[2019年7月30日火曜日]人生の書斎

テツガク肯定

序章 人生の書斎に迷い込んだ作家


 人は誰もが偉大な作家である。一人一人が他の誰とも違う物語の軌跡を描く。その物語はまるで星座のようだ。これは遠い昔の旅人が残した言葉だ。

 自分もそう思う。

 物語の軌跡に必要な点は無数に増え、やがて頂点に達する。一つの原点から始まった軌道の物語は頂点を超え、また原点に戻る。

 その物語を築く無数の星星(ほしぼし)は、常に存在と同時に存在しない。そう曖昧な存在だ。

 例えば、この僕。僕は野球選手だし、サッカー選手でもある。さらに、映画スターでもあるし、学者でもある。その事実は信じられないでしょう。僕もです。

 実際の僕は書斎の管理人。スポーツ選手でもないし、文化人でもない。だけど、この書斎にはスポーツ選手の僕の物語、文化人の僕の物語。あらゆる僕の物語が本棚に並んでいる。無数の可能性の星星の中から、僕は今、この書斎の管理人という物語を選んだ。

 本棚に眠る僕の人生達は確かに存在しているが、それらは今の僕が選ばなかった人生達。だから今は存在しない。選ばれなかった無限の可能性達は、本棚の中で選ばれる有限の今という瞬間を待っている。

 その瞬間によって創られる物語。それを築く過去や未来の瞬間達という星星は常に曖昧だ。だから、どんな星座も描ける。

 しかし、常に揺るがず変わらずにあり続ける一つの星という点がある。

 それが今、この瞬間という原点。それを軸に、過去や未来へ無数に広がる星星の中から必要な星を選び集める。その選ばれた有限の星の点と原点を繋ぎ、星座という頂点の軌跡を描く。

 その頂点の始まりは小さな一つの星、今という原点。この瞬間だ。これは簡単な事実で当たり前のことだが、意外と見失いやすい。その当たり前を忘れなければ、その事実を手放すことはないのだが……当たり前という詐欺師は、常にあざ笑いながら偽りの幻影を見せる。そう当たり前は、伝説の詐欺師なのだ。


 さて、伝説の詐欺師を紹介したちょうど今、この瞬間、一人の作家がこの書斎に迷い込んでしまったようです。

 作家は無限の可能性と、定めに縛られない無定で自由な思考を持つ。その素晴らしい力で物語を創り、それを有限の時空の中に表現する有定の運命を持つ。

 それは誰もが持っている当たり前。無限の物語を自由に変えながら創る力と、有限の時空の中で物語を描くという変えられない運命。この二つを同時に持つ。不変の自由と変化する運命。

 ここに迷い込んでしまった作家が、これからその二つをどうするのか。とても興味深いが、彼女はまだ眠っているようだ。僕は目覚めるまで、楽しみに待つことした。彼女はこれからどんな星座の軌道という物語を描くのか。

 そして、僕はその場を後にする。目覚めの時まで。



 私は悩んでいる。何か大切なことをしないといけない気がしたが、それが何かわからない。何かをやらないといけない。大切な何かを成し遂げないといけない。それを成し遂げるための何かを探していたような気がしたけど……そのことを考えると何もわからなくなってしまう。

 そのうち、何を悩んでいたのか、わからなくなる。

 悩みの樹海に迷い込んでしまった。私はそこを彷徨い疲れ、少し休むことにしたのを覚えている。

 だけど、その場所が……ここだったのだろうか?

 ここは書斎のようだ。窓や扉はなく、暖色の灯りが部屋を現す。たくさんの本棚があり、その棚は限りなく続いているように見える。きっと、この書斎はとても広い。

 私は、その広い書斎の机で目覚めた。少しこの机で寝ていたらしい。意識をゆっくり起こし、私は本棚の近くへ歩いていく。

 無数にある棚に並ぶ本達の表情を眺める。どれも同じような革表紙を着て綺麗に整列している。そんな本棚達が奥の暗闇まで続いている。

 どこまでそれが続いているのか、この部屋の広さはどれくらいなのか、様々な疑問が私の好奇心を刺激する。

 そんな刺激の中で、今の私に一番刺激を与えるものがある。それは一冊の本。その刺激的な本を手に取る。私の好奇心が導いた本のタイトルは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る