第八章 気運

第八章一節 叱咤

 ベルリール城に帰ってきたシュランメルト達。

 シュランメルトと神殿騎士団は、タケル達をすぐさま医務室に運び込んだ。


「み、御子みこ様!?」

「ただちに彼ら三人を診てくれ! 早く!」

「か、かしこまりました!」


 恐ろしい剣幕に気圧された医師は、慌てた様子で三人の容態を診る。

 わずか数分で、決断を下した。


「診たところ、軽い打ち身のようです。湿布を貼っておきますので、安静にしていればすぐ治るでしょう」

「承知した。ありがとう」

「仕事ですので。それにしても、御子みこ様。どうしてあのように……?」

「彼らの乗る魔導騎士ベルムバンツェが撃破されたと聞いたからな。ともあれ、被害が小さくて良かった。後はおれが何とかしておこう」


 そこまで告げたシュランメルトは、タケル達三人に向き直る。


「立てるな?」

「は、はい!」

「行くぞ。お前達の部屋は把握している」


 シュランメルトは三人が付いてくるのを確かめながら、先導して歩く。

 だが、タケル達は――いや、そばにいた者は、誰もが肌で感じ取っていた。


 声に出しこそしないが、シュランメルトが内に抱える、空気すら震わせるほどの怒りを。


     *


「ここだな。全員、すぐに座れ。横になってもいい。楽な姿勢でいい」

「は、はい……」


 声こそ普段と変わらないが、放たれる圧倒的な気迫により、タケル達は即座に言われた通りに座った。それも、正座だ。


「さて、おれはお前達に話がある。大事な、話だ」


 シュランメルトは立ったまま、ゆっくりと、そしてはっきりと聞こえる声で告げる。

 タケル達はこの後言われる事を察し、うつむいたままだ。


「何故、お前達はリラから与えられた魔導騎士ベルムバンツェに乗っていた?」


 低く、怒りを押し殺した声。

 タケルは三人を代表して、震えながら答えた。


「リラ工房が、危ないって……。だから、せめて僕達も力になろうとして……」

「そうか。だがおれは、お前達の護衛を神殿騎士団に厳命した。騎士団員が……恐らくは、アサギかオティーリエあたりが止めたはずだが……?」

「はい、止められました……。けど、それを振り切って……」

「そうか、振り切ったか。方法は問わん。それについては驚いたが、話は別にある。よく、聞けよ」


 シュランメルトは両拳をきつく握りしめ、タケル達に向けて言い放った。


「ふざけるな! おれが、リラ達がお前達を鍛えたのは、お前達の身を守るためだ! そんな無謀な事を、いや自分から命を捨てる愚行をさせるためではないッ!!」


 ついに冷静さの仮面をかなぐり捨て、シュランメルトは本音をぶつける。

 遠慮会釈の無い怒鳴り声に三人は震えるも、シュランメルトはまだ怒りが収まらなかった。


「リラに鍛えてもらった恩もあろう、あの屋敷に対する思い入れもあろう! だがだからと言って自分から命を捨てに行くな! 何故ならおれ達は、お前達を生きて元の世界に帰らせるために助けたからだ! 『リラ達の為に死ね』などとは、一言たりとも言っていない!!」


 タケルはきつく拳を握りしめ、リリアとリンカは涙している。

 しかしその理由は、叱咤された事そのものだけではない。彼らの反応の理由、それは叱咤の内容にあった。


「お前達は死ぬのを良しとしなかった! それはお前達が戻った後の世界で為すべき事があるからだ! 違うか!? 違わないだろう! お前達が、自分からそう言ったのだから!!」


 シュランメルトの怒声は、さらに熱を帯びる。


「分かったら、二度と自分から命を捨てる真似をするな!! 次はお前達を殴り飛ばしてでも、おれはその愚行を止める!!」


 そこまで言うと、シュランメルトは絞り出すような声で、最後に告げた。


「……頭を冷やしてくる。だが、頼むから、お前達も自らの行いを省みろ。死ねば悲しむ者がいる、その事実を忘れるな。ゲルハルト・ゴットゼーゲンとして、そして守護神の御子みこという立場として、頼ませてもらう」


 そうして、部屋を後にしたのであった。




 シュランメルトが去った後。

 残されたタケル達は、シュランメルトの怒声を反芻する。


「『死ねば悲しむ者がいる』……か。僕達は、それを……忘れていたのかもしれない」


 ボソリと呟いたタケルと、それを聞いていたリリアとリンカには、心当たりがあった。


 シュランメルト――ゲルハルト・ゴットゼーゲン――。リラ。フィーレにグスタフ。シャインハイル。グロスレーベ。そして、神殿騎士団員達。もちろん、そばにいる自分以外の二人も、だ。その数は一人二人どころではなかった。

 自身が死ねば悲しむ者が何人いるのか。そして、自分達の目的は何なのか。シュランメルトの怒声で、それを思い出した。


「普段は優しいシュランメルトさんが、ここまで言ったんだ。僕達はそれだけの事をした。ちゃんと、覚えておかないとね」




 三人はしばらく、自らのしでかした事の重大さを、噛みしめていた――。

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