挫刹の書斎

挫刹

ヒット作の謎を追え‼

謎1 出だしって書きにくくない?



小説の出だしを書くときは、いつも悩む。

登場人物の名前を初めて登場させる時は特にそうだ。


「一度それで失敗しましたな。挫刹一さんは」


汗だくの首元を扇子で煽りながらカクヨム警部が言った。


「いやぁ、挫刹一さんは他所の所轄某小説投稿サイトではブイブイ言わせた方だと伺っておりましたが、

どうしてどうして、

全然、大したことのないどこにでもいるワナビちゃんでしたな!」


がっはっはっ!と豪快に笑って、縁側に腰を落ち着けたまま枯山水を見ている。

ここはヒット作の謎を追う迷探偵の挫刹一ざせついちが、

ヒット作の秘訣トリックを解き明かすために引き篭もっている秘密の書斎『挫刹の間』だった。


「……なにか事件でもあったんですか?カクヨム警部」


今日もまた何用かと、

書斎のすみっこの踏み机に向いたまま挫刹一が伺うと、カクヨム警部もニヤリと笑う。


「ええ。そうなのです。

また一人、新たな犠牲者が出てしまったのですよ。挫刹一さん!

場所は、この近所にあるSFという店でした……」

「SF……」

「そうです。

SFという、この所轄あたりではあんまり評判の良くない店の角で倒れておったらしいのです。

被害者は若い女性。

きっと悪い男に騙されておったんでしょうなぁ。

好いた男に唆されたまま自分の体を売って商売をしていたというではありませんか!」


机に向いたまま、挫刹一は黙る……。


「なんでもその被害者……SFという店の中ランキングでもさらに人気がまったく出なかった底辺の女のようで。

店で働き始めた最初こそ指名ホシが三つほども入る別嬪嬢だったらしいんですが、近ごろはめっきり面白い話題も尽きて鳴かず飛ばずに堕ちていったまま、

客からの指名もなかなか付かなかったらしいのですよ。

それでも愛した男の為には貢いで稼がなくてはならないッ!

きっと悩んでいたんでしょうなぁ。

女は自分の愛する男に、自分の長所を訊いたのです。あ、これは残された手帳に書かれておったのですがね?

どうやら記録だけはマメにしておった女のようでして……」


小太りな背を丸めると不承不承と、脇に置いてあった盆から湯気の立つ湯呑を両手に取る。


「……女は男に訊きました。自分のいい所はどこか?と。

すると男はこう答えたのです。都合のいい所だと」

「ばかなっ!」


憤る書斎の挫刹一の様子に、体がカクカク太いカクヨム警部もうんうんと頷く。


「誰でもきっとそう思ったに違いないでしょう。しかしね?挫刹一さん。

その女もバカじゃあなかったのです。

それどころか私生活の様子から見るとかなり賢い倹約家だった!

と、すると男が悪かった。

女と男の間には子供がおりました。

問題はこの子供なんですよ。

なんと、子供には名前がなかったのです。

男が名前を付けるのを面倒クサがったようなのです」

「……なんで、そんな?」


「男は我々の自重聴取にこう答えました。

子供の名前をどのタイミングで世に出せばいいのか分からなかったんだと」

「……ど、どのタイミングで出せばいいか、って……、そんなの親なら子供の名前を出す以前に、自分の子供に先に名前を付けてあげるべきでしょう!」

「でしょうなぁ」


のほほんとお茶をすする。


「男は……女の腹の中で育っていく自分の子供の名前を公にするタイミングが分からなかったと言うのです。

子供の名前をどのタイミングで公表すればいいのか?と本気で心底、悩んでいた。

名前は決めていたんです。名前は決めていたのに。

その名前を周囲に公表するタイミングが分からなかったと!」

「それで……いったいどうなったんですか?」

「ご想像の通りです……。

女は旦那のせいで子供の名前を公にするタイミングを逸したまま仕事を続けました。

仕事柄、女のプライベートは筒抜けになります。

客は女の中で元気に育っていく子供の名前が知りたい!

なのに、肝心の本人が子供の名前を隠してしまう!

ハッキリと言わないのです。

これでは人気が出るわけがないッ!

生活に困窮して女は倒れる。幸い発見は早かったので軽い栄養失調で済みました。

まあ、店の客も災難ですよ。

客は女の腹の中で元気に育っていく子供の名前が知りたいのですから……」


「……そのお店って……、

従業員さくひん子供じんぶつの名前を聞いて客がお金を払うんですか?」


「そのようですよ。

なかなか奇天烈な店だと思うんですが、近ごろはそんな店も流行ってきておるようで。

まったく、いよいよ良く分からない世の中になってきましたなぁ!」


あっはっはっと豪快に笑って、空になった湯呑を盆におく。

そこへトタトタと着物姿の女性がやって来た。


「まあまあ、カクヨム警部。

いらっしゃったのなら声を掛けてくださいな」

「ああ、いえいえ奥さん。

こっちが勝手に裏手からお邪魔したのです。

ですからそんな、おかまいなく!」


手を振るカクヨム警部に、

挫刹一の愛妻の一人であるアンコは、運んできた急須で空の湯呑にお茶を注ぐ。


「でもその女性の方の気持ちもよくわかりますわ」

「ほう?聞かれていましたか」

「ええ。私も、主人が子供の名前をなかなか呼んでくれなくて困っていたんですよ。

おかげで私供の子供もまだ仲の良い友達などが少ないようで……」

「……おまえっ」

「いやいや、よいではありませんか!

子供さんが元気ならばそれで何も問題はありませんとも。

子供さんが元気なら、きっとそのうちに元気なお友達も増えていくことですよ。

謎は全てと解けたッ!とかなんとか口癖にしちゃってねっ。奥さん?」

「まあ……本当にそうであればいいのですけど……」

「……ところで、ご夫婦のお子様の名前はなんと……?」


空気の読めないカクヨム警部が地雷を踏み抜くと、その場の空気が一瞬で凍り付く。


「……あ、あ~、いやいや、これは失言でしたな!

お子さんのお名前は、またおいおい聞かせていただきましょう!

名前は考えたら、勿体ぶらずにさっさと出すッ!これに限る!

最初が特に肝心ですッ!

それでは今回は、ここら辺で失礼させて頂きますっ!」


慌てて立ち上がったカクヨム警部は座っていた場所の埃を正しく払うと

そそくさとその場をあとにした。


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