呪詛

@Eucalyptus

呪詛

旅行に行く母を見送るため、父と私と、祖父と共に雨の中を歩いていた。畦道は地面が悪く、湿気も相俟って鈍足になったような心持ちがする。道向かいの家で、ポストに手紙が入れられず困る様子の郵便屋がいた。

自分たちは急ぎではないので、手紙を預かった。家の前もどうかということで、道端で暫し立ち話を楽しむ。


──どこからか、視線を感じた。監視されているような気になり。持っていた 手紙で 顔を隠した。


暫くすると、あと四半世紀過ぎれば1世紀を生きるような、腰がまがり皺の深い男性が現れた。元は軍人だろうか、日に焼けた肌、厳しい視線。

話しかけにくいが男性に手紙を渡そうと近寄る。こちらに向けた視線は、

──盗ろうとしていたのか?

──中身をみていないだろうな?

というようなマイナスのものであり、私は。何も聞かれていないのに、ぺらぺらと弁解をした。


「お探しなのはこの手紙でしょうか?」


「郵便屋さんが困っていたので、こうして預かっていました。」


男性は、訝しげに私を見、そして私の家族を見回した。


「来い、手間を掛けた分の礼をする」


言葉からはどうにも感謝は感じない。一度断ろうとするも、男性は、つべこべ言わずについてこいというような視線を投げかけてきたため、一応ついていくことにした。


私は祖父と共に、男性に続いて昭和風の引き戸から中へと入った。たたきには無造作に靴が並び、玄関扉には黄色いプラスチックチェーンでネコとウサギモチーフのクロックスが繋がれている。


男性はいつの間にか奥へときえてしまったので、私は祖父と共にクロックスを脱ぐ。


家はあがると、左手の扉から、白髪交じりの女性が現れた。

顔は半分隠され、表情は見えないが日に焼け、隠された部分には火傷痕が見え隠れする。


「靴下も脱ぎなさい」


人様の家に素足で上がるなどあまり考えたくないが、それをご所望であれば仕方がない。


「そこにあるをはいてもいいけれどね」


淡い黄色とサーモンピンクのあれのことか。中にはフットカバーも入っているが、自分の靴下のまま履いてよいのならば魅力だ。しかし、部屋をクロックスで歩くというのにも、やはり違和感を感じるので靴下を履いたままで居たいという気持ちは見て見ぬ振りをして素足で上がることにした。


目の前に続く廊下を数歩進み右手の居間へ入る。正面には最初の男性と同程度にお年を召した老婆と、歳が二桁に届くくらいの女の子がいる。先ほどの女性も後から入ってきた。女性たちの歳頃は三者三様だが、みな髪が白髪交じりで日に焼けた肌をしている。女の子にも、年齢にそぐわない深めの皺がある。


女性と女の子とで、右側の棚のインスタントカレーの中から、私へ3個、祖父へ2個、お礼だと言い渡す。ご丁寧にもそれぞれ種類の違うもので、私なんぞはカレーばかりこんなに……内心では思ってしまった。


さて、礼は受け取ったしどうするか……などととと考えていると、女の子が


「こっちへ来て!料理をするから是非見ていって!」


といい左側にあるダイニングへときえていく。お礼を貰って即退散もいかがかと思い、ついてゆく。

その際、動きの鈍くなってきた祖父をリュックへと入れ、背負う。カレーを貰って以来口数少ないのが気になる。


女の子についてコンロの前まで行く。目の前にあるのはお湯の滾った片手なべと、ボウルで無造作に何種類かの野菜が入っている。


「こうやってね、切るンだよ。まな板は使わないの。」


そういって女の子は包丁を直接ボウルへと差し、一番上にある大根を差し切っていく。

出来上がったそれは、丸く薄切りに、しかし大根の4分の1程度ずつ繋がっており、そして時折斜めに切り込みのある意味不明な切り方だった。


「にんじんも同じ風にするよ」


「キャベツはこう!」


きゃべつは、大きめに、しかし手でちぎるよりも無残に分割されていく。


「そしてこう!」


無造作に湯に落とされたキャベツは、ただゆでられて行き、何になるでもない。

──ここに居続けても意味がない

そう感じ、しかし女の子はすでに次の動作へ移っていた。


「次はこれだよ!」


そういって手にするのは陶器の小さなちいさなおろし器。おちょこほどのサイズしかないそれを使い、

もみじおろしのつもりらしいが、にんじんを摩り下ろし、次に大根も摩り下ろしてゆく。私はタイミングをはかった。おろし終わった瞬間即帰ろうと決めた。摩り終わり、女の子が手をとめたところで、


「ありがとうございました。とても参考になりました。そろそろおいとましますね」


と歳の離れた女の子へ対し慇懃無礼に礼を言う。そして、カレーは忘れずに手に取り、呆然とする女の子をおいてリビングへ向かった。


リビングでも、そろそろおいとましますね、カレーをありがとうございました、というようなことを早口で言い、そのまま廊下へと出る。廊下を早足で進み、自分のクロックスをつっかけつつ、祖父のを片手で拾う。更に玄関戸を開けて出て即閉め、転びそうになりながら走る。


数メートル進んだところで、先ほど引き戸が大きな音を立ててあき、


「まてぇ!にげるな!」


と顔を真っ白にした女の子が追いかけてくる。小麦粉か片栗粉かを顔は擦りつけたのだろうか、白いというのは比喩ではなく物理的に塗りつぶされている。

私は、必死に道を走るが、その道は一本道で回りは田んぼ。振り替えり確認しつつ走る際、運よく後ろの方に居た若者をみつけた。


「その子を捕まえてください!」


と叫び更に逃げる。若者はすぐに走り、女の子の肩をかるく抑えると、女の子は嫌がってそのまま家へ帰っていった。


そのまま走り、家族の下へ合流したが、一言も話さない祖父が気になる。リュックをそっとおろし、中から祖父を出して横たえる。


顔色がひどく悪く土気色で表情が無く、のっぺりとした印象をうける。面長のはずの顔は卵形に近くなり、顔のパーツが下側へ寄り、上から圧力がかかったかのようにそれぞれのパーツも幅広になっていた。

口は動くから生きているのはわかるが何を言っているかは不明だ。


先ほどの家族が嗤う光景が脳裏へ浮かんだ。

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