背中合わせのギター

櫻川由衣

第1話



ここは田舎だ。嫌気がさすほど田舎。新幹線が止まる最寄り駅の周りはビルやショッピングモール、飲食店が並んでいるのに夜10時を過ぎると突然閑散とし出す。


飲み屋の灯りはまだ煌々と至る所にあるのに、店から出てきたスーツのおじさんたちや夜の仕事をしているような着飾った巻き髪のお姉さん、大学生かと思われるうるさい集団も家の人に迎えに来てもらい自家用車に乗って帰ったりタクシーを拾ったり各々の方法で駅から離れていく。巻き髪のお姉さんは自分のお店の中でまた飲んでいるんだろうとは思うけれど、外を歩く人はまばらとなっていく。

わたしはそんな街が嫌だった。もっと都会に行きたい、刺激的な毎日がほしい、そうずっと思っていた。


「麻希ちゃん!」


振り向くと楽器屋のお兄さんが立っていた。


「今日は寄っていかないの?」


「どうして?お店ひまなの?」


「生意気だなあ」


彼は駅前にある楽器屋さんで働いていて、母と一緒にわたしが中学の吹奏楽で使うクラリネットを見に行ったときに接客してくれた。


いつも綺麗な茶髪で、サラサラの前髪はいつも左に流していてとても爽やかなのにゴリゴリのバンドマンで、お店が暇な時は商品であるドラムやベースをかき鳴らして楽しんでいる。


「暇だし寄っていこうかな」


「よっしゃ!新しいベース入ったんだよねー弾きたくてうずうずしちゃってさあ」


「別にわたしがいなくても弾いてるじゃないですか」


話しながら駅前のショッピングモールの3階にある久米楽器に向かうと、相変わらず店内はお客さんがまばらで派手な刺繍が入った黒い革ジャンを着たおじさんが弦コーナーを物色していた。


「ベースのとこで待ってて」


そう言うとお兄さんはレジのテーブルを抜け、その奥にある扉から従業員スペースに入って行った。


ベースコーナーに行く前に管楽器が並んだキラキラしたショーケースや、楽譜コーナー、クラシック曲のデモをそれぞれ小さな音で奏でる電子ピアノたちを抜け、マス目状に区切られたアクリルケースに入れられた色んな種類のピックが置いてあるコーナーを見る。耳にリボンをつけたネコのキャラクターや銀色で描かれた龍、少し前に流行った音楽ゲームのアイコン、ビビットカラーの無地、様々なピックがそれぞれのマスに収まっている中にいつも何個かは違うマスに入れられたものがあってそれを元の場所に戻すのが、この店に来たときの日課になっている。


お兄さんが店の制服であるピーコックグリーンのエプロンと「叶-kanou-」と書かれた名札を下げて戻ってくるのが見えたのでベースコーナーに向かう。


「麻希ちゃん見てみて!」


壁一面にぶら下がったベースの中からお兄さんが嬉しそうに手に取ったベースは深い紫色で、馴染むような黒に近い色で模様がぎっしり描いてある。いかにも若い男の人が好みそうな、ファンキーな柄だった。


お兄さんは意気揚々と店にあるフェンダーのアンプにベースを繋ぎ、電源を入れた。歪みや音量をそれぞれ好みに設定していき思い思いの音を刻む。お兄さんはいつも指弾きだ。わたしはピックのカリカリした感じより指弾きの柔らかく流れるようにお腹に響く音が好きだ。店内BGMよりも大きめのベース音を身体に受け心地よくなりながら壁に張り付けられた楽器たちを見ていると、1枚のポスターが目に入った。


"久米楽器主催 バンドオーディション 出場バンド募集"

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背中合わせのギター 櫻川由衣 @sakura_yui

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