探索のご依頼はタークランド郊外まで

厨二尉

第1話 ようこそタークランドへ

 ようやく春が訪れ、「花開く」都タークランドの雪は解け始めていた。近隣の都たちより一足早く「冒険者」システムを整備させたこの都には、多くの冒険者たちが集まり、その才能を「開花させる」都として知られていた。しかし、何も冒険者だけがその限りではない。「探索者」ジーク・クロゥもかなり早くから「探索者」を始め、この都では少し有名になっていた。

「ふぁぁ・・・」

タークランド郊外の「落ち陽の森」にある大樹と一体化した家。そこがクロゥの事務所兼家である。元々は老夫婦がカフェとして建てた建物だったが、年齢の問題もあり、丁度事務所を探していたクロゥに格安で売り払ったのだった。

 クロゥはベッドから立ち上がり、いそいそと仕事着に着替える。飛び込みの仕事が多いからだ。ゴーグルを干してある窓際に来ると、向かってくる人影が見えた。ずいぶん朝早いな、なんて思いながら、一つ下の事務所へ降りていき、中からカギを開けて待っていた。少ししてギギギと木のドアがきしみ、開かれる。

「いらっしゃい!今日はどんなお仕事で!?」

なれないスマイルを向けた先には幼馴染のサラ・エリザベートがいた。

「・・・」

「・・・」

沈黙が流れる。

「・・・似合ってない、かも?」

「・・・うるせぇ」

笑顔がぎこちないのは承知の上だったが、それを幼馴染にみられるというのは、予想以上に恥ずかしかった。

「で、今日はどうしたんだよ?」

話題を変えるべくクロゥが尋ねる。

「クロゥのVQ、ずいぶんメンテしてないじゃない。心配だから診に来たの。」

VQヴィークとはVibrated Quartzの略で、クロゥが愛用している大型ブレードのことである。これは、探索者になるとき、サラが作ってくれたものだった。

「あ、あぁそうか。頼む。」

肩から腰に掛けているVQをサラに渡し、礼儀として作り置いていた紅茶も置いておく。

「ありがと。じゃぁいっちょ診てみますかぁ」

「で?」

「で?とは?」

「まさかそれだけの為に来たわけじゃないだろ?クローバー工房(おまえのとこ)からかなり距離もあるし。」

「ばれてたか。」

「まぁな。」

サラの営むクローバー工房から事務所までは馬車を使って30分。しかしこの時間、馬車は料金が高いので、おそらく徒歩できたはずだ。徒歩なら1時間半以上はかかる。ただVQを診るだけならこんな時間でなくともよいはずだ。

「クロゥさ、冒険者にはならないの?」

そういうことか。クロゥは納得した。今日は確か飛び込み可の冒険者試験の開催日で、それに参加させようという魂胆だろう。

「なる気はないよ。俺は『探索者』のままでいいさ。」

「でも最近厳しくなってきてるんでしょ?」

「そうでもない。」

 タークランド中央から離れたエリアは、モンスター達が跋扈しており、何の訓練もしていない素人にはあまりに危険である。そこでタークランドでは「冒険者システム」を定めた。おおざっぱに言えば「公的な認可を受けた、野外活動を行う者」を指す。元々分かれていたあらゆる職を、バランスよくこなすことのできる「冒険者」を制定したわけだ。

「町の人たちだって、みーんな冒険者組合に依頼してるんだよ?」

「いや、それは違うな。」

「どういうこと?」

「実際は俺たちみたいな『旧職者』達に依頼してるやつらの方が多いのさ。」

旧職者とは、冒険者に統合される前に存在していた専門家たちである。

未踏の地を調査、報告する「調査人」。旅人たちや調査人などの為の拠点や道を造る「開拓者」。あらゆる洞窟やダンジョンに潜り、調査や開拓をする「探窟家」。こうした人たちを安全に、目的地に送り届けるための「用心棒」そして、ダンジョンや洞窟などでの「落とし物」「失くし物」「探し物」「探し人」を探しに行くのがクロゥの「探索者」である。しかし、冒険者システムの制定された今、こうした旧職者たちはいわば無免許で活動を行っている、ということになり規制の対象となっている。

「なんでクロゥ達にわざわざ頼むのよ?」

「あいつらに依頼するのにかかる金が高いってのもある。けど、一番の問題は依頼が必ずしも達成されるわけじゃないってことだ。冒険者が依頼を受注しなけりゃそのままだからな。」

「でも探索依頼もたくさんあったよ?」

「日付は見たか?」

「・・・見てないかも。」

「探索は一番優先度が低いんだ。物の捜索は失くしたヤツの自己責任だし、ダンジョンに置いてきた人が数時間も生き残れるかっていうと・・・な。諦められるのさ。そういう不確実なものよりも、『討伐』『調査』『開拓』の方を優先した方が生産的だろ?」

「そうだけどさ・・・」

「依頼してからボードに貼り出されるまで数時間、ひどいときは何日もかかる。・・・大抵手遅れだよ。俺はそういうのが許せない。助けられる、見つけられるものを見つけてもらえないなんて嫌だろ?」

「うん・・・」

クロゥは窓の外をみながら続ける。

「この場所も気に入ってるしな。」

「そっか。」

納得したのか落胆したのか、すこし落ち着いた表情のサラがブレードを手渡す。

「終わったよ。機構の錆落としだけだったから、サービスね!」

「ありがとう。もう帰るのか?」

「うん、ごめんね、突然無理言っちゃって。」

「いいけど・・・そこ、どいた方がいいな。」

「え?」

サラが開こうとしたドアが勢いよく開かれる。

「探索者さん!予約とかしてないんだけど、大丈夫ですか!?」

「はいはい!いらっしゃい。大丈夫っすよ!とりあえずここにサインを・・・」

少しくたびれている冒険者と思しきお客に契約書を渡して、クロゥはサラに、な?と肩をすくめる。驚いていたサラも苦笑して返す。

「こ、これでいいですか?」

「はいはい。ブランさんね。どこで何を探せばいいんです?」

「ここから南に行った洞窟に、形見のペンダントを落としてきてしまって・・・。ただ、どこにあるかの見当もつかないんです!」

「南となると・・・唸りの洞窟ですね。大丈夫大丈夫、今日中に見つけてきますよ!」

「本当ですか?ありがとうございます。あの・・・」

「?」

「報酬は・・・その・・・そんなに持ち合わせがなくて・・・」

「ああ、大丈夫ですよ!2000ビルで。」

「え」

「ええ!?あの・・・」

あまりの安さに驚愕する二人。冒険者に頼めば50000、いや、もっとかかりそうだ。

「いいのいいの、ほら、ブランさんは町で待っててくださいよ。終わったら書いてもらった住所に行きますから!はい、じゃーねー!」

2000ビルを受け取ったクロゥがブランを外に押しやる。困惑顔のまま、ブランは町へ去っていった。

「ほんとにいいの?」

「だいじょぶだいじょぶ。さて、俺は準備して早速行ってくる。」

「あ、あのさ!私も行ってみてもいい?クロゥの仕事見たことないし」

「え?う~ん、まぁ、あそこはそんなに危険じゃないしいいか。バッグだけ二人分用意するから待っててくれ。」


森を抜けて町へ向かうブランの前に、ただものではなさそうな二人が現れた。

「ブラン・クレートだな。」

「は、はぁ・・・そうですが」

明らかにけげんな表情のブラン

「怪しまないでください。少し話を伺いたいのです。」

「え?」

「何、君次第ですぐ解放される。こちらへ。」

二人に引っ張られるように、ブランは小さな小屋へ入っていく。


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