第24話 御台場、6時6分6秒:『デジモン』2

 『デジモンアドベンチャー』(以下『デジモン』と略記)の第三十七話の最後で、「選ばれし子供」達はヴァンデモンを倒す事に成功する。しかし、第三十八話において、ヴァンデモンを倒しても、彼が生み出したお台場一帯の濃霧は晴れず、お台場の外に出る事もできない。また、ヴァンデモンに深い眠りにつかされ、「ビックサイト」に寝かされている人達も目覚める気配はない。それどころか、人々は、ヴァンデモンに操られたかのように、「ヴァンデモンさま」と唱え続けている。

 この第三十八話の中で、デジモンワールドにいるゲンナイから泉光子郎のPCに届いたメールによって、古代遺跡で見つかった「予言の詩」の内容が知らされ、この中に、「時が獣の数字を刻んだ時」という言及が認められる。その「獣の数字」とは、『旧約聖書』の『ヨハネの黙示録』に出てくる数字<六六六>である事が、石田ヤマトの父親によって教えられる。以下は、『ヨハネの黙示録』の該当個所からの抜粋である。


「賢い人は、獣の数字にどのような意味があるか考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である」(『ヨハネの黙示録』十三章十八節)


 ヤマトの父親からの指摘によって、八神太一は、それが「六時六分六秒」であると発想する。しかし、この事に気付いたのは午後六時頃、その時、ビックサイトにいた太一は、大急ぎ、ヴァンデモンを倒したフジテレビに向かおうとするのだが、結局は間に合わず、ヴァンデモンは、究極体の「ヴェノムヴァンデモン」として復活を遂げてしまうのだ。

 ヴェノムヴァンデモンを完全に倒さない限り、お台場を覆う霧も晴れないし、ヴァンデモンに操られたままの人々も元には戻らない。

 それゆえに、第三十九話において、「選ばれし子供」達はヴェノムヴァンデモンに立ち向かってゆくのだ。そして、太一達と彼等のパートナーデジモンは、デジモンワールドから現実世界の日本に侵攻し、現実世界さえも支配しようとしていたヴァンデモンの野望を打ち砕く事に成功する。かくして、眠らされていた人々は元に戻り、お台場への出入りも自由になり、霧も晴れる。だが、晴れた空にあったのは――

 さかさまになった見知らぬ大陸であった。太一達は、その揺らめく空に浮かぶ大陸がデジモンワールドである事に気付く。そして、さかさまの大陸から現実世界にデジモンが出現し、現実世界に侵攻してゆく。それゆえに、太一達「選ばれし子供」達は、デジモンワールドの歪みを正し、現実世界を救うべく、お台場からデジタルワールドへ再び赴く決意をするのだ。

 太一達全員が、デジヴァイスを合わせると、上空のデジモンワールドへと繋がる虹色の光の円柱が立ち昇り、「子供達」は、その光の円柱の中、上空へと昇ってゆくのだ。

 こういった点から、「キャンプ場」や、本作品の第二十三話「八月一日の<光>が丘:『デジモンアドベンチャー』(1)」の中で取り上げた「光が丘」と同じように、「お台場」は、ただ単に『デジモン』日本篇の物語の舞台の中心としてだけではなく、デジモンワールドと現実世界を繋ぐ<結節点>の一つになっているようにも思われるのだ。


 隠井は、『デジモン』東京篇において重要な日時である、八月三日六時六分六秒という「獣の数字」の時刻にこだわって、この日のこの時刻に<お台場>に足を運んでいた。

 だが、八月三日以前には既に、『デジモン』において「お台場」は物語の舞台背景になっているのだ。それは、太一達がイッカクモンの背に乗って東京湾をレインボーブリッジ方面に進行しているシーンからで、物語内日時で言うと、八月一日の夕方、話数で言えば、第三十話の最後の方のシーケンス以降である。

 一方、「八人目」が東京湾・芝浦付近にいると推測したヴァンデモン軍団もまた、お台場に拠点を置く事になり(第三十二話)、かくして、『デジモン』日本篇の舞台は「お台場」へと移り変わってゆくのだ。

 そして、第三十四話において、ヴァンデモンは、自分の配下であったテイルモンが、「八人目」のパートナーデジモンであることを知る。だが、「八人目」が誰か判然としないため、策に打って出るのだ。

 八月二日の夜、フジテレビの屋上に立つヴァンデモンは、術を駆使して、フジテレビを中心に濃霧の結界を拡げてゆく。二十一時頃から濃い霧が発生し始め、濃霧注意報さえ出ている。濃霧は徐々に拡がってゆく。二十二時半にはゆりかもめが不通になり、翌日、三日の朝には、お台場地区だけがすっぽりと濃霧に覆われ、その霧の結界によって、お台場は完全に隔離され、物理的な移動も、あらゆる通信手段の利用も不可能になってしまっているのだ。

 そうして、お台場を封鎖した上で、ヴァンデモンは、ビックサイトにお台場の住民を集め、「八人目」を捕まえるために、テイルモンに首実検をさせるのだ。


 このように第三十話から第三十九話までを仔細に観てゆくと、『デジモン』<お台場>篇には、お台場のメルクマールになっているレインボーブリッジ、お台場の高層マンションや公園、フジテレビ社屋、アクアシティ、観覧車、そしてビックサイトなど、実在する<お台場地区>の空間が多々出てきているのだ。

 何故に、お台場か、この点が実に気になる。

 実際問題、<光が丘>が、制作の東映アニメーションの大泉スタジオの近くにあったのと同じように、<お台場>が、アニメを放映しているフジテレビ新社屋が位置している地区で、ロケハンの容易さというのも、ここが舞台になっている理由の一つであろう。

 しかし、ここで考えたいのは、お台場という空間が帯びているその性質で、そのために着目したいのが第三十二話における以下の場面である。

 馬車に乗ったヴァンデモンは、東京湾に到着する。そのヴァンデモンの東京湾・お台場の到着と同時に、お台場周辺を、夏には珍しい発生源不明の謎の濃い霧が覆い始めるのだ。この霧は、苦手な太陽の光を遮断するために、ヴァンデモンが生じさせたものなのだが、ヴァンデモンは、東京湾・お台場方面のレインボーブリッジ近くに浮かんでいる島を本拠地にし、その島もヴァンデモンの濃霧によって覆われてゆく。現実を参照すると、このレインボーブリッジ近くの島は、実在する島だという事が分かる。

 それでは、この島はいったい何なのか、歴史を参照したい。


 一八五三年、アメリカから来航し、開国を要求するペリー艦隊、いわゆる<黒船>に対抗するために、江戸幕府は、湾の一部を埋め立てて、品川沖に一定間隔の海上砲台を急造させた。この砲台の事を<台場>という。これらは<品川砲台(台場)>と名付けられたのだが、ここは、幕府に敬意を払って、<御台場>と称されるようになったという。これが、今の「お台場」という地名の由来である。

 翌一八五四年に、ペリーが二度目の来航をするまでの八カ月の間に、第一台場から第三台場が作られ、この「台場」の存在のおかげで、ペリー艦隊は品川湾から撤退し、黒船は、横浜から上陸する事になった次第なのだ。

 当初の計画では、十一基、ないしは十二基の台場を建築する予定だったのだが、最終的に完成したのは、<八つ>の台場であった。

 歴史の流れの中で、埋め立てなどによって、台場は次々と消滅してゆき、現在残っているのは、台場公園となっている<第三台場>と、海上に浮かぶ無人島となっている<第六台場>の二つのみである。


 さらに『デジモン』を細かく観てゆくと、幾つかのシーンから、ヴァンデモンが本拠地としたのは、旧第三台場の方である事が分かる。

 いずれにせよ、<お台場>という地区は、そもそも外敵に対抗する砲台を設置した場という、その名と歴史から、<外敵に対抗するための空間>という性質を帯びているのだ。

 これを、ヴァンデモンの観点から見た場合、旧第三台場を本拠地としたヴァンデモンは、フジテレビを結界の中心にして、濃霧の結界でお台場を覆ってゆく。あたかも、江戸幕府が、台場によって、ペリーの黒船の品川湾侵入を阻んだように、物理的にも通信的にもお台場を隔離し、ありとあらゆる外部からの侵入を妨げるのだ。

 これを今度は、「選ばれし子供」達の観点から見ると、かつて御台場には<八つ>の台場があって、これをもってして、黒船のような外国からの敵の侵入を防ごうとした。ここで、現実世界を江戸幕府に見立てると、外敵とは、デジモンワールドから侵攻してきた闇のデジモン、ヴァンデモンの軍勢で、これを迎え撃つのが「選ばれし子供」達なのだ。そして、ここで思い起こしたいのは、選ばれし子供達は全部で「八人」、最終的に完成した台場の数も<八つ>という事は実に興味深い暗合であろう。

 この数の符号が偶然なのか、はたして、制作者側の意図なのかどうかは分からない。

 しかし、このように、物語に何らかの意義を見出しながら、アニメの内容を読み解いてゆくのは、実に楽しい。


<参考資料>

『ヨハネの黙示録』 小河陽訳,講談社学術文庫 [2496],東京;講談社,二〇一八年.

<アニメ>

『デジタルモンスター』,東映アニメ―メーション,一九九九年三月~二〇〇〇年,第三十話~第三十九話.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る