ズラルデエルチカーナ

エリー.ファー

ズラルデエルチカーナ

 彼のことを知っている者は少ない。

 というのも。

 彼のことは全くの闇というほかないからである。

 多くの人間が彼のことを知ろうとしたし、それがまた一つの利益として定義されたこともあった。

 けれど。

 それまでなのである。

 それより先には決して行かないのだ。

 当然である。

 彼は間違いなく多くの問題を抱えていたのである。

 他の人間は知る由もなかったのだ。

 

 俺が誰であろうと興味を持っている人間は少ないだろう。

 何故ならば、それが俺の役目であるからだ。

 どうにかして、俺以外の人間たちの興味の外からアプローチをして、結果を残さなければならない。そうすることが、俺の仕事そのものでもあるからだ。

 大抵は、上手くいくし、うまくいかなかった場合は、パワープレイで片づけてきた。

 結局、どうにでもなってきたのである。

 それは、今の自分の作り上げてきたキャリアの全てであったし、そこに異論をはさむ者もいなかった。

 何の曇りもなく、何の問題もなく、全てが私の哲学であり、全てが生きてきた証だった。

 偽物も多くなっている、と聞く。この部分に関してまで私がどうにかするというのはお門違いも良いところではないだろうか。私が何かをするのは、それはもちろん私の結論だろう。だが、私という存在によって利益を享受しようとするのであれば、その私を見分ける力くらいは、依頼する側が、また指示する側が持っておくべきなのではないだろうか。


 彼のことを余りにも知らないのは、きっと彼なのかもしれない。

 彼という存在については、もう彼の手を離れてしまっているのである。

 最早、彼は彼以外のための彼ででしかなかった。

 言ってしまえば。

 最初にいた彼など、もうどこにもいないのである。

 皆、分かったような口で語るのだがそれは間違っているのである。もう、この世界のどこにも彼を分からない人間などいないのだ。

 いる訳がない。

 最早、多くの人が想像する彼が、彼そのものになったのである。

 誰も、分かったような口で語ることなどできない。皆が分かっていることが、そのままの彼なのである。

 彼はきっと満足しているのかもしれない。

 どことなく、自分をこの世から消し去ってしまいたいというような後ろ向きの欲望を抱えていたことは感じていた。それが、一つの形となったことは間違いないのだ。

 彼は、何を考えているのだろうか、そう想像する。

 しかし、それもまた正解になってしまう。

 正解に近づくという時間を楽しむことができないのである。それを娯楽として捉えていなかった時間があるにも関わらず、今は不思議とそれが懐かしくてたまらない。

 寂しくてたまらないのである。

 気が付けば無知であり。

 気が付けば一人であった。

 気が付けば彼のことも忘れてしまう。

 それもそうなのだ。

 私たちは私たちである。彼ではない。

 いつか、彼に会えるだろうか。

 そうしたら、色々なことを話したい。何を思い、どんな彼であって欲しかったか。何を考え、どこにいる彼であって欲しかったか。

 きっと。

 そんなことなど無関係に彼は生きているのだろう。

 それが分かるからこそ、寂しくもあり、楽しくも感じられるのだ。

 本当に、これで。

 これが最後になって。

 そう。

 縄で作った輪に。

 首を通して。

 それから。

 私は。

 ゆっくり。

 彼になって。

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