リベンジャーズ・オルタナティブ 復讐者達が集まる館で

DAi

第一章 復讐し合う者達

第一章 復讐し合う者達(1)

【一】


「おい、生き返れよ! “リヴァイバル”!」


 一人の男が、頭部に凶弾を浴びて伏していた。先程響いた銃声は、未だ耳の奥でぐわんぐわんと反響している気さえする。


 豪華絢爛なこの洋館に相応しい、ただでさえ赤いカーペットが、赤黒い血によって染まっていった。医者だの警察だの探偵だのを呼ぶまでもなく、彼が事切れているのは分かりきっていた。


 城嶋陣じょうしま じんは、ほくそ笑む加害者を無視して、倒れた男の肩に手を置いていた。そして叫んだ言葉が、“リヴァイバル”。


 陣以外にこの洋館にいる九名の視線が、なんでそんなことをしている? と言わんばかりに突き刺さってくる。だが陣は、なんら気にしていない。気付きもしない。ただただ、たった今倒れた男に向けて、そんな傷はなかったことにしてやると己が手に意識を集中していた。


 倒れた男は、この洋館で初めて会った、素性などほとんど知らぬ存在だ。ここでの彼を見ていて彼を助けたいという感情よりむしろ、嫌悪感さえあった。それでも益々手に力が入っていく。


「……はぁ」


 たぶん、そんなに力む必要などなかったのだ。けれど、陣は疲れた手をグーパーと閉じたり開いたりしながら、大きな溜息と共に立ち上がった。

 先程床に伏した彼。幼稚園児でも彼は死んだと断定出来たはずの彼には、すでに傷などない。さらに、血液が染めあげたカーペットも、これは高価なものですと主張して止まない輝きを取り戻していた。


 この洋館は、復讐をしたいと願った者と、その復讐相手が集められている。

 復讐の方法はたった一つ。殺人だ。

 この洋館では、そんな究極の選択が許されるばかりか推奨されていた。


 けれど。


 出来るのだ。死んだ人間を生き返らせることが。“リヴァイバル”と口にすることが、それを成すためのキーワードである。殺人を推奨しているのに蘇生が出来る、復讐の館。


 なんて奇妙な場所だ、と改めて陣は考える。復讐したいと思ったことはない。思われたこともないと信じている。でも、自分はここにいた。理由は分からないが、気付いたらいてしまったのだ。しかし他のプレイヤーらは、復讐をせんと目を爛々とさせているらしい。


 また溜息を吐く。今度は小さな、他の誰にも気取られないようなものだ。

 先程自分が取っていた無意識に等しい“リヴァイバル”という名の蘇生行動の中、陣は両頬をパンと叩きつつ、昨日、この洋館で目を覚ましてからのことを振り返っていた。



 なぜ自分はこんな所にいるのだろう。


 寝巻きだったはずの服装が、いつ高校のブレザーに着替えさせられたのか分からない。プリン頭になっていたはずの髪を、金髪に染め直した記憶もない。


「何でオレのカードは白紙なんだ……?」


 窓はなく、ビジネスホテルの一室をスタンドライト一つで照らしたような、ひどく暗い部屋を見回しつつ、陣はひとりごちた。ネクタイを軽く解いて首元を緩め、襟足だけ伸ばした金髪を触る。


 これ見よがしにテーブルに置かれたカードを凝視していた。“復讐カード”と左上に書かれたカードは、それ以外何も書かれていない。隣にある説明用と思しきプリントを見れば、『このゲームのプレイヤー全員に配布されたカードである。復讐したい相手がいるなら“復讐者”。復讐されんと狙われているなら“仇”と表記される』と書かれている。それなのに、陣のカードは白紙なのだ。


 つまらない冗談だと流してしまいたいのだが、ただの白いカードとプリントに書かれただけのはずの文字が、これは真実だと訴えてくる。

 ひとたびその訴えを聞いてしまえば、そのカードが白紙であるのはおかしいことだ、ならばなぜ白紙なのか、他にプレイヤーがいるような書き振りだが彼らのカードはどうなっている、という疑問ばかりが支配していった。


「まだあるのか……」


 ついにカードに手を伸ばしても、そこに変化はない。ただ、僅かばかりの風圧によりプリントがめくれ、まだ数枚あることに気付いた。


「……ざけんな」


 二枚目のプリントには、遠回しのような直接的な表現で、この場所における復讐の方法について記載があった。


 “殺しを成功させれば、大金が得られます”。


 そこに、いっさい復讐という文字はない。ただ、復讐したいと願った人間が、復讐を果たせるばかりか金まで得られるとなれば、やることなど決まっている。


「くそっ!」


 陣の目には、“殺”という文字だけが映っていた。拳を叩きつければプリントはグシャりと皺を作り、自らの手でその文字は隠れているのに、脳裏に焼きついたそれを引き剥がすことは出来ない。脳内に拳を叩き付けたり記憶を覆い隠したり出来ればいいのに、当然そんなことは叶わなかった。


 痛む拳で二枚目のプリントを丸めて隅に追いやり、同じく皺が入ってしまった三枚目と四枚目を見る。即座に踵を返し、三十分程滞在した部屋を後にして、廊下へと足を運んでいた。


 部屋の扉を閉じて気付いたが、部屋は鍵による施錠ではなく、パスワード入力で行うようだ。そのナンバーなんてどこにも書いていなかったのに、陣が突然頭に浮かんだそれを入力すれば、やはり開錠することが出来た。同時に、ああここが自分の部屋なのだ、と認識していることに気付く。


 どうやらこの場所は、やたらと大きな洋館なようだ。個室は二階に位置するらしく、廊下の窓から外を見れば、一般家庭が数軒並べられそうな広さがある中庭が見える。室内もまた、廊下の右を見ても左を見ても、陣がいた部屋と同じタイプの扉がいくつも並び、どちらに進めば良いか迷う程だった。


 この洋館では、復讐という大義名分を抱えた者と追われる者の、殺し合いが行われるらしい。もし生き残りたくば、どうすれば良いか。陣は三枚目のプリントを見て、こう考える。


 他人を殺すか、誰かを助けるか、或いは死ぬこと。


 他人を殺せばその分安全になるし、誰かを助ければ仲間になれるかもしれない。

 そして死ぬことは、決して辛い現実から逃げ出すには死ぬこと以外道がない、という意味ではない。文字通り生き残る一つの方法として考えられるのだ。


 陣はロビーを目指す。ルール説明をそこで行うと書かれていた、四枚目のプリントに従って。

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