転の巻 魔女の手料理

「アル君おかえりー!」

「おかえりなさいませ。アル様」


 やみ洞窟どうくつに戻ると、エプロン姿のアリアナとジェネットが笑顔で出迎えてくれた。

 その後方ではすでに地面の上にたたみと座布団を敷いた即席の宴会スペースが出来上がっている。

 そして数々の料理が食べやすいように重箱に詰められて用意されていた。

 ありがたいなぁ。

 僕は準備をしてくれたジェネットとアリアナに御礼を言うと辺りを見回した。


「あれ? ミランダは?」


 ミランダの姿が見当たらない。

 僕の問いになぜだかジェネットとアリアナは互いに顔を見合わせて笑みを浮かべる。


「今、ミランダは色々と準備中だよ」

「あの粗暴なミランダが随分ずいぶんと変わったものです」


 一体何だろう?

 2人の言葉の意味をはかりかねて僕がキョトンとしていると、奥から三角巾を頭に巻いたエプロン姿のミランダがトレイを持って現れたんだ。

 エプロン?

 ミランダがエプロン?


 初めて見るその姿に僕は思わず言葉を失った。

 やみの魔女には似つかわしくないはずのその格好が、ミランダにはとても似合っていた。

 その表情は相変わらずブスッとした仏頂面ぶっちょうづらだけど、ミランダのエプロン姿から僕は目が離せなかったんだ。


 か……かわいい。

 やばい。

 ずっと見入ってしまう。


 その姿ばかりに気を取られていた僕だけど、彼女が持っているトレイの上には湯気を立てているサンドイッチのお皿が載せられていた。

 ジェネットが作ったホットサンドかな?

 それにしてもあのミランダが給仕をするなんて信じられない。

 そう思いながら状況を見つめる僕にジェネットはさらに信じられないことを言った。


「あのホットサンド。ミランダが作ったんですよ」


 ……ファッ?

 ミランダが料理を?

 マジか。

 確かに先日のバレンタインの時も彼女は等身大の自分像をチョコで作ったりしていたし、元来器用な彼女にとって料理をすることはそう難しくないんだろう。


 それよりも自発的にこういう会を開いて自分で調理してそれを自ら宴席まで運ぶという一連の行為が、かつてのミランダを知る僕には信じられないんだ。

 どうしたんだミランダ。

 すごい変わり様だよ。

 真剣な顔でトレイを運ぶ彼女は、そこでようやく僕に気付いて顔をこちらに向けた。


「あら。アル。帰ってたの」

「う、うん。ただいま。ミランダ。あの、桜なんだけど……」


 そう言うと僕は両手に抱えた桜の苗木なえぎを見せた。

 うぅ……。

 これっぽっち?

 とか怒られるぞ。

 そう身構える僕だけど、ミランダは苗木なえぎをじっと見ると落ち着いた声で言った。


「へぇ。いい花を咲かせるじゃない。あんたにしては上出来よ。アル」


 えっ?

 ほ、められた……のか?

 思わず拍子抜けする僕をよそにミランダはヴィクトリアやノアにも声をかけた。


「何よ。あんた達また来たの? 暇人ひまじんね」

「うるせえな。それより何だその格好。花嫁修業でもしてんのか? やめとけやめとけ。ガラにもねえことするもんじゃねえよ」

「ノアもその意見には同感だ。まったく似合におうておらぬぞ。魔女ミランダ」

「お黙りっ!」


 やいのやいの言い合う3人を尻目にジェネットは来賓らいひんであるおばあさんを丁重ていちょうたたみに案内してくれた。

 こういう時、礼儀作法を重んじるジェネットがいてくれると何かと助かるよ。


「アル君。綺麗きれいな桜だね」


 アリアナは僕の抱える苗木なえぎを受け取って、桜の花に目をかがやかせながらそう言った。

 そして彼女はたたみの宴席の真ん中にその苗木なえぎをセットする。


「よし。これでバッチリ。お花見って感じだね」


 皆に囲まれる苗木なえぎは誇らしげに花を咲かせているように見えた。

 食事や飲み物も出そろい、皆が集まったところで僕はあらためてミランダたち5人におばあさんを紹介した。

 困っている僕のために苗木なえぎを譲ってくれたおばあさんに皆が感謝の意を示していた。

 あのミランダすら「家来が世話になったわね」と言っているくらいだ。


 そして人生初のお花見が始まった。

 すると最初にミランダが立ち上がり、杯を掲げて挨拶あいさつをする。


「さて。今日は花見のついでにここにいる私の家来、アルフレッドの慰労会いろうかいをするわよ。桜に乾杯。ついでにアルにも」


 ついでついで言うな!


「それにしてもミランダおまえ。桜一本持ってこいとかアルフレッドに言ったんだって? こいつにそんなこと出来ると思ったのかよ」


 料理に舌鼓したづつみを打ちながら責めるようにそう言うのはヴィクトリアだ。


「もしアルフレッドが桜を持って来られなかったら、どうするつもりだったんだよ。花見とか言っておいて桜がなかったら格好つかねえだろ。そうなった場合に桜を入手する手は打っておいたのか?」


 そう言ってまゆを潜めるヴィクトリアだけど、ミランダはしれっとした顔で杯を傾けている。


「私は何も考えてなかったわよ。アルなら何とかすると思ってたから。あきらめの悪さは人一倍ある奴だからね。実際こうして桜を持ってきたでしょ」

「おまえなぁ」


 あきれるヴィクトリアだけど、僕はミランダの言葉が内心で少し嬉しかった。

 まったく無茶なことを言ってくれるけれど、その裏側にある僕への信頼を感じ取ることが出来たからだ。

 何だかんだ言いながらミランダは僕を信用してくれていたんだなぁ。

 ミランダの優しさに感謝しないと。


「ま、もし桜を持って来なかったとしてもビンタの2、3発で許してあげるつもりだったわ」


 ビンタするつもりだったのかよ!

 前言撤回!

 全然優しくないよこの人!


「ひどいよミランダ」

「うるさいわね。結果オーライでしょ」


 そんなミランダと僕の様子にジェネットとアリアナは思わず吹き出しそうになりながら口々に言いつのる。


「違いますよ。ミランダが無茶なことを言い出したのは、アル様を出掛けさせておいて、そのすきに自分は料理にはげむためだったんです」

「一生懸命作ってるところをアル君に見られたくなかったんだよねぇ」

「こ、こらっ! 適当なこと言ってんじゃないわよアンタたち!」


 そ、そうだったのか。

 まあ無茶なことを言うのはいつものことだけど……。


「僕はちょっと見たかったな。ミランダが料理しているところ」

「うるさいわね。そんなの見せるわけないでしょ。いいから冷めないうちにさっさと食べなさい。ほらアル。この私が自ら作ったんだから感謝しなさいよね」


 そうだね。

 ミランダがわざわざ作ってくれたという事実に感謝しなきゃバチが当たるよね。

 僕は彼女が差し出した皿の上のホットサンドを手に取って食べた。


 う……うまい。

 鶏肉と野菜をはさんだホットサンドは適度にあぶらが乗っていて、それでいてしつこくなく食べやすい。

 味も甘辛いタレが効いていて口の中で旨味うまみがじんわりと広がっていく。


「お、おいしい……おいしいよミランダ」

「おいしいに決まってるでしょ。けっこう手間ヒマかけたんだから」


 そう言うとミランダは少しだけ恥ずかしそうに他の皿のホットサンドを皆にも分けた。


「はい。あんたたちも食べたかったら食べれば?」


 こういうところがミランダの成長したところだよね。

 普段はぶつかり合ってケンカもするけれど、ジェネットたち4人のことを内心ではちゃんと仲間として認めている。

 皆もそれが分かっているようで、ミランダのホットサンドをおいしそうに食べるその顔は一様に嬉しそうだった。

 それから皆は食事と談笑を交え、時折言い争いをしながらも楽しい時間を過ごしたんだ。

 

 僕のとなりでおばあさんは皆の様子を見つめながら、穏やかに微笑んでいる。

 僕は料理をおばあさんに勧めたけれど、どうもあまりオナカがすいていないみたいで、彼女は料理には手をつけなかった。

  

苗木なえぎと皆の様子を見ているだけで今は満腹じゃよ」


 そう言うとおばあさんは静かに目を細めた。

 苗木なえぎを見つめているようで、その目はどこか遠いところを見ているようだった。

 そしておばあさんは僕だけに聞こえるほどの小さな声で言った。


「あの苗木なえぎの親の古木も、ワシが若い頃はあれくらいの苗木なえぎじゃったんじゃ」

「そうだったんですか?」

「その頃の苗木をあの街外れに植えたのはワシの夫でな。もうずっと昔に亡くなってしもうたが……」


 おばあさんが話してくれたのは、この桜にまつわる……悲しい思い出の話だった。

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