白い春
第2話 2005年、2月
今日は最高気温が14度もあるそうだ。
日向にいると春を感じるほどの陽気な日だった。
朝からの業務が一段落し、昼休憩のために中庭へ向かった。入院患者も小春日和に誘われ、中庭で看護師や友人達と談笑を楽しんでいる。
僕はそれを横目に、奥にあるいつものベンチに腰をかけた。
空を見る。
(…どうすべきなのだろうか?)
昨年末から僕はそんなことをずっと考えていた。
澄み切った青は僕に的確なアドバイスをくれはしなかった。
―…ふと、人の気配がしたので横を向く
すると、そこに見知らぬ少女が興味深々な目をして僕を見ていた。
「う、うわぁ!!ビ、ビックリした!何か…用?」
ニヤつく少女に僕は質問をした。
「フフフッ、もう~ビックリしすぎだよ~。ウケる。…ねぇ…お兄さん!なんでいつも空ばっか見てるんです?もしかして…UFOとか…見えてたりします?」
えくぼを作りながら彼女は少し口早に質問してきた。
「いや、そんなもの…見えてないけど…」
「なぁ~んだ。じゃあ、いつもここで何してるんですか?」
彼女はヒョイッと僕の隣に座り再度質問をしてきた。
「ちょっと、考え事してて………それより、君は…高校生?……だよね?まだ、お昼だけど…」
紺のパーカーの下に着ている藍色のブレザーと緑の入ったチェックのスカートはどこかで見たことがあった。
「そうなんですね。あっ…学校は、期末試験が近いから、今日は少し早く授業が終わったんです。この病院の近くの第三高です。知ってます?お兄さんは…お医者さん?」
彼女はブレザーに付いているリボンをいじりながら質問してきた。
「あぁ〜…あそこの高校か…」
僕は、この中庭のベンチから見える大きな校舎の方を見た。
「僕は、医者ではないよ……ここで…臨床検査技師っていう仕事をしてるんだ」
「何ですか??…それ?」
首を傾げ、澄んだ亜麻色の瞳が真っ直ぐ僕を見つめる。
「心電図を取ったり、検査の全般をする…人たちだね。僕は尿検査とかをしているんだ」
「へぇ~。そういう人も病院にいるんだね。…あぁっ、!!…す、すみません…」
彼女は、慌てて手で口を塞いだ。
「あぁ、構わないよ…別に敬語じゃなくて…」
僕は喋りづらいそうに話していた彼女にそう伝えた。
「ハハハ、ありがとうございます。なんか…お兄さん、…見た目がすごく若くて、私と近い歳ぐらいに見えちゃって…話してるうちに緊張しなくなってきたら、つい、タメ口になっちゃいました……では…お言葉に甘えさせていただきます!」
彼女は満面の笑みで笑うと右手を額に当てお辞儀をした。
「そうか…見た目が学生とか実習生とか…
そういうのは、病院でもよく言われるよ…」
僕は少し皮肉な笑いを浮かべて言った。
「ハハハ、それ、しょうがないよ〜。だって、お兄さん…うちの学校の学ラン着ても高校三年生くらいはいけると思うなぁ…」
彼女は楽しそうに足をバタつかせながら話した。
「ってか…心電図とか取ってる人って、看護師さんじゃないんだ」
足をバタつかせながら僕の方を向き、彼女は答えた。
「それも…よく…言われる…」
僕は少し不満気に答えた。
フフフッ
彼女が前後に身体を揺らして笑った。
「そういえば、さっきいつもって言ってたけど…」
僕は先程気になったことを彼女に尋ねた。
「あぁ…私、二週間に一回ここに来てるんだけど、その時にこの道通るんだ~。そしたら毎回ベンチに座って、空ばっかり見てるお兄さんがいるから、気になってて…それで、今日は暖かいし、声かけちゃった」
そういうと彼女は少し目線を下げた。
「そうか…見られてたのか…ご家族のお見舞いとか?」
この位の年頃の子が家族の見舞いに来ているのはよく見ていた。
「違うよ。定期検査を受けに来てるの」
彼女は淡々と答えた。
「えっ…」
意外な答えに少し驚いてしまった。
「だって、ここ…がんセンターでしょ?…そういうこと……私、そんなに長く生きられないってお医者さんに言われてるんだ~…」
少女は悲しげな表情も見せず淡々と言った。
「そうか…まぁ、そういうところ……だからね…」
改めて考えるとそういう場所なのだからこういう子がいても何も不思議なことではなかった。
「かわいい女子高生がこんな悲しい告白してるのに、それだけ?そこは「元気出せ!」とか慰めの言葉をかけるのが普通なんじゃないかな?」
彼女は思いもよらない返答が不満だったのか、口を尖らせて少しムッとした表情で僕を見た。
「僕は…そういう偽善者みたいなこと…言えない」
そういう言葉が意味をなさないことを僕は知っている。
ふと…今何時なのかが気になり、近くの時計に目をやった。すると、休憩時間を5分もオーバーしていることに気が付いた。
「ご、ごめん…申し訳ないんだけど…そろそろ戻らなきゃ…」
そう言ってベンチから急いで立ち上がり、小走りで検査室へ向かおうとした。
「…ねえ!!」
少し大きな声で後ろから呼び止められた。
「私、…私…楓、
振り向くと、声を反響させようと口に手を当てる彼女がいた。
「上里…
僕も聞こえるように少し大きめの声で名前を伝えた。
彼女は名前を聞くと、屈託のない笑顔で言った。
「また…会える?」
また会えるか?そんなのは分からない…
「時間が合えば…」
手を振る彼女に僕はそう答えた。
これが、僕と彼女の出会いだった。
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