第2話 彼女と僕

 まぁあんまり信じてもらえないんだけど、僕は日本人だ。と思う。思いたい。


 だって僕はここ、岩手県は盛岡市で生まれたし、外国に行ったこともないし、英語もしゃべれない。いや、高校は出たからね、そこまではきっちり学んだけど。いや、だからってしゃべれる? しゃべれないでしょ? だけど僕の両親がアレだから。


 父親はしっかりアメリカ人。母親はというと、その祖母(つまり僕の曾祖母)がイギリス人のクォーターだ。だから、というのか、僕は髪の色も黒くないし、目も青い。青い目は劣性遺伝だって聞いた気がするのに。

 お母さんの旧姓は『大森』という。だから、僕としては日本人らしく『大森然太郎ぜんたろう』でも良かったんだけど、お父さんの両親の大反対に合い、僕らの名字は『スミス』に統一された。お母さんはたまに昔の友人から『大森ちゃん』なんて呼ばれてたりするけど、僕は産まれた時からずっと『スミス君』である。


 僕は両親とは少し離れたところに住んでいて、一人で手芸店を開いている。『スミスミシン』という名前で、ミシンの修理も行っている。店名をつけるに辺り、この『スミス』という姓はなかなか使えると思った。お母さんの旧姓から『大森手芸店』とつけるよりはよっぽどインパクトがあると思ったからだ。お客さん達も「ミスミスミシンさん」とか「スミスミスンさん」とかちょっと混乱してたりして、それもなんか嬉しい。してやったりって感じで。


 スミスミシンでは、手芸用品の販売の他、簡単な裁縫教室も開いているし、注文があれば入学用品などをお好みの布で作ったりもする。田舎だからお客さんが多いわけでもないので、例えば教室の最中にお客さんが来てもそんなに慌てることはない。どっちかに待ってもらって、どっちかの応対をするだけだ。それで怒るような人もいない。


 彼女と出会ったのはいまから3年ほど前、梅雨真っ只中の6月。けれど雨は降っていなくて、湿度だけがひたすら高く、着ていたシャツが身体に張り付いて不快だった。


 彼女は、店の中をきょろきょろと見回しながら、ボタンを探していると言った。

 

 きれいな青い色の傘と、かなり使い込んでいる様子の革のバッグを腕にかけ、湿気で少し膨らんでいる髪を撫で付けるようにして押さえながら、僕が出したボタンをひとつひとつじっくりと見ていた。


「このワンピースなんですけど」


 沈黙に耐えられなかったのか、彼女がぽつりと話し始めた。その時はお客さんが彼女しかいなかったのだ。というか、実はその日は木曜日で定休日だった。入り口にプレートを下げていたはずなんだけど、まぁ、中に僕がいたから開いていると思ったのだろう。店は作業場でもあるから、休みの日でも僕はたいていここにいる。


「デザインは気に入ってるんですけど、どうしてもボタンだけ気に入らなくて。何が合うと思います?」


 そう言って彼女は顔を上げ、胸を張った。それは襟付きの青いワンピースで、縦に3つ、鼈甲色の小さなボタンが並んでいた。女性の胸元をまじまじと見るのは、と思いつつも、ボタンを見てくれというのだから仕方がない。それとまぁ、これは余談になるけど、彼女の胸は小さかった。


「何かしっくりこないんですよね。色も形も大きさも」

「確かに、ボタンだけやけにレトロ過ぎるというか……。だったらこれはどうでしょう。チェコのガラスボタンなんですけど」


 ガラスケースに飾ってある大きめのボタンをいくつか取り出す。


「それ、売り物なんですか?」

「僕の趣味で集めてるものではありますけど、立派に売り物です。少々値が張るので売れないんですよ」


 値が張る、という言葉に、彼女は伸ばしていた手をサッと引っ込めた。


「いえいえ、そこまでじゃないんです。ボタンとしては、っていうだけで。この辺はひとつ600円です」

「なぁんだ。でも、この大きさで、って考えたら確かに高いかもですね」

「そうなんですよ。でも、例えばブローチを買う、と考えたら安くないですか?」

「確かに」

「ただ、ボタンはブローチと違って簡単に取り外しが出来ませんけど。そのワンピースだったら、例えば色も大きさもあえてバラバラにしてみたら良いんじゃないかと」

「あぁ、良いかも、それ」


 で、彼女は結局、もう少し高い方(ひとつ800円)のボタンも混ぜて計3つ買っていった。先述の通り、そのガラスボタンはほぼ僕の観賞用だったのでちょっと惜しい気もしたけど。


 彼女が店を出ると、僕は店に置く小物制作にとりかかった。移動ポケットなる着け外しの出来るポケットが小学生のお母さんに人気だ。ティッシュやハンカチをそれに入れるんだとか。ちょっと奮発してレースやリボン、恰好良いアップリケなんかをつけるとよく売れる。


 ミシンを動かしながらふと思い出すのは、さっきの彼女のことだ。コンビニで買うようなビニールのじゃない傘と、きちんと手入れされたバッグを持ち、着ていたワンピースは恐らく古着だろう。それも彼女に近しい人のお下がりと見た。じゃなければ、わざわざボタンを付け替えてまで大事に着ようとはしないだろう。と思う。


 そんなことを勝手に考えて。


 とにかくまぁ、好印象だったのだ。ものを大切に、長く使う人が僕は好きだ。


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