4|くすぶるものは炎か、あるいは③
***
「これが、神社……」
「前に、フィライン・エデンでの神は君臨者ってやつだって聞いてさ。こっちと宗教観が違うなら、神社もないだろうなって思ったんだ。やっぱり、そっちにはこういうの、ないんだ?」
「ねえな。ここは人間界の神にまつわるところなんだな?」
「そ。神様を祀ってるところで、雷奈の今の住居」
「ああ、選ばれてない選ばれし人間か」
「あの子そんな風に呼ばれてんの?」
その雷奈は、今日は巫女として働いているはずだ。鳥居の正面からは見えないので、もっと奥で助勤しているのだろう。
当然物珍しいファイとリンは、鳥居を見上げながら無造作に参道へと足を踏み出していく。それを見とがめた氷架璃が、声を上げた。
「こら、不届き者」
「なんだ?」
「参道の真ん中は神様の通り道! ちゃんと端っこを歩かないと、神様に失礼だぞ」
「……あ?」
リンは端を歩いている。しかし、リンの隣を歩くファイは、ほぼ正中の域に足を踏み込んでしまっていた。
「オレ……人間界の神とやらに失礼を働いているのか?」
「働いてるね」
「失礼を働くと、どうなるんだ……?」
意外にも不安そうな顔をするものだから、少しからかいたくなった氷架璃は、「取って食われる」と答えた。
「取って……食われる……?」
「そう」
直後、
「うがあああ!」
「なんで火を出すー!?」
「上等だ! 食えるもんなら食ってみやがれ、神公! どんな相手だろうと燃やしてやる! 神がどれだけのものだあああ!」
不良に出した火力の比ではない。右手から噴き出す炎は氷架璃の半身ほどの大きさになり、参道脇の木の枝に触れるか否かというほどだ。
「ちょ、やめんか、火事になる!」
「知るか! 神はどこだ! 正々堂々勝負し……」
「だらっしゃあああああ!」
突如としてファイに水が降りかかり、瞬く間に鎮火した。ファイごと水をかぶったため、放火魔未遂の気概も鎮火された。
そこへ、雄たけびとともに水をぶっかけた勇者が怒鳴り散らす。
「なんばやっとーとか、このたわけ! 放火っちゃか!?」
勢いよく九州弁でたたみかける勇者・巫女雷奈。手にしたバケツで、膝をついたファイの頭をぶん殴らんばかりの苛烈さである。どうやら、上がった炎を遠目に発見して駆けつけた模様。
「って、氷架璃?」
「よ、お勤めご苦労さん、雷奈」
「む? 雷奈だと?」
起き上がったびしょ濡れファイは、小さな巫女の姿を見て、
「お前が三人目の……」
「三人目? もしかして……」
「ご名答。この二人、フィライン・エデンからわざわざデートに来たカップルだよ」
雷奈と、彼女についてきた芽華実――たまたま神社におすそわけに来ていたらしい――に、氷架璃はファイとリンを紹介した。
「よろしく、二人とも。それにしても、驚いたわ。いきなり参道で炎が上がるんですもの」
「芽華実が発見してくれたけん、消火できたばってん……ファイ、なして火出したと?」
「だってよ、オレが道の真ん中を歩いたら……」
かくかくしかじか、ファイがわけを話すと、だからと言って炎を出すな、と雷奈に説教された。ついでに、取って食われるなんて嘘を教えるな、と氷架璃も説教された。
「まったく……。というか、前から思っとったけど、アワの水とか、ファイの炎とか、どっから出とると? どういう仕組み?」
「なんだと、アワは正統後継者のくせにそんなことも話していなかったのか?」
ファイはやれやれと嘆息し、
「大気中のアレをコレしてそーするんだよ」
「あーそっか。アレをコレしてそーするんだな。なるほどわからん。リン、翻訳してくれ」
「え、えっと……」
氷架璃に話を振られ、リンはどぎまぎしながらも、
「あのね、この空気中に『源子』っていう、精霊っていうか、魂みたいなのがあるの。それは君臨者様が振りまいてくれるのよ。それに指示を出して、水や炎を出しているの」
「それは人間界にもあると?」
「ええ、君臨者様は、フィライン・エデンとも別の次元にいて、全パラレルワールドに源子を与えているわ。そこに、水猫なら水の指示を、炎猫なら炎の指示を出して、術を使う。普通に水や炎を出すだけなら、簡単だから頭の中で命じるだけでいいんだけど、術の形にしようと思ったら、詠唱とか言霊が必要ね」
「呪文みたいなもんか」
「そうそう」
「なるほど、よくわかった! ありがとう、リン!」
「な? オレが言ったとおりだろ?」
「あんたの説明のどこをこねて蒸してひっくり返せば言ったとおりになるんだよ」
「……美楓芽華実、こいつは一体何を言っているんだ?」
「待てこら! 頭の悪いヤツに向ける目で私を見るんじゃない!」
急ににぎやかになった参道に、雷奈が困り顔で頭をかいていると、リンがその袖を引っ張った。
「うん? どうしたと?」
「雷奈、ごめんなさい、お手洗いを貸してもらってもいいかしら?」
「うん、こっちばい」
まだ論争を続けている氷架璃とファイを一瞥して、雷奈はリンを連れて境内のほうへ向かった。
リンの姿がないことにファイが気付いたのは、話がひと段落してからである。
「あ? おい、リンはどこ行った?」
「雷奈もいないな。トイレにでも行ったんじゃないの?」
「そうか……ん?」
ファイが境内のほうへ目を向けた。
「なんだか、やけにドタドタした足音がするな」
「え? 足音なんて聞こえる?」
「オレたちは猫だから、耳がいいんだよ。ジャンプ力とかも猫並みだぞ、人間姿でもな」
「へえ、そういうもんなのか。……お、私にも聞こえてきた。誰が走って……」
氷架璃と芽華実も視線を投じた先、白衣に緋袴の雷奈が、リンを引きずるようにして猪突猛進してきていた。
「え、雷奈、どうし……」
尋ねる氷架璃の横をすり抜けてどこかへ走り去っていく。その後から、
「ウマソウ」
「イイニオイ」
「マルカジリ」
――三匹のクロが、同じくらいのスピードで追っていった。
「今のって!」
「やべえ、クロだ!」
「追うぞ、てめえら!」
走り出したファイに、氷架璃と芽華実も続いた。
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