183.爆裂森林ウォーカー
森林にはびこる静寂を、突如響き渡る爆発音が吹き散らす。
「ううっ!」
「さあさあ避けねえと死んじまうぜ!」
大柄なカゲロウのさらに二倍はありそうな斧。
とてつもない重量感を感じさせるその武器を叩きつけると、そのたびに大爆発が巻き起こる。
攻撃のひとつひとつは大ぶりだから避けられる。しかし爆発という広範囲をカバーする追撃までは対処しきれない。
直撃までは行かずとも爆風を食らってしまうので、全身が焦げ臭くなっているような錯覚がする。
(地上にいたらだめだ、避けても斧が地面に当たって爆発しちゃう……!)
吹っ飛んで地面を転がったミサキはすぐさま立ち上がり、手近な木を駆けのぼり枝の上に乗る。
そのまま近くにある木へと飛び移り続け、かく乱を始めた。
「鬼ごっこ再開かァ!? どっちでも構わないぜ――だったらこの森を更地にするだけだからな!」
その言葉通り力任せに振るわれた斧が木に直撃すると、爆発によって木っ端みじんに吹き飛ばされた。
「うーわー……」
その光景に引きつつ背を向けて別の木に飛び移ると、爆発音が追いかけてくる。
カゲロウの言ったことが実現不可能だと指摘しようとしたが、やめた。
このゲームのオブジェクトは破壊可能なものとそうでないものに分かれている。この森林エリアを席巻している木々についてもそうだ。
亀裂が入っているものは破壊できるが、そうでない木は傷ひとつつかない。
だから――――
「お? なんだこれ壊れねえ」
振り返ると、がつんがつんと斧をぶつけてもびくともしない木とにらめっこするカゲロウの姿が見えた。
意外と知らないプレイヤーの多い仕様だが、彼も例外ではなかったらしい。
とにかくこれで足場が無くなることはない。
だがこれと言った攻略法も見つからないので、思いつくまで逃げの一手だ。
正直真っ向からぶつかっても負けるとは思わないが、あのパワーと攻撃範囲が相手では事故が起きる可能性が高い。
厄介な武器を作ってくれて、と一足先にアトリエへと帰ったフランへ理不尽な文句を呟く。
ひたすら逃げてグランドスキルが発動可能になるまで待つという考えも一瞬頭をよぎったが、あまり頼りきりにはできない。
確かに極めて強力で、バトルを終わらせる力を持ったスキルだが外した時のリスクが甚大だ。
カンナギのものと同じように、ミサキのグランドスキル【ビッグバン】にも長大な技後硬直がある。
そしてカンナギの【ケラウノス】と違うのは、追尾性能が備わっていないという点だ。
要するに当てるのは自力で無くてはならない。だから仮に使うとしても相手が体勢を崩した時になるだろう。
少なくともこの状況では使用可能になったとしても使えない。
「何とか隙を見て攻撃できれば――――」
「壊れねえとなると追いかけっこにも限界があんな。だったら…………」
カゲロウはおもむろに斧を肩に乗せて構えると、赤いオーラを纏う。
あたりが揺れ始め、ミサキが危機感からその場を離れようとした直前、
「【
閃光。
同時に音が消えた。
先ほどまでとは桁違いの爆発が起こったと理解したのは、地面へ叩きつけられた後だった。
「……げほ、ひっどいな……!」
あまりにも力任せの力押し。しかしそれが何より強力だ。
斧の着弾地点を中心に広がった爆発は、樹上のミサキを簡単に吹き飛ばしてしまった。
同時に周囲の破壊可能な木もすべて跡形もなく消し去られている。
「おーおー随分と視界良好になったじゃねえか。お前もそう思うだろ?」
ざ、と土を踏みしめる音。
うつぶせの状態で何とか見上げると、カゲロウがすぐそばで見下ろしていた。
「意外と簡単だったな。じゃあ――これで終わりだ!」
勝利宣言と共に、巨大な斧がギロチンのごとく振り下ろされた。
「……っ!」
広範囲攻撃が苦手だというのは、タッグトーナメントにおける双子との試合でも感じたことだ。
速くてもかわしきれないから耐久の低いミサキは受けきれない。
それが前提。
しかし本当に回避が不可能なのか、と問われれば。
そんなわけない、とミサキは言う。
『終焉の偶像』が使ってきた、本当の意味での全体攻撃スキルなら話は別だが、少なくとも今相対しているカゲロウの爆破斧に関してはそうではない。
確かに爆風の範囲は膨大で、これを連打されているだけで近づくことすら難しい。
斧の着弾地点から全方位に広がる攻撃範囲は距離を取らねば回避できない。
ただ。
(死角は――ある!)
ミサキの目はそれを捉えていた。
ただひとつの抜け道。
「オラアアアッ!」
カゲロウの咆哮を背中に浴びながら、ミサキは倒れたまま地面を蹴る。
クラウチングスタートというには低すぎる体勢から、まるでカタパルトから射出されるように駆け出した。
地面すれすれを滑る小柄な身体は大柄なカゲロウの股下を簡単にすり抜ける。
「無駄だぜ! 全方位をふっとばす爆発から逃げられるやつなんて存在しねえ!」
直後、斧は地面を叩き何度目かの大爆発を巻き起こした。
半径にして3メートル。いかにミサキと言えども範囲外へ逃げるのは不可能だ。
「がっ!?」
後頭部に衝撃。
予想外の出来事に受け身も取れず地面へ転がったカゲロウは、混乱しつつもあたりを見回す。
「いたね、ここに。”逃げられるやつ”」
背後。
上段蹴りの体勢で止まっていたミサキはその脚をゆっくりと下げる。
嘘だろ、と声が漏れる。
ミサキの立っているのはさっきカゲロウが斧を振り下ろした地点のすぐそばだ。
その場所はどう考えても爆発範囲内のはずなのに。
「ど……どういうことだ」
「何度か爆発見て思ったんだよね。あなた自身は爆発に巻き込まれてないなって」
当然のことではあるが、自分の攻撃は自分には当たらないようになっている。
ミサキが見極めたかったのはそれがどういう判定で無効になっているか。
すり抜けるのか、遮られるのか。
今回の場合は後者だったらしい。
「だから風よけにさせてもらったんだ」
つまりカゲロウの爆発は、カゲロウの身体に当たった部分だけ消えるようになっている。
だからミサキは彼のすぐ背後に入ることで爆発を回避した。
ただひとつの死角。
「……ハッ! だったら死角に入られないようにすればいいだけだろうが!」
立ち上がり、再び斧を構えるカゲロウ。
それに対しミサキは衛星のように至近距離をぐるぐると駆け回る。
「ちょこまかと……オラァ!」
周囲を走るミサキに攻撃を当てるのは難しい。
それに対しカゲロウが取った行動は、横薙ぎに斧を振るうというものだった。
それは正解だ。
ただし、相手がミサキで無ければ。
「ふっ」
とん、と軽やかに小さな身体が宙を舞う。
空中を横滑りする斧を飛び越えカゲロウの真上へと飛び上がった。
「な――――」
斧は空を切る。
そう――何にも当たらず、よって爆発が起きることもない。
それに気づいた時にはもう遅かった。
カゲロウの斧を振り下ろす攻撃は厄介だ。
なにせ斧自体を避けても地面にぶつかることで爆発が起こり、回避しきれない。
だから正面から軸を外し続けることで薙ぎ払いを誘発した。
「イグナイト」
呟くミサキの右腕に蒼炎が灯る。
その手を固く握りしめ、照準をカゲロウの脳天へ。
「待――――」
「待たない!」
ドゴン!! という鈍い轟音が鳴り響き、手から斧が滑り落ちる。
音もなくミサキが着地すると、同時にカゲロウは膝から崩れ落ちた。
そのHPはゼロに達している。
「この俺が……負けるのか……」
「えへ。ぶい!」
満面の笑みでピースサインをちょきちょきすると、カゲロウは観念したような笑みを浮かべてタウンへ転送された。
さて次は……と次の相手に思いを馳せて、そういえば姿を見ないなと思い至る。
見当違いの場所を探しているのか、それとも――と時雨を探そうと歩き出した。
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