181.炎と雨
前回までのあらすじ:フランの誕生日が決定した。ミサキの一存で。
「ということで」
「なにがということでなのか分からないけど……」
「何か欲しいものとかない?」
苦笑するフランをスルーして尋ねる。
いつもお世話になっているミサキはお返しがしたかった……というのが本題だ。
別に誕生日でなくても良かったのだが――――
(なんか改まってそういうことやるの恥ずかしいし……)
などと日和っている。
普段からわりと恥ずかしいことを言ったり言われたりしているはずなのだが、本人に自覚はない。
「…………んー」
「なんでもいいよ、なんでも」
唇に指を当てて思案するフラン。
彼女はなんだかんだがめついというか欲にストレートなので貰えるものは躊躇いなく貰っておくタイプの人間だ。
だからこう言えば遠慮はしないだろう――という目論見である。
「特にないわね」
「え」
しかし返ってきたのは意外な答えだった。
あのフランが何も求めないとは。それこそ天地がひっくり返るような事態だ。
「ど、どうしたの? 風邪でも引いた?」
「失礼ね。そういうときくらいあるわよあたしだって」
「そうかもだけど……いやどうかな……」
こんな時に限ってそんなことを言わなくてもいいのに、と口には出さず唇を尖らせる。
間が悪い。いつもならあれとって来て、あそこついて来て、あいつ倒すの手伝って――とわりと好き放題言ってくるのに。
……こんなふうに言うと下僕か何かのようだが、もちろんミサキはそれを受け入れているし、特に苦でもない。遊びの範疇だ。
問題なのは、ミサキからアプローチしようとした今に限って欲しがらなくなったということだ。
しかし露骨に不満げなミサキを見て何か思うところでもあったのか、フランはうーんと考え込み、
「じゃあ気分転換にどこか付き合って貰おうかしら」
「……それくらいいつでも行くよ。他に何か考えてて」
「はいはい。……もう、急に変なこと言うんだから」
杖を手に取ったフランは「なんだかお腹がいっぱいなの」と呟いた。
そりゃあパイ食べたらそうなるでしょ、と呆れるミサキだったが、それを口にすることは無かった。
ドアを開き、陽光を受ける彼女の横顔が――どうしてか、あまりに儚く綺麗に見えて。
何も言えなくなってしまったのだ。
この子はいったいいきなり何を言い出すのか。
森林エリアをミサキと歩きながら、フランはそんなことを考えていた。
「ねえ、それどうにかなんないの?」
「《ドーナツ影》のこと? これがないと敵が寄って来て鬱陶しいんだもの」
フランが手に持っているのは真っ黒な輪状のアイテムで、そこから黒い霧のようなものがもくもくと出てくる。
これはモンスターを近寄らせないようにする効果がある。森林エリアは雑魚敵の出現頻度が高めなのでこうでもしないと数分ごとに戦闘が始まってしまい、おちおち散歩もしていられない。
逆に言えば《ドーナツ影》さえあれば安全ではある。ちなみに以前エルダが使っていた《誘牙香》とは真逆の効果だ。
自分で作った安全な道を歩きながらフランは隣でとてとて歩く少女を盗み見る。
今日は少し様子が変だった。変というか不自然というか……。
やたらプレゼントにこだわっていたような気がする。
急にどうしたの、などと聞けばどうせはぐらかすだろうから泳がせておくことにしたが。
欲しいものはないわけではない。つまり、ある。
しかし、なぜか”それ”を手に入れることを拒んでしまった。
どうしてかはわからない。だが”それ”を手に入れてしまえば――何かが終わってしまうような気がして言えなかった。
ここのところ変なアイテムばかり作っているのもそうだ。
言ってしまえば逃避のようなもので……とフランが煩悶していると、遠くから言い争うような声が聞こえてきた。
「何かしら」
「行ってみよう」
「あ、ちょっと!」
言うやいなや走り出すミサキ。
放っておけばいいのに……とは思うが、行ってしまったものは仕方がない。
どうせ走る速さには差があるのでゆっくりと後を追うことにした。
「このダンジョンは僕らが先に見つけたんだ」
「いーや違うね! 俺たちが先だ」
いがみ合っているのは十数人程度の二つの集団だった。
森の広場にぽつんと立っているダンジョンの扉の前で言い争う二人はそれぞれのリーダーだろうか。
片方は赤褐色っぽい衣装で統一し、もう片方は群青色の衣装。どこか対称的な二つの勢力が、ダンジョンの入場権を争っているようだ。
確かにあの人数だと両方が入るのは無理だろう。各ダンジョンには入場回数と入場人数の制限が設けられているからだ。
赤褐色の集団のリーダーは逆立ったツンツン髪が特徴的な粗暴そうな男。
群青色の集団のリーダーはさらさらの黒髪にシャープな眼鏡の神経質そうな男。
「カゲロウ、お前はいつもそうだな。ろくに考えもせず自分の意見を押し付けてばかりだ……」
「ああ!? お前だって理屈こねてばっかじゃねーかよ時雨!」
二人はカゲロウと時雨というらしい。歳は大学生くらいだろうか。
ミサキは彼らが争っている様子を木の陰から窺っていた。
止めるべきか放っておくべきか――迷っているとフランが追い付いてきた。
「ほら、あれ見てよフラン」
「はあっ、ミサキ速すぎよ……ああ、あのギルドね。まーた喧嘩してる」
「知ってるの?」
ミサキが尋ねると、むしろなんで知らないのよと呆れ顔。
彼らはギルド『炎パイア』と『ハイドレイン』。それなりに名の知れたギルドで人気も高いのだが、仲の悪さでよく知られている。
仲が悪いと言ってもそれはリーダー間のみの話で、メンバー自体はそれなりに関係は良好らしい。
それを知った上で見てみると、なるほどリーダーの後ろの彼らは呆れ顔だ。勘弁してくれ、とでも言いたそうな。
フランはアトリエに来た客と雑談することも多く、そこからこの世界の情勢を知ることが多いらしい。
なんでもミサキが知らないだけでギルド同士の派閥争いなども活発に行われているのだとか。
無所属のミサキには縁のない話だ。そういえばスズリのいる『ユグドラシル』はどういった位置づけなのだろう――と考えていると。
「何だとてめえ! 表出ろ!」
「もう表だろう、この馬鹿!」
カゲロウと時雨の言い争いがヒートアップしてきたのか、お互いに胸倉をつかみ始める。
もういつ殴り合い……というかこのゲームという場所においては殺し合いに発展しかねない。
「行かないと……!」
「あっ、ちょっとミサキ! ああもう……」
「ちょっと待ったー!」
手をぶんぶん振って駆け寄ると、二人はお互いを掴んだ手をパッと離した。
それを見て胸をなで下ろしながらミサキは二つのギルドの間に入る。
「ま、まあまあ、喧嘩は良くないよ。なんか両方が納得できる方法でどっちがダンジョンに入るか決めるとかさ……」
「あん? お前……」
「ミサキか?」
「あれ、わたしのこと知ってるの?」
きょとんと首を傾げるミサキに、二人は顔を見合わせた。
「そりゃあ知ってるだろうよ。有名人だぜー、お前」
「こいつと同感なのは腹立たしいが……まあ、知らない方がおかしいな」
「そ、そうなんだ」
ミサキの方は向こうのことを知らなかったので一抹の罪悪感がよぎる。
「いやいやちがうちがう、そうじゃなくて……」
「あのー、ミサキさん? リーダーたちの喧嘩はいつものことなんで気にしないでいいっすよ」
「そうそう。触らぬ神に祟りなしっす」
ミサキがかぶりを振っていると、双方のギルドメンバーらしきプレイヤーが話しかけてきた。
彼らはもうリーダー同士の争いは諦めているらしい。
「んー、でも毎回こんなことばっかりしてたらいつか本格的に仲違いしちゃうんじゃないかな……」
「そんなに気にしてくれんならミサキ……お前が決めるってのはどうだ?」
「え?」
「お前にしてはいい案だな。彼女になら委ねても構わないだろう」
「え? え?」
何やら雲行きが怪しくなってきた。
それはつまり、どちらかのギルドに味方せよということだろうか。
どっちに味方しても禍根を残しそうだ……。
だらだらと汗を垂らしそうな気分になっていると、後ろからフランの足音が聞こえてきた。
「おう、フランじゃねえか。お前もいたのか。この前武器作ってくれてサンキュな!」
「フランか。また機会があれば僕の武器も頼む」
「顔なじみ?」
「ええ。たまに依頼しに来るのよ」
本当に人気になったんだな、と改めて実感する。
そのうち全プレイヤーの武器がメイドインフランになるのではないだろうか――などと。
ありえないことだが。
「そうだ、いいこと思いついたぜ」
赤褐色のツンツン頭――カゲロウが得意げに笑う。
快活で人好きのする笑顔なのにどうしてだろうか、ミサキは嫌な予感を敏感に感じ取っていた。
「俺、前からミサキと戦ってみたかったんだよな。だから俺と時雨で、先にミサキを倒した方の勝ちってのはどうだ?」
「ええ!? そんなめちゃくちゃな……」
「面白い。いいだろう」
「なんでーーっ!?」
脳筋っぽい(失礼)カゲロウの方はともかくとして、時雨の方は冷静な判断をしてくれると思っていたのに。
ミサキはこの時まだ気づいていなかったが、クールっぽいだけでカゲロウと同レベルの喧嘩を何度も繰り広げている時雨は、似たもの同士だったのだ。
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