ナイトメア・プレデター ~悪夢を喰うもの、それを狩るもの~

外宮あくと

第1話 始まり

 アレは、見てはいけないものだ。

 絶対に見てはいけないものだったのだ。

 なのに、見た直後でそう悟るなんて、絶望的に皮肉な話だ。


 タケルは、足がもつれて転びそうになりながらも必死に走った。

 ガチガチと歯が鳴っている。背中に冷水を浴びせられたような悪寒が止まらない。それでも懸命に走っていた。

 駅前のアーケード、人通りの多い商店街の中を、一体何事かという冷ややかな視線を振り切ってタケルは走り続ける。人にぶつかろうが、怒鳴られようが、立ち止まるわけにはいかなかった。


 「お前! お前! おまえおまえおまえおまええぇぇぇ!! おま、えぇ!! うわおおぉぉあぁぁぁ!」


 遠く背後で男がまだ叫んでいる。不潔でだらしない格好の中年の男だった。だが、その声がタケルを追ってくる様子はない。

 その事に少しだけ安堵した。しかし、タケルが本当に恐れたのは彼ではないのだが。


 つい先程、人混みの中で男とぶつかってしまった。

 その男はイカれた男だった。眼の焦点が合わず、突然わけの分からないこと叫びだし、一目で頭のネジがぶっ飛んでいると分かった。十分不気味な存在なのだが、タケルが恐れたのはその男の頭上にいた、ナニカの方だ。

 白い靄のようなもの。それが男の上に浮かんでいたのだ。靄の下の方はしっぽのように細くなって、男の首に何重にも巻き付いていた。

 だが、周囲には全く見えていないようだった。多くの人が奇声を上げる男を遠巻きに見ていたが、靄のことを口する者は一人もいない。タケルにははっきりと見えているというのに。


 思わず身震いすると、突然と靄が変化した。

 ブルルと震えてから渦巻き密集したかと思うと、それは小さな人型となったのだ。全身が真っ白な小人のようなモノに。

 ソイツがタケルを、ギロリと見たのだ。


 ドクン!


 タケルの背骨の中を、ギュンと刺すような悪寒が一気に脳天まで突き抜ける。凶々しい血の色をした眼が、タケルを射貫いていた。

 肌も髪も真っ白で目だけが真紅に光るソレが、ニタリと笑ったのだ。


「う、うわあぁぁ」


 呼気とともに情けない声がこぼれた。

 全身を総毛だたせて、タケルは走りだしていた。

 頭の中でガンガンと警報がなっている。逃げるんだ。今すぐ逃げるんだ、と。

 早く。早く。早く!

 理由など分からないが、アレは危険だ捕まってはいけないと本能が告げている。一刻もはやく逃げなければならないと。


 さっきの男は頭がイカれてる。絶対にそうだ。普通じゃなかった。だが、いくらイカれていてもあの男は人間・ ・だ。心を病んでいても人間なのだ。

 だが、アレは……違う。そう思うと、タケルの身体がまたゾクリと震えた。

 あの男の上に浮かんでいたモノ。


――アレは? 一体何だ?


 男以上に異様なモノ。尋常ならざるモノ。この世ならざるモノ。


――あれは、魔だ…………。


 ゴクリと、タケルの喉が鳴った。


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