そうだ旅行に行こう

のらきじ

第1話:京都の隅っこの話―墓―

 コロナウィルスのおかげで京都の宿が安いという情報をTwitterで仕入れた。

 さっそく検索するとたしかにどの宿も5000円以上お安くなっている。

「ちゃま京都行くか」と隣で寝ていた猫ちゃまに言ってみると

「いいよ、いつ行く?」とご機嫌な返事が返ってきた。

「明日」

「え、明日?」

 たまたま明日から連休だったのだ。実家の大阪に帰るつもりだったのだが前日に京都によるのも悪くない。

「いやか?」

「いいけど……。じゃいいよちゃまが運転してあげる」

「そうなん? 電車で行くからいいよ」

「えー高いよ。車でいこ」

「そうなん」

 京都で運転するのはたぶんそうとう面倒くさいのだが、運転するのが自分じゃないなら頑なに断る必要もないかと思い直した。


 宿の候補は二つあった。

 どちらもツインルームで一部屋10000円以下とお安い。

 一つは祇園の真ん中にある宿で朝食がついている。しかし駐車場はついていない。

 もう一つは清水寺のふもとにある。朝食はないが駐車場はあるらしい。


 猫ちゃまに京都に行ったことがあるかと尋ねると「だいぶ昔に行ったきりでもう忘れた」という。どっちがいいかと聞くと「どっちでもいいよ」という。猫ちゃまは猫なのであんまり自分の意見がない。

 悩んだが祇園の真ん中にコインパーキングがあるのかも、あったとしていくらかかるのかも分からないので、駐車場がついている清水寺のふもとの方にした。手堅い方を選んでおけば間違いはないだろう。

 改めて宿の写真などを確認してみる。なんでも各部屋にそれぞれ作りこまれた庭がついているらしい。「もみじ」「たき」「さくら」などそれぞれの季節に対応しているようだったが、冬の部屋だけはなさそうだった。あまり気にせず二人部屋ということで「もみじ」を選んだ。

 

 高速道路をのんびり進み、途中のパーキングエリアにいくつか寄ってポケモンを探したがレアものはいなかった。御在所に四日市の夜景をモデルにしたコバルトブルーの熊のぬいぐるみがあったので買ってあげた。「きれいな顔してるやろ。夜勤なんだぜ?」と古臭いネタを言ってみたが猫には通じなかった。


 京都に入るととたんに道がごみごみし始める。

 道幅は狭く旅行者は手をつないではんなりと車道にはみ出す。タクシーや地元の車は慣れたもので、隙間を縫うように車線変更しながら翻弄してくる。「ウィンカー出せよくそ」「やなんだけどこの道狭いんだけど」「え、ここ右? ここじゃないよね」「なんなん後ろの車詰めすぎだろ上り坂なんだけど」「路駐すんなよまじ?」とハンドルを握る猫ちゃまの精神が削れていく。

 それでもナビを頼りに進んでついに清水通りにたどり着いた。――のだが、観光客だらけの道に入ったとたんにナビが左回りの一周を求めてきた。

「あ、ごめん間違えたわ。さっきのところ左折してすぐ右の方の道に入りなおすみたい」

「え、マジ?」と猫ちゃまの顔が青白くなる。

 清水通りの坂道。

 レンタル着物を着た男女や女女や女女女や親子や親親子子や外国人がわんさかいる。ここだけ見るとコロナの影も形も見えない。猫ちゃまは目玉をぐるぐるさせながら懸命にゆっくりと坂を上る。助手席から「危ないよ」「うしろうしろ」「ばばあに気をつけろよ。ばばあ来たぞ」と茶々を入れる同乗者に切れ散らかしながら角を曲がって坂を下りた。

「もう一周はぜったいやだからね」

「そやな。左折してすぐ右な」


 今度こそナビの通りに左折してすぐ右の路地に入る。――するととたんに静かになった。人っ子一人の姿も見えない。

 路地の右手には緑深い公園――どうやら山の上はお寺に続いているらしい。

 左手には葬儀屋の出張所と、墓石屋があった。店の奥で黒い服をきたおやじが退屈そうに指を舐めていた。

「え、なにここ、墓じゃん」

 坂を上るに連れて墓石の群れがだんだんとあらわになってきた。

「墓だよおっちゃん」

「墓だな」

 さらに進むと聞いたこともない寺の門があった。門の向こうには墓があり、墓があった。墓は墓であり墓であり墓であった。観光寺ではないのは明白だった。

「墓なんだけどw」と猫ちゃまは半笑いになっている。あるいは顔が引きつっているのかもしれない。

「墓だねぇ」

「ほんとにここであってんの?」

「いや間違いなくここ。あ、上から車来たよ」

 仕方がないのでバックをしつつ寺の中に避難して軽トラックをやり過ごした。すると門の中には意外にもコインパーキングがあった。値段はそんなに高くないが――。

「ちょっと見てくるわ」

 車を出て門の外まで歩いてみる。やはり住所はここで間違いなく、門のすぐ隣には古民家を改築したような建物とのれんがあり、予約した宿の名前が書かれていた。

「あってるわ」

「でも駐車場ないよ。墓しかないよ」

「だな……。ちょっと電話してみるわ」


「あの、宿のすぐ隣まで来たんですけど駐車場が見つからなくて――え、ここであってるんですか? お寺の中の? ……そうですか」

 やられた。駐車場ありというのは、この墓参り用のコインパーキングのことだったようだ。


「駐車場ここであってるんだって」

「え、ここなの? ……まじ?」

「まじまじ」

「だったら祇園でよかったじゃん。なにここ墓なんだけど」

「まあ待てよたしかに墓だけどさ。ご機嫌な庭が付いてるはずだからさ」

「だから庭から見えるのだって墓じゃん!」

 怒る猫ちゃまをなだめてご機嫌を取ろうとしたが、うまくいきそうもなかった。祇園との二択を間違えたのは明らかだ。

 まさか清水寺のすぐそばに葬式寺があるとは思いもしなかった。グーグルマップをよく見るとたしかに「廟」とは書いてあったが……。書いてあったな……。そうか。ガチで墓地だったか。

「ねーぇ、もうほんとに――」

「まあまあ。ご機嫌な庭が付いてるからさ」

「だから庭とかじゃなくて……墓地じゃん!」

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