第3話 冷たさが武器になる?

それから数日、福田はしばらく普段通り、おれと接点がないまま、友達とよく笑っている。


おれはどうしても気にかけてチラチラと見てしまっていたが、特に目も合うことなく、いつも通りおれは一人で過ごしていた。


その日の4時間目は、生物の授業だった。


何かの実験があるとかで理科室で行われることになり、おれは休み時間に教科書を持って移動した。


理科室の授業のときは、いつも黒板に座る席が書かれており、となりに座る男女とペアで実験を行うことになる。


おれの隣の席になる女子は、いかにも「ハズレくじを引いた~」という表情を決まって作る。


おれが今日座る席は…


探すと、意外な席順なことが分かった。


隣の席が、福田だ。


「おおっ、隣宮門君だね。ラッキー、全部やってもらっちゃお」


いつのまにいたのか、おれの背後から福田がにゅと顔を出して、いたずらっぽく笑いかける。


「そんな堂々と宣言されたら、おれもやらないからな」


「それはそれで面白いね。お互い譲り合ったまま何の実験もしないコンビ。ぐふふふ」


福田はつばを口の中に溜めたような声で笑う。顔に似合わず、変な笑い方をするものだ。


しかし福田は、こんなときでも笑いを取ることを頭の片隅で考えているのだろうか。


と、そこでチャイムが鳴り、先生が入ってくる。生徒たちも、それに合わせてぞろぞろと席についた。


「えー、今日は皆さんに、牛の目玉の解剖をしてもらいます」


白衣を着た生物の教師が、何の気なしに言うが、当然生徒からは悲鳴・絶叫の嵐。


目玉の解剖とは、ずいぶんとグロいことをさせるものだ。


「うえええ、そんなことしたら、夕ご飯食べられないよ」


隣の福田も顔面蒼白だ。おれは、当然そんな授業もあるだろうと大して驚いていないのだが。


室内のブーイングなんぞおかまいなしに、教師はペアごとに、牛の眼球を配布していく。


まるでプリントでも配っているようなよそよそしさ。


おれの目の前に、その眼球が運ばれてきた。うん。確かに牛さんの目玉。


少し目の周りに肉がこびりついているのは、どうやら気のせいではないらしい。かなりグロい。

たかをくくっていたのだが、少し吐き気に襲われてしまった。


「…はい」


とりあえず、目玉を福田の隣にスライドさせる。


「…へ?何?」


「おれ無理。きもい」


「それこっちの台詞だから!普通こういうの男子がやるでしょ!?やんないの!?」


「うん、やらん」


「つめたっ。ほんと冷たいよね、宮門君て。こういうときでも無表情だし」


と、おれたちの前の席の女子がクスッと笑うのが見えた。おれと福田のやりとりを見ていたんだろうか。


「あっきー、聞いてた?宮門君ひどいよね?」


「え…い、いや、どうだろう。でも、面白いね」


その女子は、おずおずと言った。


「え?」


おれは耳を疑った。今のやりとりで、周りから見たらそう見えるんだろうか?


そうこうしているうちに、解剖する器具が配られ、あちこちで悲鳴が上がり始める。各ペアごとに解剖が始められたようだ。


トレイに載った器具がおれに回ってくると、これまた無言で福田へトス。


「いや、ほんとにやらないんかい。それでも男子?本当はついてないんじゃないの?」


福田は顔に似合わず下ネタまで網羅しているようだ。


「ああ、実はついてない。だからよろしく。」


「ウッソ!?オカマなの?」


「マジ」


「…確認するよ?」


「やめて。ついてる」


「いや、分かってるから!」


目の前で、盛大に吹き出す声が聞こえた。さっきの女子が、おれたちの会話を聞いていて笑ったようだ。


「何かあった?」


今度はおれがその女子に尋ねた。


「いや…ごめんね。フクが変な質問してるのに、宮門君が無表情で面白いこと言ってるから、我慢できなくて」


「質問ていうか、突っ込みね、私の場合」


福田がなぜか胸を張る。


しかし何だろう、この自分の中に発生した、明るい感情は。


自分の言動で笑ってくれる人がいた。それだけなのに、まるでスキップでも始めてしまいそうな、心が軽くなっている自分がいる。


そして、そんな自分の出現にとまどっている自分もいる。


「お、今はなぜか動揺してるね?」


福田がおれの表情覗き込んでいる。おれの感情の変化を、機敏に察しているようだ。


「私が宮門君とお笑いやりたいって言った意味、分かった?宮門君のその冷たさと無表情が、人を笑わすための武器になるんだよ」


冷たさが、武器になる?


これがお笑いの力か…悪くない、な…



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