2 Fright Mask


「以上が、彼に関する記録です」


ステラはパソコンの録画映像を閉じた。

淡いピンク色のパーカを着ているジルダ・フェルミは渋い表情を浮かべた。


柔らかそうな金髪のショートボブに派手なメイクは、いかにも遊び人といった風貌だった。ただし、アクセサリー類は一切身につけていない。


ジルダは関東方面にある武器開発を行っている企業に所属している。

日夜、研究に熱を注いでおり、退魔師相手に武器の売買を行っている。


本日は狩人同盟シオケムリ支部に新しい武器を売りに来た。

営業ついでに、何かヒントをもらえないかとステラは動画を見せていた。


先月から現れ始めた、処刑屋を名乗る男である。

河川敷のグラウンドで毎晩、人を呼んで殺害しているというのだ。


『彼に頼めば、絶対に殺してくれる』という噂で、ネットは持ちきりだった。

ステラが見せた動画も、あらかじめ仕込んだカメラでもって撮影されたものだ。


彼がいたらしい場所に行っても、証拠らしい物は一つも残されていない。

あまりにも綺麗に片付けられていることから、犯行は彼一人で行っていることではないことは明らかだった。


「想像以上にヤバいわね、この魔法。『送りバント』だっけ?」


「ええ。一般人には魔法ではなく、スキルと呼ばれているらしいです。

現在得られる情報によれば、彼が持つ何かを代償にして、自身の願いをひとつだけ叶えるというものです」


「それで、依頼人からも多額の報酬もらってんでしょ? 

湯水のように使うとは、まさにこのことかしら。羨ましい限りね」


その通りだ。報酬金を代償にしてしまえば、いくらでも人殺しができてしまう。

それが彼の魔法の恐ろしいところだった。


恨みつらみを持たない人間などいない。

例え少額であったとしても、何人も殺害していくうちに数えきれない額になる。


報酬金を代償に、人を殺す。また別の依頼を受けて、確実に人を処分する。

何度も繰り返し、無限にループしてしまうのだ。

その構造がすでに、できあがってしまっているのも問題だった。


退魔師は彼に対する策がなく、放置しているのが現状だった。


そう、狩人同盟だけじゃない。

シオケムリ全体の退魔師、退魔百家や封印の騎士団、その他諸々の団体に所属する退魔師たちは彼に対して、打つ手がなかった。


彼の使う魔法に対する術がないのである。

処刑屋に関する情報が少なすぎることもあり、対策が立てられないのだ。


「まあ、1日に1人しか殺害しないってのが、救いって言っちゃ救いなんですがね」


「それは宗教的な意味を持たせるために、わざとやってるんじゃないの?」


まさにその通りだ。儀式のような意味合いを持たせているようにも見える。

彼の行う殺人行為を神格化するために、制限をつけているようにも思えるのだ。


「何騒いでんの?」


会議室の扉からモモが顔をのぞかせる。

歩き辛そうな厚底ブーツ、黒と白のボーダー柄のシャツを着ていた。

今はゆるい服装を着ていても、立派な狩人の一人だ。


「あら、ずいぶんと可愛い子がいるじゃないの」


先ほどの真剣な声音とは一転して、猫でも可愛がるようなそれになる。

逃げ出そうとしたモモを追いかけ、飛びついた。

厚底ブーツで身長を盛っているとはいえ、ジルダの背丈には遠く及ばない。


「こんな小さいのに、えらいわねえ」


強引に部屋の中に連れ込み、彼女の頭をわしゃわしゃと撫で始める。

まるで大型犬の飼い主みたいだ。


「私、武器商人のジルダ・フェルミよ。

よろしくね、小さな狩人さん」


「武器商人? 何でうちに?」


どうにか離れようとして、抵抗している。

しかし、体格差で負けてしまっており、逃げられそうにない。


「感謝しなさいよ。

彼女たちがいるから、ウチらは戦えるんだからね?

扱いは丁寧に、丁重にお願いね」


「そこまでお願いしなくても、大丈夫よ。

なんだ、こんな子がいるんだったら、もっと早く教えてよ」


モモは嫌な表情を浮かべたまま、好き放題にされていた。

抵抗しても無駄なことを悟ったらしい。


「それにしても、本当に可愛い~。持ち帰りたいくらい」


「テイクアウトお断り」


「あらそう、残念ね」


彼女はそう言いながら、モモから手を放す。

解放された瞬間、ステラが座っている椅子の後ろに隠れた。


風呂上りの猫のような素早さだ。


「うちは男ばっかりで……むさ苦しくてしょうがないのよ」


「それなら、高嶺の花にでもなればいいじゃない」


「紅一点であることには違いないけどね。

高嶺の花になるより、可愛い花を愛でたいの」


「それなら、大人しくガーデニングでもしててよ……」


強気な彼女にしては珍しく、情けない声を上げた。


「こっちのほうでも、処刑屋さんについて探してみるわ。

ヒントになりそうなことがあったらまた来るね」


「ええ、お願いします」


「小さな狩人さんも、また今度ね~」


ジルダは手を振りながら、部屋を出て行った。

姿が見えなくなると、後ろで隠れていたモモはゆっくりと立ち上がった。


「……本当に死ぬかと思った。

武器商人って、あんな人ばっかりなの?」


「そのセリフ、君にだけは言われたくないんじゃないかなあ」


ステラはため息をついた。





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