第1区 2日目ー5 『第4拠点』『蛸』

 私はあまり拠点が絶対的に安全であると思っていない。このご時世でそれは当たり前だが、それを声に出して認識するかしないかで、日々の行動は大きく変わる。

 それを認識したその日から、私は『ターミナル』を出る支度を始めた。『ターミナル』の発電装置がいつまでも稼働し続けるとは思わなかったからだ。

 それにあそこにいては死んでいるも当然だった。

 「生きる」という行為は「行動」を伴って初めて実感できるものである。「行動」が伴わないあの環境下では死ぬために生きているようなものだと感じたのだ。だから私は「行動」するために『ターミナル』を飛び出した。その時が一番充実していた。なんせ「考えられ」、「行動する」のだから。

 明確な目的とそれに向かう為に思考し、行動する。ただひたすらに環境の変化を望んでばかりいては何も得ることが出来ないというのをこの時初めて実感した。

 私が『ターミナル』に住み込み始めて数年の頃はまだ世界は、経済は機能していた。を庇護し、はその与えられるものを貰うだけ現状から脱却できずにどんどんと退化していく。それを私は肌で感じ取れた。だからこそ飛び出すのに躊躇はどこにもなかった。


「……ここがお前の拠点か」


 少年はようやく辿り着いた私の第4拠点を見て呆気にとられる様に声を上げた。

 私は拠点を複数持っている。一つだけだと『虎』などに壊された時を考えると心もとないからだ。これまで私は9つの拠点を抑えていたが、うち2つは『虎』に壊され、もう1つは他の誰かに占領され、他1つは『虎』の行動範囲に入ってしまった為泣く泣く放棄した。安全性や気密性が低い箇所を選んで使っていたから仕方ないのではあるが。


「なんだここ?あんまし物がねぇな?」


 少年の言葉は正しい。部屋の中はあまりものが散らかっておらず、幾分かすっきりとしていた。基本的に私は必要最低限の物しか所持しない主義である。緊急用の保存食と道具一式、これと後は今日の分の食料が手に入れば後は問題ない。


「重火器とかねぇのかよ?お前、外でずっと暮らしてたんだろ?」


 少年の質問に私は首を傾げた。。『虎』には基本的に銃弾は効かない。何度かそういった場面を見てはいるが、それで『虎』が怯んだ様子は一切なく、むしろ発砲音を聞きつけて別の『虎』達が集まってきた位だ。この事は『集落』でも常識らしく、全員がナイフなどの刃物を持っていて、銃器はどこにもなかった。だからこそ、銃器はむしろこの第1区では生きるのに邪魔な代物だ。間違えて発砲でもしたりしたらたまったものではない。


「そ、そうなのか……」


 私の説明を聞いて納得したのか、少年はたどたどしくも頷く。私はその反応を見て満足し、『夜』の作業の準備に入る。


「な、何してんだよ」


 準備し始める私に疑問を持ったのか、少年は肩越しに私の手元を眺める。私は手を止めずに話を続けた。私が準備している『夜』の作業とは、夜の時間に現れる『蛸』を得る為に必要なのだ。


 『蛸』は七日に一度だけ現れる生物だ。その時間帯になると『蛸』は物陰や死角から現れ、こちらの方にすり寄ってくる。一個体にそこまでの力は無い為、そこまで脅威は無いが、複数の個体が纏わりついてくる場合は話が違ってくる。『蛸』は『夜』の間は絶え間なく湧き続ける。四方八方、隙間という隙間、死角という死角から、8本の足をバタつかせてこちらに這い寄ってくる。対処の仕方は至って単純で『蛸』を仕留めればそれでおしまい。しかし仕留めるには『蛸』の眉間を刺さなければならず、神経質な作業を有する。そしてほぼ無限と言っていい程に湧き出る『蛸』を相手しなくてはならないのだ。


 面倒くさい。

 はっきり言って面倒くさい。


 しかしこの『蛸』を相手しなくてはいけないのだ。そうしなければ読んで字の如く死活問題になる。私は黙ってこちらを見ている少年にこちらに来るように促す。


「な、なんだよ?」


 私は『蛸』についての事と、その収獲方法を告げた。


「『蛸』って……お前の食料それだけなのかよ?」


 私は肯定した。

 『蛸』は万能である。乾燥させれば日持ちするし、燻製も割といける。丹念に揉み込めば臭いは大分落ちるし、足の部分を斬れば瓶に入れた持ち込みも出来る。味が薄いという問題はあるが。


「塩は使わねぇのか?」


 塩か……

 少年の言葉に私の作業を続ける手が止まった。

 塩は高級食材だ。この第1区には海が無い。隣接する他9区なら海に面しているのだが、そのために他の区画に向かうのは採算が取れない。命を捨ててまでの代物ではないのだから。


「…………なんか変な事聞いちまったか?」


 私は否定した。彼には何も悪い事はないし、それに彼の見た目からして恐らくあの日より1~2年前に生まれた程度の年齢なのだろうし、この世界しか常識に無いのだろう。あの肌つやを見るにターミナルの高層に住む官僚貴族の息子と言ったところだろうか。『塩』の入手源を分からずに聞いたとなるとその可能性が高いかもしれない。私はその事を口にはせずに少年に控えのナイフを渡す。今日の狩りはそれなりに数を仕留めなくてはならなくなったし、手伝って貰わなければ。


「わ、分かった!ぜってーにオレが役に立つって証明してやる!」


 ……別に証明の必要は無いのだが、本人にやる気がある分には問題ないので放置するとしよう。


 やがて『夜』が来る。



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