底辺職の暗殺者、実は勇者を超える最強職でした。〜幼なじみ勇者パーティーから追放されたアサシン、実は最強の《暗影》スキルで世界の頂点に立つ〜

一夢 翔

第一話 お払い箱の暗殺者

「なんだって……?」


 僕は理解できずに呟く。

 とある森の中、四人のパーティーが朝から揉め事を起こしていた。その団員の一人、僕サバト=インヴェルトはいま絶望の淵に立たされている。


 リーダーである勇者ルシウスは、醜悪な笑みを浮かべて無慈悲に告げた。


「聞こえなかったのかい? だったらもう一度はっきり言ってあげるよ。――今日限りで君はこのパーティーから脱退してもらう、そう言ったんだよ」


 突然の宣告に、僕は声を荒げて反論した。


「ど、どうして僕が脱退なんかしなくちゃいけないんだ!」


 ルシウスはやれやれといった様子で首を振る。


「もはやそんなことすらわからないとは……。――君のステータス、見せてくれよ」


 その横柄な要求に、僕は思わず言葉に詰まる。思い当たる節があったからだ。

 しかしここで拒否するわけにもいかず、僕は右手の人差し指と中指をそろえて横に切り、虚空に半透明のステータス画面を開示する。


◆――――――――――――――――◆

 職業 暗殺者アサシン

 LV13

 HP/320 MP/263

 体力 53

 魔力 51

 攻撃力 66

 防御力 64

 敏捷性 58

 耐性 闇

 弱点 光

◆――――――――――――――――◆


 そのステータスを見たルシウスは、酷く呆れ返った顔で言った。


「いつまでこんなふざけたレベルでいるつもりだい? サバト以外のメンバーは全員すでにレベル30を超えている。君だけほとんどレベルが上がらず、どんどん強くなるモンスターを倒せなくなっている。そりゃそうか。君の職業はろくに使えない底辺職の《暗殺者アサシン》。仰々しい名前の割に中途半端なスキルしか持ってない役立たずだ。僕たち上位職に比べて君は無能でしかないんだよ。いずれ魔王を倒す僕たちのパーティーにはもはや不要の存在だ」


 さらに、もう一人の団員である戦士ダイがすかさず追い打ちをかけてくる。


「自分がモンスターを倒せないからって、俺たちにばっか負担を押しつけやがって。お前はただのお荷物なんだよ」


 仲間たちのあまりの豹変ぶりに、僕はただ困惑するしかない。昨日までこんなことはなかったのだ。

 残った賢者の少女に、僕は子犬のようなすがる目で言う。


「なあ、リンもなんか言ってくれよ」

「…………」


 彼女は黙り込んだまま視線を逸らす。

 そんな少女の反応に、ルシウスはどこまでも小馬鹿にした態度で言う。


「おやおや、優しいリンにすら見限られるなんて。ホントどこまでも君は哀れだよ。こんなことなら最初から故郷に置いてくるべきだった」


 僕は苦々しく歯を噛み締める。

 四年前、当時十一歳の自分たちは、山奥の故郷の村で暮らしていた。みんな昔からの幼なじみで、いつも一緒に遊ぶ間柄だった。

 十二歳を迎えたある日、僕たちは《祝福の儀》を受けるために教会を訪れた。十二歳になると、《祝福の儀》によって天上の神から職業が与えられるのだ。職業は《農作》や《酪農》、《狩人》や《きこり》など多種多様にあり、その中から一つが与えられて天職に就くことになる。中には《冒険職》というものがあり、これに選ばれた人間は、世界を支配する魔王を倒す偉大な使命を預かることになる。


 まず祭壇の前に立ったダイに選ばれたのは、《戦士ウォリアー》だった。戦士は冒険職に入る職業で、シンプルながら攻撃力とスキルに特化しており、パーティーには必要不可欠の存在だ。次にリンに選ばれたのは、《賢者ワイズマン》だった。こちらも冒険職で、魔力と魔法の強さに優れており、様々な魔法が扱える非常にレアな職業だ。

 そしてルシウスに選ばれたのは、信じられないことになんと《勇者ブレイブ》だった。勇者は世界で一人だけが選ばれる最もレアな職業で、魔王に唯一対抗できるとも言われる最強職だ。これほど名誉なことは他にないだろう。

 僕たちはとても運がいいと思った。きっと今年は恵まれた時期なのだろう。これなら自分も皆と同じいい職に就けるに違いない。自分の番が来るまではそう思っていた。


 だが僕が引いたのは、残酷なことに《暗殺者アサシン》だった。絶望した。暗殺者は、冒険職でありながらスキルも魔法も中途半端という職業の中でも最底辺の部類だ。しかも暗殺者はその物騒な名前から、世間では穢らわしい職業として忌避されている。

 大人たちからは散々笑われた。それでも、ルシウスたちは決して馬鹿にはしなかった。僕にも何かできることがあるだろうと、彼らのパーティーに自分を迎え入れてくれた。

 それから三年経った今、あの時の優しい少年たちはもうどこにもいない。


 ルシウスは、底意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「だが、僕もさすがにそこまで鬼じゃない。君に一つチャンスをあげるよ」


 すると、思わぬことを口にした。


一対一サシで僕に勝てたら、君の脱退を撤回してあげるよ」


 その理不尽な提案に、ふざけるな、と僕は思った。

 ルシウスと僕のレベル差を見れば、どちらが勝つかなど子供でもわかることだ。何より勇者と暗殺者とでは、あまりに元の性能スペックが違いすぎる。これでは百回戦っても勝つことなどまず不可能だろう。それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。


「……わかった。その勝負、受けて立ってやる」


 ルシウスはにやりと不敵な笑みを浮かべる。

 こちらから距離を取ると、腰の鞘から静かに長剣を抜く。


「何もできないまま負けたら可哀想だから、君に先手はあげるよ」


 余裕綽々の態度に、僕も両腰の鞘から二本のダガーを抜き放つ。


「後悔するなよ!」


 全身から青い魔力を解放し、《夜鴉よがらす》のスキルを使用。虚空に左右の剣を素早く走らせると、斬撃から生じた二羽の鴉がルシウスに向かって飛んでいく。これは魔力で生成した鴉を飛ばし、離れた相手ターゲットを攻撃する遠距離スキルだ。

 だが、ルシウスも魔力を解放すると、無造作に剣を一閃。鴉たちが同時に真っ二つに切り裂かれ、呆気なく消滅する。

 その時には、僕はルシウスとの距離を詰めていると、上段から二本のダガーを高速で振り下ろす。ルシウスは片手一本でそれを易々と剣で受け止め、弾き返す。僕は堪らず一歩後退するが、そこで硬直することなく立て続けに左右の剣を猛然と振るう。


 ルシウスは涼しい顔で軽々と攻撃を捌きながら、面白がるように煽り立ててくる。


「おいおい、なんだいその攻撃は? 子供のチャンバラごっこをしてるわけじゃないんだよ?」


 その安い挑発に、僕は忌々しく歯噛みする。


「だったらこれならどうだ!!」


《煙玉》の魔法を素早く使用し、左手に黒い玉を生成すると、地面に勢いよく叩きつける。ボン!! と玉が派手に破裂し、黒い煙幕が辺り一帯を瞬く間に覆い尽くす。


 それによって、ルシウスの姿がたちまち見えなくなる。


「……ッ! いかにも小物らしい作戦だ!」


 ルシウスは剣で円を描くようにその場で横一回転すると、周囲に立ち込めていた黒煙を一気に吹き飛ばす。

 だが僕はそれを読んでおり、すでにルシウスの左右の地面に二つの小さな魔法陣を展開させている。彼が煙幕に気を取られている隙に予め仕込んでおいたのだ。


 直後、それぞれの魔法陣から細い鎖が勢いよく飛び出すと、ルシウスの体をきつく縛り上げる。


「やった!!」


 僕は思わず声を上げる。

 だが次の瞬間、ルシウスは全身から大量の魔力を爆発させる。力強く両腕を広げ、彼の体を縛っていた鎖をいとも簡単に引きちぎる。


 ルシウスは両手でゆっくりと剣を掲げ、刀身に眩い光を集めると――


「調子に……」


 怒りの絶叫とともに剣を振り下ろす。


「乗るなーッ!!」


 地面に剣を叩きつけた瞬間、凄まじい威力を内包した光の波動がこちらに向かって飛んでくる。


「――ッ!?」


 僕は咄嗟に《暗影あんえい》のスキルを使用。これは自分の人影を操り、攻撃と防御を変幻自在に行う魔法だ。地面に映った自分の影から黒い壁がせり出し、強烈な光の塊を受け止める。

 だが、自分のレベルでは相殺できるはずもなく派手に爆発し、僕は後ろに吹っ飛ばされる。激しく何度も地面を転がり、十メートルほど離れた場所でようやく停止する。

 すぐさま起き上がろうとするが、意思に反して全身が悲鳴を上げ、まともに動くことができない。


 ルシウスはこちらに近づいてくると、僕の腹を思いきり踏みつける。


「ぐはっ!」


 肺から苦悶の吐息が絞り出される。

 場外で見守っていたリンが、堪らず声を上げる。


「やめてルシウス!! もう勝負はついてるわ!!」

「ハッハッハ!! 嫌だね!! こいつにはもっと自分の無力さを知ってもらわないと!!」


 狂ったように笑いながら、青年は何度もこちらの腹を踏みつける。もはや為す術もなく、僕は一方的に痛めつけられる。あまりの痛みと悔しさに、思わず涙がこぼれた。


 不意に、側頭部を容赦なく蹴られると、意識が暗転した。



     ◆ ◆ ◆



 ミーミー、という何かの虫の鳴き声が、心地よく耳に聞こえてくる。

 ゆっくりと目蓋を開き、僕は目が覚める。

 気づけば、自分は木にもたれかかった状態で夜の森の中にいた。周囲を見渡すが、ルシウスたちの姿はすでにどこにもなかった。


「そうか、僕は……」


 負けたのか。

 まだ自分がパーティーから追放されたことに対して、全く実感が湧かなかった。昨日まであんなに仲がよかったのに。あれは全て幻想だったのか?

 どうしてこんなことになってしまったのか。


「くそっ……」


 気づけば、無意識のうちに叫んでいた。


「くそっ!! くそっ!!」


 悔しさを抑えきれず、八つ当たりで地面を殴りつける。

 どうして僕だけこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!! 僕が何かしたのか!? 皆と持っているものが違っただけで、なんでこんな理不尽な仕打ちを受けなきゃならないんだ!! 知らず、全身の血液が沸騰するような怒りを覚える。

 パーティーを追い出されたことや勝負に負けたことよりも、自分の無力さがただただ不甲斐なかった。せめて自分に、力さえあれば。こんな不条理な世界、変えてやるのに。

 自暴自棄に陥り、拳が流血してもぐちゃぐちゃになるまで殴り続けた。何度も、何度も。

 やがてそれも疲れて立ち上がると、僕はのろのろと森の中を歩き始める。もういっそのこと、どこかで死んでもいい気分だった。今の自分には、得られる未来も希望もないのだから。


 だが、この時はまだ誰も知るよしもなかった。絶望の淵に突き落とされた少年が、のちに世界に名を轟かせるほどの偉大な暗殺者になることを――。



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