたら、おそらく、香澄は<豊橋>を渡り、そのまま、早稲田駅から都電荒川線に乗って、家に帰っていったはずだ。

 しかし、香澄が選んだのは、右の車道の方であった。

 その香澄の選択の切っ掛けになったのは、車道の横断歩道の端にある電柱の足下に、端が折れた、黄色の星型のシールが落ちているのを見付けた事で、それを拾い上げた香澄は、さらに、ガードレールや電柱、そして掲示板の縁にも星のシールが貼られている事を発見し、かくして、香澄は<星>を探し始め、細川庭園脇の<幽霊坂>を通って、目白台方面に向かうのだ。

 そして、星のシールを追っていった香澄がたどり着いたのが、「流星堂」という名の質屋で、店の中庭へと続く細道、その両脇のブロック塀の一面には、まるで満天の星空のような、数多くの星々のシールが貼られていた。香澄は、星々に導かれたかのように、そのまま敷地に入ってしまい、そこに一軒の蔵を見付ける。その蔵の中で、香澄は、黒いギターケースを発見するのだ。ギターケースには大きな赤色の星のシールが二つ貼られているのだが、ギターケースを開けると、その中に入っていたのが、星を形どった変形の「ランダムスター」という名の赤いギターで、そのギターの表面にも、幾つかの黄色い星のシールが貼られている。

 これが、星に導かれた香澄の第一の出会い、「星のギター」との出会いであった。

 この時、香澄は、質屋、流星堂の孫娘、市ヶ谷有咲と知り合う。

 有咲とは、後日、一緒にバンドを始める事になるのだが、これが、星に導かれた香澄のもう一つの出会いである。

 香澄と有咲の二人は、星のギターを弾くための場所を求めて、ライヴハウス「SPACE」に赴くのだ。「SPACE」はガールズバンドの聖地で、二人は、ここにおいて初めてライヴを体験することになるのだ。これが、アニメの始まりの二つ目のシーンであり、ここにおいて、冒頭部と物語内容が繋がる。

 そして、グリグリの生演奏に感動を覚えた香澄は、ついに、自分にとってのキラキラドキドキ、すなわち<星>と出会ったのである。しかも、グリグリが演奏した「Don't be afraid!」の歌詞自体が、夢との出会いをテーマとしている。

 とまれ、これこそが、星に導かれた香澄の第三の出会い、バンドとの出会いであった。

 小さな星々が香澄を、市ヶ谷有咲の家である「流星堂」まで導き、そこで香澄は、星のギターである「ランダムスター」を発見し、その星のギターが二人を、夢の空間である「SPACE」という宇宙にまで導いたのだ。この星と宇宙が、アニメ冒頭部のシーンや、「星の鼓動」を感じた香澄の幼児体験のエピソードと響き合っているのは、もはや明らかであろう。

 そして、ここにさらに、アニメ第一期のオープニング・テーマソングである「ときめきエクスペリエンス!」の出だしにも着目したい。このシーケンスは、満天の夜空を見上げる香澄の描写から始まり、空を流れ星が横切ってゆくのだ。

 つまり、アニメ第一話の冒頭部、第一期のオープニングの始まりは、共に、<星>というガールズバンド、その星々が瞬く<宇宙>、すなわち、ガールズバンドが集う「SPACE」を表わしており、これらのシーンは、『バンドリ!』第一期における、主人公たちのバンド「Poppin'Party(ポピパ)」の結成と、「SPACE」での演奏を目指すポピパという物語内容を集約しているようにさえ思われる。

 この全てのきっかけ、香澄をキラキラドキドキさせてくれる、バンドという星の発見の分かれ道となったのが、先ほどみた、<肥後細川庭園前のY字路>なのだ。

 仮に、である。

 香澄が左の遊歩道を選んでいたとしたら、そのまま家に戻って、おそらくはバンドを始めていない。車道を選んだからこそ、星のシールを見付け、星々に導かれるように、香澄はバンドに出会ったのだ。

 ここでさらに、香澄が分岐路にたどり着いたのが、夕闇迫るY字路だったという時間にも着目したい。

 もちろん、放課後だから夕方なのは当たり前という当然論は置いておくとして、香澄が星のシールを見付けたのが夕暮れという点にこそ着目したい。その星が単なるシールである、という物質論も、ひとまず括弧においておくとして、その象徴的な意味において、太陽が燦々に照っている青空の下、すなわち昼間では、「星」は見えないのだ。だから、夢の象徴としての「星」を見出すためには、「星」が可視化し始める時間帯、すなわち、夕方でなければならなかったのであろう。

 それより何より着目したいのは、黄昏時という時間帯が内包しているその性質で、黄昏時とは、昼と夜が混交する境界的な時間なのである。 

 つまり、だ。

 Y字路という空間的な分岐路が、物語内容の転換、言い換えれば、作中人物の行動の選択肢、その運命の分岐点であるように、時が移り変わり、昼から夜への転換点である黄昏時は、事態の変化し易さを内包している象徴的な時なのである。

 こう言ってよければ、時間と空間の混交性が重ね掛けされている<黄昏時のY字路>とは、『バンドリ!』第一話における香澄の「バンド」との出会いという運命の分水嶺を描くためには、まさに最適な<時空間>だったのではなかろうか。

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