第15話 <花咲>という出会いの物語、キズナストーリー:『バンドリ!』2

 アニメ『BanG Dream!(バンドリ!)』の第一期・第一話は、主人公戸山香澄の<私立花咲川女子学園>の入学の日から物語が始まっている。やがて、香澄は、高校の友人達と共に、バンド「Poppin'Party(ポピパ)」を組むことになるのだが、第一期の第一話から第八話までは、紆余曲折を経ながら、メンバーがキズナを深めてゆき、ポピパを結成するまでが物語のメインストーリーになっている。

 学校に到着した香澄は、クラス分けの掲示板の前で、後にドラムとしてバンドに加入することになる山吹沙綾と出会い、たしかに、沙綾が言っているように、香澄の「友達認定は早い」のだが、二人は早くも友人になる。

 ちなみに、戸山香澄と山吹沙綾が通う中高一貫校は、新宿区・山吹町に設定されている。

 高等部から編入した理由を沙綾に問われた香澄は、制服が気に入っていることを理由の一つとして述べている。この女子校の冬服は<山吹色>で、こうした制服の色もまた、物語と山吹町との関連を示唆していよう。そもそも山吹沙綾の苗字それ自体が、実在するこの町名に由来していることも併せて指摘しておきたい。

 この掲示板の場面には、後にベースとしてバンドに加わる牛込りみの姿も認められる。りみが実際に、香澄の音楽仲間になるのは第三話においてなのだが、ここで着目したいのは、アニメ第一期のテーマソング、ポピパが演奏する「ときめきエクスペリエンス!」である。

 この曲は、第一話では物語パートが終わった後で、エンディングとして流れるのだが、第二話以降では、オープニングテーマになっている。

 そのオープニングの映像では、神田川河畔のカットが何度か出てきているのだが、その中でも特に照明を当てたいのは、ポピパのメンバーの紹介を兼ねたカットの一つにおいて、満開の桜を背景に、ベースを肩に担いだ牛込りみが橋を渡っている場面である。

 神田川の中流域、早稲田から江戸川橋の付近は、かつて江戸川と呼ばれ、実際、今なお幾つもの橋が架かっている。

 実は、りみが渡るこの橋を「駒塚橋」だと隠井は当初思い込んでいた。というのも、アニメには、やがてキーボードとしてメンバーになる市ヶ谷有咲が、自宅と学校の往復に頻繁に利用している坂が出てくるのだが、これは「胸突坂」という旧江戸川の左岸に位置している坂で、その坂に隣接している実在の橋が「駒塚橋」だからである。しかも、その駒塚橋から見える桜こそが、神田川の早稲田界隈の中でも特に桜の名所として有名なのだ。

 しかし、実際に、タブレットでアニメを観ながら駒塚橋に行った際に、隠井はちょっとした違和感を覚えた。

 なんか違う……。

 そこで、神田川の上流に向かって、遊歩道をもう少し先まで歩いてみることにした。

 駒塚橋の次は「豊橋」である。

 緑という欄干の色、両岸から川の方に向かってしだれている桜の樹々の川への突き出し方などが、アニメのオープニングの中でりみが橋を渡っている背景、つまり、視界全体を覆うような満開の桜の情景とぴたり重なったのだ。

 タブレットの映像と、実際に肉眼で視認した情景を比べてみた結果、りみが渡っていたのは、駒塚橋ではなく、豊橋であることが分かった。

 まさにこれこそが、舞台探訪における発見の喜びに相違ない。

 この豊橋は、都電荒川線の早稲田駅を降りてすぐ、駅を背に新目白通りを左折し、直進した所すぐに位置している小さな橋である。

 アニメの中で、香澄やりみと同じ制服を着た沢山の女子校生が、都電の早稲田駅付近にたむろし、この路面電車を利用していることを考慮に入れると、都電荒川線を早稲田で下車した牛込りみが、神田川方面に向かって進み、豊橋を渡ったことには、空間的なリアリティーという観点から説得力があるように思われる。ちなみに、この橋は学校とは逆方向に位置しているため、おそらく、都電を降りた牛込りみは市ヶ谷有咲の家に向かっているのであろう。

 ここで、もう一度、オープニングの映像を観ながら、ポピパのメンバーのフルネームとイメージカラーを確認してみよう。ギター&ボーカルの戸山香澄はレッド、ギターの花園たえはブルー、ベースの牛込りみはピンク、ドラムの山吹沙綾はイエロー、そしてキーボードの市ヶ谷有咲はパープルになっている。

 今回のエッセイでは既に、山吹沙綾が山吹町と関連していることや、女子校の制服の色が山吹色であることについて指摘した。ここにさらに、山吹の花の色が黄色であることや、山吹沙綾のイメージカラーがイエローであることを考慮に入れると、山吹沙綾と山吹の関連はさらに深いものであるように思われる。

 同様のことが、牛込りみと桜の花の間にも認められる。

 つまり、牛込りみのキャラクターとしてのイメージカラーがピンクであり、それはりみが使っているベースの色にも反映されているのだが、さらに、牛込りみは、オープニング映像の中の薄ピンク色の桜の花ともまた関連付けられているのである。


 ここで改めて指摘しておきたいのが、ポピパのメンバー全員が通っている学校が、<私立花咲川女子学園>という事である。もちろん、この女子校は実在しない架空の学校だ。

 このエッセイ『虚構の中の都市空間』の第十四話「ポピパの地名姓のルーツ:『バンドリ!』1」の中でも既に言及したように、都電荒川線の「早稲田駅」や、東京メトロ江戸川橋駅近くの「地蔵通り商店街」という実在の空間がアニメの中に出てきている事実から、この<花咲川>の「川」は、「神田川」、あるいは、神田川中流域の昔の名称である「江戸川」を指している事は容易に推測できよう。

 そしてさらに、それより何より着目したいのは、<花咲>という学校の名称それ自体である。

 神田川中流の早稲田地区の<花>という点から言うと、その河畔の面影橋の付近には、実際に山吹の木が植えられている。山吹が植えられている理由は、このエッセイの第九話「面影橋にまつわる二つの伝説」の中でも取り上げたように、面影橋付近が、太田道灌にまつまる<山吹の里>の伝説の地だからで、その逸話と関連付け、山吹が植木されているのだ。このことを考慮に入れると、<花咲>の花とは山吹の花を意味しているとも考えられよう。

 そしてさらに指摘しておきたいのは、神田川の中でも早稲田界隈が都内の桜の名所の一つになっている点である。

 古来、日本において花といえば桜、つまり、花咲川とは、桜咲く江戸川のことを意味していよう。

 桜が花開いてから散るまでの期間は短い。その盛りは、東京では、三月の末から四月の前半のわずか数週間である。だからこそ、様々な物語の中で、桜は、三月は別れ、四月は出会いの記号になっているのだろう。

 事実、『バンドリ!』の中でも、その第一期の第一話は、主人公戸山香澄の花咲川女子学園への入学の日から物語は始動し、その背景として満開の桜が描かれており、そのように、桜の季節は、物語内の登場人物の出会いだけではなく、物語の外側にいるはずのアニメの視聴者との出会いを示すものにもなっているのである。

 ここで、もう一度、ポピパのメンバーの名前を思い出してみると、このエッセイの第十四話の中で言及したように、メンバー全員の苗字と新宿区の町名は関連付けられるのだが、さらによくメンバーの氏名を見てみると、戸山香澄の「香」、花園たえの「花」、山吹沙綾の「山吹」、市ヶ谷有咲の「咲」といったように、メンバーの姓名には、花と関連する語が入っているのだ。

 だが残念ながら、牛込りみの名には花との関連語がなく、メンバーの中でも例外になっているのだが、その代わりと言っては言い過ぎかもしれないが、オープニングの映像の中では、花咲く神田川を背景にしているという特権を与えられているのは牛込りみ唯一人なのである。

 思うに、<花咲>の名を冠する女子校は、学校の名称それ自体が<出会い>を示唆するような物語空間になっており、この学校を舞台とした『バントリ!』は、名に花との関連語が含まれていたり、山吹や桜の花と関連付けられた登場人物達が出会い、そしてバンドとして関係を深めてゆく、<キヅナストーリー>になっているのではなかろうか。

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