第1区 2日目ー2 『虎・3』『ターミナル』

 新しい『虎』を群れと遭遇させるのは中々に難しい。何故ならそれは群れの『虎』は知能指数がとてつもなく高い。大きな音を立てるなどではこちらに振り向きはするものの、そのまま素通りが常だ。しかし反対に、新しい『虎』は好奇心旺盛だ。何かの物音が聞こえればすぐさま走り出し原因を見つけるのに躍起になるし、辺りを見回して必死に情報を集め続けている。


 ならば無防備な新しい『虎』を群れにおびき出せばいいじゃないかと思うかもしれないが、そう上手く話は進まない。

 先ほども言ったように新しい『虎』はこちらに向かってくるのだ。比喩でも何でもなく。

 つまり、近くで物音をたてればその瞬間、自身の背後に『虎』がこちらを見つめて口を大きく開けている、なんてこともありえなくはない。というか十中八九そうなる。試してはいないが。

 なので計画的に合わせるのは難しい。精々できるのは新個体の方を群れの方にやる為に時限式の何かででおびき寄せる方法くらいだ。これも正直言ってかなり遠目でやらないと安全が保障できないので慎重を期すが。

 私は新個体の『虎』の現在地を把握すると其処から離れた場所にある半壊した瓦礫の中に潜り込んでろうそくを取り出す。そして蓋の部分をラップで覆ったガラス瓶も用意する。中には発酵食品が入っている。

 私はラップをろうそくで貫通させて瓶に押し込む。高さが足りずろうそくが少しばかり頭を出しているが、これでいい。後は火をつけてラップに穴が開けば臭いが放たれあの『虎』と群れが鉢合わせられるかもしれない。

 私は急いでその場を去った。さっさと『虎』に遭遇することが決まっている場所からはなるべく離れたかった。自然と勇み足になるのは仕方がない事だ。相変わらずこの作業は慣れないものだ。慣れても困るが。


 その後私は道具を補充するため、崩壊する前の第1区の心臓部分であった『ターミナル』に向かう。

 『ターミナル』は以前は第1区の物流の中心地であり、上流市民の生活圏を兼ねていた超巨大建造物だ。高さは2000mで、形は円柱型。各国からの貿易宇宙船や観光船なども来たり、中立国のため国同士の会談場所にも指定されたりするこの場所はいまではすっかりその風貌は失われ、現在では生き残っている人々の仮初の安住の地、そして情報交換の場所となっている。

 私がそこに辿り着くとすぐさま目的の場所に赴く。そこは私がよくあてにしている道具屋であった。中に入ると店内はこじんまりとしているが、中には雑多なもので密集している。

 ガラスの破片に錆付いてボロボロのナイフ、歪んだフライパン、ページが途中途中で破れている本など様々だ。

 私は物を物色し始める。ここの物は一見してみると使えないものが多いが、ガラスの破片やナイフは研げばまだ使い道はあるし、フライパンは少し面倒だが歪みを直せばいいだけだ。本は『紙』としてページを割れば雑だがティッシュや手拭きなどに使えるかもしれない。

 そう言った本質が分かればこの店は大変有意義なものを数多く取り扱っている。中には明らかに使えないガラクタも多いが。人形とか、お面とか。


「おお?なんだ、またお前か」


 後ろからそんな声が聞こえた。振り返ると『店主』が大きな荷物を背負い込んで店の入り口に立っていた。逆光で少し見えにくいが、愉快そうに笑っていた。


「今日は何がお望みだ?ナイフの新調か?それとも縄か?もしかして水が欲しいのかい?」


 店主は荷物を下ろすと近づきながら矢次早に私に問い詰める。この感覚が私は少しばかり苦手で尻凄みをしてしまう。私は詰め寄ってくる店主に身を引きながらも、蝋燭と瓶が欲しいと告げる。


「ん?ああ、蝋燭と瓶か。てことはまた新しい『虎』が出たのか……ますます『ターミナルここ』の安全が脅かされてきたね全く。こんだけ苦しんでんのに、まだ物足りないってのか?神様って奴はよ」


 独り言ちる店主の言葉に私は何も言わなかった。言ったとしても何も変わらない。店主もそれを分かっているのか、それ以上の事は言わず、私に手を差し出した。


「んじゃいつも通り先に貰うもん貰おうか?」


 店主の言葉に私は頷いてカバンの中から小さな袋を取り出す。その袋はツンと香ばしい香りがかすかに漂い、店主はその袋をじっと見ていた。そして私はそこからタバコを取り出し、そのまま店主に渡す。店主はまじまじと観察して、やがて自身のポッケにしまい込む。


「ん。そんじゃあ今回もギブ&テイクで行こうか。瓶と蝋燭はいつものサイズでいいのか?」


 私は同意する。どれも基本的に使い捨ての物だ。そこまでの質と大きさは求めていない。瓶は今のところ保存用の物は全て揃えてあるし、蝋燭は使わずとも灯りの確保は出来ているので保険用である。


「相変わらず慎重で勤勉だなお前は?お前みたいなヤツがもっといれば俺も楽できるんだがなぁ」


 私が返事をしないと分かっていながら店主はまたしても語る。私は基本的に口下手であり、必要最低限の会話しか出来ない。だからこそあまり人の手は借りず、出来る限りのことは自分一人でやることにしているのだ。まぁ、限界があるので借りることは借りるが、それも極々稀である。


「はい、ご注文の蝋燭と瓶だよ。しかし災難だったな。まさか予想外の『虎』の出現で交渉材料を一回分使っちまうとは。もう残り少ないんだろ?煙草それ


 私の去り際に店主は背後から私に声をかけた。その内容はどうとでも取れる様な含みのある言い方であり、それに対して私は特に反応もせずに店を去っていった。


「また来いよー?煙草えんが切れない内は色々と贔屓しといてやるからよ!」


 その言葉にも私は何も返さなかった。

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