第4話


「⋯⋯で? それの何が楽しいのかしら?」


 辛辣な綾宮の言葉が、家族連れで溢れかえるファミレスの雰囲気を凍らせる。

 木原の持っているコーヒーカップが震えを隠しきれない。


「え、いや、だからお菓子を食べて研究することで達成感が⋯⋯」


「だからそれは何が楽しいのって言ってるの。話聞いてんの?」


 たしかに、何が楽しいんだろうと一瞬だけ思ってしまったユウスケは何も言い返す事が無くなり、黙り込んだ。

 綾宮は貧乏揺すりをしながら注文ブザーのボタンを高速で連打している。間違いなく、イライラしている。



「まぁまぁ。とりあえず先程紹介したとおりなので、これ以上の質問はなしということで」


「私、この部活やっぱり入るの辞めようかしら」


 綾宮がやめるのだけは勘弁と思うも、この状況で言い返すのは流石にやばいと思ったユウスケはまた黙り込んだ。

 そんな状況で店員さんが厨房から現れた。


「ご注文はなにに致しましょう?」


「ブラックコーヒー、ブラックコーヒー、ブラックコーヒー、ブラックコーヒー、ブラックコーヒーでお願い」


「⋯⋯かっ、かしこまりましたぁ」


 流石の店員もブラックコーヒー連呼で焦りを隠せない。

 店員の持っているペンが震えているのが一目瞭然。これだけ綾宮の威圧が凄いのだろう。ブラックコーヒーを何回も連呼するあたり綾宮のイライラが頂点に達しそうだと推測できる。

 店員は急いで厨房に戻り、急いで作り始めていたのが見えた。



「⋯⋯そういえば、まだそちらの彼女の名前を聞いていなかったわね」


 先程まで綾宮に向いていた視線が今度は前嶋に集まった。

 前嶋は驚いた様子で口を開いた。


「⋯⋯そうですね。私は前嶋 未来。よろしくお願いします」


 木原はなにかに気づいた。

 いつもよりどこか愛想がないような気がしたのだ。


「⋯⋯へぇ。そう。よろしく」


 そう返事をすると同時に綾宮は前嶋に手を伸ばし、握手を求めたが、前嶋はスマホを弄りながら溜め息を一つついた。


「貴方は態度が悪い。のこのこと部活に入ってきて礼儀の一つも知らない。そんな人と握手を交わす義理もない」


 その言葉を聞いた綾宮は伸ばしていた手をテーブルに叩きつけた。他三人の緊張感がさらに高まる一方である。


「随分と頭が高いのね、年下のくせに」


 綾宮は伸ばしていた手を元に戻してふんぞり返って外の方を向いた。


「ちょっと、歓迎会なんだからもっと楽しもうよ!」


 ユウスケはどうにかこの状況を打破しようと勇気を持って二人を止めようとするもそれは逆効果だった。



「⋯⋯ねぇ、前嶋さん。みなさんに水でも持ってきてあげましょう。二人で」


 そう言うと前嶋は再び溜め息をつきながら綾宮と共にドリンクバーの方に向かった。




 今まで経験したことの無いような緊張感から解放された三人は肩を落とした。


「んっ、はぁぁぁ。マジで意味がわからん」


 木原は腕で目を覆いながらだるそうに言った。


「まぁ、綾宮が怒る理由は分かるけど、どう考えても前嶋が一番ヤバイ」


「それだわ」


 綾宮の怒りも頂点となっているのも分かったが、普段あんなに怒ることのない前嶋も何故か別人のようで、当たりが強かった。


「二人だけで行かせて良かったの?」


 鷺ノ宮はお手拭きで汗を拭きながら二人に問いかけるも、二人からの返事は首を振るだけである。


「あの様子じゃ、見守るしかねぇよ」


 ユウスケの言葉に二人は頷くしかなかった。どうする事も出来る状況ではない。

 厨房からやってきた五つのブラックコーヒー。その苦く、なぜか重苦しい香りはまるで二人の間柄のようであった。










「どういうこと? あなた。調子に乗るんじゃないわよ」


 綾宮は前嶋をトイレに連れ込み、腕を組みながら前嶋にきつく言った。

 しかし、前嶋は怯える様子を見せず、スマホを弄っている。


 すると、綾宮が前嶋のスマホを右手ではたいた。



「⋯⋯!!」


 前嶋のスマホは地面に叩きつけられて、ヒビの入ったような音と共に滑って壁に当たって止まった。



「いい加減にしなさいよ? あんた。スマホばっかり弄って、それが先輩の話を聞く態度?」


 眉間に皺を寄せ、前嶋のスマホを右足で蹴り、両手で前嶋を壁に叩きつけた。



「あんた、私の事知ってるわよね?」


「知りませんが」


 前嶋は綾宮を睨みつける。

 二人の間にはおぞましい程の空気が漂う。両者の睨み合いは終わらない。




「知らないなんて、よく嘘をついたものよね」


「⋯⋯知りません」


 その一言で、綾宮のスイッチが入った。

 綾宮は前嶋の髪を思いっきり引っ張り、前嶋に顔を近づけた。


「は? 知らない? あんたは私の人生を壊した最っ低の女」


「⋯⋯」


 綾宮はそのまま前嶋を地面に叩きつけた。

 最低、最低と、綾宮は何回も何回も前嶋に言った、言った。

 涙も出ないほどの、悲痛な叫びはファミレスのトイレに響き渡る。

 しかし、前嶋は一向に口を開く様子もなく、ずっと綾宮の顔を見るばかりである。


「私より可愛くないくせに、この私に楯突いてんじゃないわよ」







 ────前嶋が、笑った。



「⋯⋯ふふふふ。⋯⋯あは、あはははははは!!!!」


 大きな口を開けて、嗤った、そして嗤った。





「⋯⋯あーあ。嘘つきの顔だ」


「何よ⋯⋯」


 これまでしたことの無いくらいの不敵な笑みで綾宮と目を合わせる。

 そんな前嶋の豹変に、綾宮は少し引き気味で、息を呑んだ。



「ねぇ、教えてあげよっか? あの時のこと」


 前嶋はそう言うと綾宮の両手を掴み、綾宮から離れた。

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