第三話 神託の巫女

   

「おや、これは面白い。あの占い屋に、今日は珍しい客が来ているようですね」

 部下の一人であるウイングが、興味深そうな声で呟いた時。

 ピペタ・ピペトは部下を引き連れて、ちょうど南中央広場に入ったところだった。


 若い頃に二枚目半と言われていたピペタは、敢えて分類するならば、今でもハンサム側に入るのだろう。ただし、同年代の平均よりも明らかに毛髪の量が少なく、年齢以上に老けて見えるくらいだった。

 彼は王都から地方都市サウザに派遣された騎士であり、正式な所属は、依然として王都守護騎士団となっている。その状態のまま、都市警備騎士団の寮で暮らしており、都市警備騎士として働いていた。

 王都守護騎士が地方の都市警備騎士団に派遣されると、普通ならば大隊長クラスの要職に就くのだが、ピペタの場合は違う。厳密には『派遣されてきた』というよりも『左遷されてきた』という状況であり、そのためピペタは、南部大隊の小隊長を務めていた。

 だからピペタの毎日の仕事は、三人の部下と共に担当地区の見回りをすること。要するに街の警吏なわけだが、彼の受け持ち区域の中で、最も賑わっているのが――その分ちょっとした喧嘩や諍いなどのトラブルも多いのが――ここ南中央広場だった。


「そうだね、ウイング。あの店、客なんていないのが普通だから。……でも、そんなんで商いが成り立つのかなあ?」

 と、仲間の言葉に反応したのは、同じくピペタの部下であるタイガ。

 お調子者といった感じのタイガだが、時々、鋭い見方をすることもある。例えば、今の発言が、まさにそれだった。

 ゲルエイ・ドゥ――ウイングとタイガが話題にした占い屋――の正体を知っているピペタは、心の中で苦い顔をしてしまう。

 ゲルエイの稼ぎは、本業である占い屋よりも、副業の方が多いはずだった。だが彼女の副業は、絶対に隠しておくべき仕事。占い屋の稼ぎが少ない、なんて話から秘密が露見しては、大問題なのだ。

 金銭的な話題が続くようなら、話の流れを変える必要があるだろう。そうピペタは考えるが、その必要はなかったらしい。

「やめなさい、タイガ。失礼じゃないの」

 もう一人の部下であるラヴィ――三人の部下のうち紅一点――が、タイガを諌める口調で、止めてくれたのだ。

「ああ見えて、占い師としては優秀なのよ。だから、たまたま私たちが見ている時に誰も来ていないだけで、きっと繁盛している時だってある。……ピペタ隊長も、そう思いませんか?」

「ああ、そうだろうな。こうして店を出している以上、暮らしていけるだけの稼ぎは十分あるはずだ」

 自分に話を振ってきた女性騎士に対して、ピペタは微笑みを浮かべて、頷いてみせる。心の中では「『ああ見えて』という言葉こそ失礼ではないのか」と思いながら。


 ピペタから見たラヴィは、すっきりとした顔立ちで、ショートの金髪がよく似合う女性。凹凸の激し過ぎない、引き締まった体つきと合わせると、ボーイッシュなイメージなのだが……。ウイングたちが「しょせん気休め」と思っている占いを、かなり真剣に信じている様子があった。ラヴィの女性的な側面――可愛らしい一面――であり、ピペタは微笑ましく思う。

 おそらくピペタ小隊の中で、ゲルエイを『占い師としては優秀』などと評価するのは、ラヴィだけだ。ピペタはゲルエイの裏の顔まで知っているだけに、笑ってしまいそうになるが、表情には出さないように努力していると、

「三人とも、誤解していませんか? 私は『珍しく客が来ている』ではなく、『珍しい客が来ている』と言ったのですよ」

 ウイングが、訂正の言葉を挟む。

「私が注目したのは、占い屋そのものではなく、客の方です。……いや客というより、もしかすると、占い屋の方が占われているのかな?」

 ウイングの思わせぶりな発言を耳にして、ピペタたち三人は、あらためてゲルエイの占い屋に注意を向ける。

 ゲルエイの店には、客らしき者が二人。長い黒髪を束ねた少女と、坊主頭の男。特に少女の方は、確かに目立つ格好だった。

「あの紅白の衣装って、勇者教の巫女かしら?」

 口にしたのはラヴィだが、ピペタも同じ言葉を頭に思い浮かべていた。

 しかし。

「勇者教の巫女ならば、寺院と呼ばれる施設に閉じこもって、そこで働いているはずだが……」

「そうです。休みをもらってプライベートで寺院から出るならばともかく、ああして巫女の格好のまま街を出歩くのは珍しいですよね。だから、私は考えたのです」

 ピペタに対して頷きながら、ウイングが、ちょっとした推理を披露する。

「彼女は『神託の巫女』なのだろう、と。市井の人々に『神託』を告げて回っている最中かもしれない、と。つまり、いつもは占いと称して他人にアドバイスを与えている占い屋が、逆に何かアドバイスされているのではないか、と」


 神託の巫女。

 その噂は、ピペタも耳にしていた。

 そもそも宗教家というものは、教会神教にしろ勇者教にしろ、「神は語っておられます」とか「勇者様のお言葉です」とか、自分たちが崇めるべき対象を引き合いに出して説法する傾向がある。それがピペタの認識だった。

 だから「神託が下された」などという話も、説教臭くて胡散臭い内容になるのが当然だと思っていたが……。

 街の東にある寺院で働く、一人の巫女。彼女が神――勇者教だから正確には『神』ではなく『勇者』――から告げられる『神託』は、もっと庶民的な出来事ばかりらしい。

 例えば「近いうちに大根が値上がりするはずだから、今のうちに買っておくべき」とか、「どこそこの誰々が馬車と接触して怪我をしそうだから、大通りを歩く際は気をつけるように」とか。

 最初は疑わしく感じていた人々も、そうやって『神託』として与えられた予言が次々と的中するのを見て、コロッと態度を変えた。問題の巫女を『神託の巫女』として祭り上げ、新しく勇者教に入信する者も増えているという。


「あれが神託の巫女なのか! 初めて見たよ!」

「あくまでも、私の推測に過ぎませんけどね」

 興奮するタイガに対して、冷静に告げるウイング。

「とりあえず、近くまで行ってみませんか? 見回りの一環として」

 とラヴィも言うので、ピペタは何食わぬ顔で頷く。

「ああ、そうだな。ラヴィの言う通り、これも我々の仕事のうちだ」

 正直、ピペタとしては、あまりゲルエイの店には近寄りたくなかった。

 ここ南中央広場では、ピペタもゲルエイも、警吏の騎士と露天商の一人という立場で顔を合わせている。だが、それはオモテの顔に過ぎない。裏では、復讐屋ウルチシェンス・ドミヌスという非合法組織の仲間同士だった。

 強者に踏みにじられた、弱者の恨みを晴らす。理念としては立派かもしれないが、依頼人の代理で復讐として標的を殺すのだから、明らかに法を逸脱する行為だ。ピペタのような都市警備騎士の立場から見れば、本来、捕縛すべき集団だった。

 だから秘密を保持するためにも、慎重に慎重を重ねる必要がある。迂闊な言動を慎む意味で、オモテの仕事中は、出来る限り接触を避けたいのだが……。

 ゲルエイの店へと、内心を隠しながら足を進めるピペタの隣で。

「でも、あそこの娘さんが、本当に神託の巫女だとしたら……。少し可哀想ですね」

 呟いたラヴィの声は、若干、暗いトーンになっていた。

「……ん?」

 その変化を耳にして、ピペタは、顔に疑問の色を浮かべる。だが具体的に尋ねるより先に、言葉が返ってきた。

「あら。ピペタ隊長は、知らないのですね。噂によると、神託を受ける人って、若くして亡くなったり、行方不明になったりするそうです。まるで『美人薄命』という言葉のように」

 ラヴィだって十分に魅力的な女性なのだから、彼女が『美人薄命』と口にしたことに、ピペタは少し複雑な想いだったが……。さすがに、それを口に出すほど無神経ではなかった。

「そうなのか……」

 と、適当に言ってはみたものの、言葉が続かないピペタ。

 タイミング良く、ウイングがラヴィを補足し始めた。

「教会神教でも勇者教でも、神託は、崇め奉るべき対象から与えられるもの。だから彼ら宗教関係者の間では、人という器で受け取るには荷が重い、とも考えられているそうです」

「ほう。精神や肉体の負担が大き過ぎて、早死にするということか」

 ピペタは、素直に感心の声を上げる。

 ウイングの薀蓄うんちく披露は、彼の癖のようなものだった。ピペタとしては辟易することも多いのだが、今回のように、ありがたく感じる場合だってあるのだ。

「そうです。最近噂の、東の寺院に現れた、神託の巫女。あれも例外ではなく……。いや、むしろ逆に、特にその傾向が顕著みたいですね。短い期間の割に代替わりが激しくて、現在の巫女が、確か三代目か四代目。半年くらい前のはずですよ、初めて彼女が神託を授かったのは」

   

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