ある詩人の告白

逆傘皎香

1

 「彼の最後の話をしよう」


 男性はそう言うと、窓の方を向いて話し始めた。窓に反射した彼の表情は――見えない。


 「夢を見るためにはあまりに現実は邪悪で、現実を見るためにはあまりに夢は邪魔であった――




 私は空想が好きだった。幼い頃は雲を眺めては、空想に浸る日々を送っていた。いつからか空想をしてはそれを言葉にするようになった。私は、詩人になりたいと思うようになった。詩人というものは、かつての父親の目指していたものでもあったという。しかし父親は、私が気付いた時には自身が詩人になることを諦めていた。私が詩人であろうとすることに反感は示さず、むしろ好意的に思っていた。まるで私が詩人になることが今の父親の望みであるかのようであった。


しかし、私に詩人としての才覚はなかった。周囲の人間と詩作をしては、自分の能力に低い天井を感じていた。周囲と比してではなく、理想の自分と比べて、である。空想は私の唯一であるはずだった。しかし私の記したものはどれも、十分に空想の世界を表したものではなく、その出来が良くなる傾向も弱かった。


詩作を除けば、私は不自由、不満のない生活を送っていた。ただ詩における理想との乖離という一点において、私は辛苦を感じていた。私に夢がなかったのならば、どれほど現実を生きるのが楽であっただろうか。現実のみを見、その場限りの判断を行う人間であったならば、どれほど楽しいかと夢想した。




 あるとき、父親が奇妙な様子を見せるようになった。部屋の中を歩き回り、落ち着かない様子だった。父親は立ち止まり、私の正面に座った。


「遠くない日に、この街に高名な詩人が来る。そしてお前に話さなければならないことがある」


父親は私にその詩人に師事しろとでも言うのであろうか。だが私は高名な詩人に興味はなかった。詩の美しさにおいてのみ判断がされるべきであって、詩人が高名であるか否かという問題は、あまり意味はない。問題にされる詩人の作を見たことがなかった私は、彼に興味を示すはずはなかった。

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