悪者ですが勇者が過保護で身動きがとれません
雪野ゆきの
オカンな勇者、良い子な悪者
この国では一人一人に神から役割が与えられる。
具体的なものだと騎士やパン屋など、その人の適正に合った天職となる。ただ、極たまにイレギュラーが起こることもある。
5歳の時に神殿に行って、私の前に現れた文字は……。
『悪者』
このたった二文字が私の人生を大きく変えた。
「セレン!今何時だと思ってる!!いつからそんな不良になったんだ!」
『勇者』という神託を与えられた幼馴染みが口うるさく私を叱りつけてくる。ほんの数分門限を破ったくらいでそんなに怒らなくても……。
「全然普通の時間でしょ?」
「いやっ、門限の四時半を過ぎてる!」
「私は幼児か」
街ではまだ子供達が元気に走り回ってるぞ。
この2コ上の勇者は非常に過保護だ。
私が家族から引き離されて過ごすために用意されたこの家の隣に越してくるや否や、嬉々として世話を焼いてくる。モーニングコールや朝昼晩の食事の用意は当たり前、夜も私を寝かしつけてから帰宅する徹底っぷりである。
お陰で私の就寝時間は昔から一切変わらず8時ピッタリだ。5歳児もビックリの規則正しい生活を送っている。16歳の筈なんだけどなぁ……。
「セレンは可愛いからいつ誘拐されるか俺は心配で心配で……」
原則、この国の人は神託で告げられた職に就く。だが極稀にではあるが、神託に従わずに犯罪行為に走る者も存在するのは事実だ。
神託に従わない=犯罪者と見なされるのは割と暗黙の了解になっていたりする。
「フィンは心配し過ぎだよ~。もっと肩の力抜いて生きれば?」
「セレンは力を抜き過ぎなんだよ。その内粘土とかスライムになってしまうんじゃないかと俺は心配で心配で……」
「流石にその心配はいらないわ」
こいつは人を何だと思ってるんだ。
うろんな目をフィンに向けていると、私のお腹が元気な悲鳴をあげた。帰った時からフィンが作っているシチューの匂いが食欲を刺激して止めてくれない。
ぐ~、とお腹を鳴らす私を見てフィンは一つため息を吐いた。フィンは私がお腹を空かせている状態を良しとしない。
どうやらお説教はここまでの様だ。
早速テーブルに着こうとしたら止められた。
「まずコートを脱いで手洗いうがいをしてきなさい」
「は~い」
腹ペコセレ虫はそこそこ広い我が家を全力ダッシュする。後ろから叱る声が聞こえる様な気もするがセレ虫には聞こえない。
涙目でシチューをふうふうしていると可哀想に思ったのかフィンが頭を撫でてくれる。
「だから走るなって言ったのに……」
「慣れ親しんだ自宅で転ぶとは想定外」
「直線距離じゃないし階段とかあるんだから想定内だろ……冷やした方がいいな」
「グスン……ありがとう」
ひんやりとした氷嚢が頭の上に乗せられる。
絶妙なバランスで氷嚢を頭上にキープしつつ、シチューを頬張る。
「あちゅっ!はふはふ……んまぁ~!」
濃厚なシチューに芯まで煮込まれてホクホクな野菜達……。シチューの熱が外の寒さで冷えた体にじんわりと染み入る。
猫舌でも熱い内に食べずにはいられないフィンの手料理は知らず知らずのうちに私の頬を緩ませる。
スプーンを動かす手が止まらないぜ。
シチューをはむはむと掻き込む様に食べる私の目の前の席では、フィンが上品にシチューを口に運んでいる。
……一応私も貴族出身なんだけどなぁ~。
優雅に食事を続ける完璧超人との違いに目が遠くなる。
「ん?どうしたセレン。おかわりが欲しいの?」
いや、別にそういう訳じゃなかったんだけど……。
「…………大盛りにしてください」
そう言って空のお皿を差し出すと、フィンは嬉しそうに笑った。
「ふふっ、りょ~かい」
「この時はまだ、この幸せが永遠に続くと思っていた……」
「……セレン、何言ってるの?歯ぁ磨いて寝るよ」
「はぁ~い」
何言ってんだこいつみたいな目で見ないで~。
私は大人しく歯を磨き始める。
シャコシャコと歯を磨く音が響く。
「さっきは何言ってたの?やっぱりもうちょっと就寝時間を早くするか……」
「
ガラガラうがいをする。
ぺっ。
お布団に入るとフィンが毎日読み聴かせをしてくれるのだが、これがまたつまらなくてすぐに眠れるのだ。
別に話の内容がつまらない訳じゃない。そもそも内容が分からないのだ。
フィンが穏やかな声色で何かを読み上げる。
「Schön dich kennenzulernen.Ich fühle mich geehrt, Sie kennenzulernen.……」
何語だよ。
わかんないよ。
フィンは毎晩異国語で読み聴かせをしてくるのだ。しかも何ヵ国語かでローテーションしている。
そら寝るわ。
今日もフィンにお腹をポンポンされて、すぐに睡魔が襲ってきた。
お休みなさい。
ぐう。
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