5|始まった非日常
5|始まった非日常①
雷奈たちがフィライン・エデンと出会って、ちょうど一週間がたった。
アワたちの当初の計画通りであれば、もうこの時には一緒に登校しているはずであった。それが叶っていないのは、氷架璃がパートナー関係の締結を拒んだからに他ならない。とはいえ、その氷架璃の拒否姿勢も揺らいできていた。自分はなぜそこまで意地になっているのだろうか、と疑問にまで思えてきていた。
フィライン・エデンの住人は悪いものではない。むしろ好意を示している。関わるのも悪くない――と思った矢先。
「やっぱ嫌だ! フィライン・エデンはろくなことないわ! 待てこらーっ!」
叫び倒しつつ、雷奈や芽華実ともども猛ダッシュ。なんのことはない、またしても、クロに鞄を奪われたのだ。
「なして氷架璃ばっかり狙われるとかねー?」
「クッキー入れてたのバレたかな……!?」
「氷架璃ってば……」
クロが角を曲がり、三人の視界から消えた。このままでは見失う、と焦りながら走った彼女らは、曲がり角から水しぶきが上がるのを見た。デジャヴを覚えながら追いついたそこには、水たまりと、伸びたクロと、鞄を手に呆れ顔の人間姿のアワがいた。そばに、白猫姿のフーもいる。
「氷架璃ってば、まーた鞄とられたの?」
「うっさい」
アワの手から鞄をひったくり、氷架璃は唇を尖らせた。
「あんたらに関わったせいでこうなってんのよ?」
「関わったせい、か。どうかな。ボクたちがアプローチしなかったとしても、ワープフープが見える体質になったその時から、もう狙われる運命だったかもよ」
「じゃあ言い方を変える。全部フィライン・エデンのせいだ」
「そんな……」
悲痛な顔をしたアワの目が、直後、ハッと開かれた。
「氷架璃、後ろ!」
「は?」
「イタダキ」
アワの注意喚起もむなしく、肩に担いだ氷架璃の鞄は、復活したクロによって奪い取られた。
「はあああ!? なんでまた!?」
「氷架璃、君、彼らに恨まれるようなことしたの……?」
「してないわ! くっそー、なんで私ばっかり!」
吐き捨てると、氷架璃は再びクロを追い始めた。クロは次の辻まで走っていく。
「っていうか……猫の力でやすやすと鞄とられるって、どんな不用意な持ち方しとーと?」
「そう言わないであげて、雷奈。クロは意外と力が強いのよ。あら、でも今回は追いつきそう」
フーの言葉通り、ちょうど氷架璃がクロに飛びつくところだった。じたばたと暴れるクロから、鞄を取り返す氷架璃。ざまあみろと笑った彼女に……ふいに、影がかかる。
「え?」
「まずい! 跳ねろ、水砲ッ!」
アワはとっさに指で刀印をつくり、術を発動。水の球が氷架璃の頭の上を通過し、“それ”にぶつかった。氷架璃に影をかけている“それ”を見て、雷奈がつぶやいた。
「な……なんね、あれ」
一見、クロのように見える。しかし、その大きさは一回りも二回りも……それ以上に大きく、高さは二メートルほどにも及んでいた。三角耳と尾が、かろうじてその存在を猫らしいものに見せているが、もはや手足はなく、スライムのような不定形の化け物だ。それはアワの水砲をものともしない。
アワが舌打ちした。
「ダークまで人間界に現れたか……! 氷架璃、早く戻って!」
「お、おう!」
クロから鞄を奪還した氷架璃は、すぐにダークから離れて雷奈たちのもとへ駆け寄ってくる。
しかし、その後ろで、ダークのスライムのような体から、突如として二本の触手が伸びた。触手は氷架璃めがけて勢いよく飛んでくる。クロの逃げ足とは比べ物にならない速度。首だけひねって己の絶体絶命を悟った氷架璃は、
「……っ、た……!」
――ドンと突き飛ばされると同時に、肉がえぐられる音と苦悶の声を聞いた。
受け身に失敗して地面を転がった氷架璃が目にしたのは、右腕から血を流して倒れたアワの姿。
「アワ!?」
「気にしないで! フー、今だ!」
ダークの体に、次々と風の刃が叩き込まれる。先日、クロが雷奈に放ったものと同じだ。
「こ、これで……!」
「まだよ、芽華実! これで仕留められる相手じゃないわ! 今のうちに逃げるわよ!」
言うや否や、フーはダークとは反対方向へと走っていく。芽華実と雷奈も後に続き、
「行こう、氷架璃」
立ち上がったアワに促され、氷架璃もその場を立ち去った。
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