第十章 群体闘争劇
180.誕生エンカウント
いつものように帰宅――というか帰寮した神谷は自室のベッドに横たわる。
意外にきっちりしている彼女はすでに部屋着に着替え済み、制服もハンガーにかけ、もうリラックス状態である。
やることと言えば夕飯の用意くらいだが、そちらもおおむね登校前に済ませているので大して時間はかからない。
「…………」
こうしてぼーっと宙空を眺めていると、どうしてわたしがごはん係になったんだっけ、と益体もないことを考え始める。
どうしても何も自分が始めたことではあるのだが。
この寮では食事は各自で用意することになっている。
大きな冷蔵庫やキッチンなどはあるが、それを活用している者は現在神谷しかいない。
なので食材の買い出しはだいたい神谷がするし(時々園田たちや寮長が行ってくれる時もある)、基本的に管理も一人でしている。
食事を作っているとは言っても、さすがに十数人いる寮生全員のものを用意しているわけではない。
仲のいい園田、アカネ、幼馴染の光空くらいだ。
他の寮生とは大して交流はない。用事があったり話しかけられれば会話することもあるくらいだろうか。
ただ、夜食を『はやいものがち』というメモを添えて冷蔵庫に常備するようにはしている。
別に何かの意図があるわけではなく、趣味だ。神谷は料理が好きなので手遊びに作ることがある。
それでも、たまにそれを食べたらしき寮生からお礼を言われることがある。
そんな時、作って良かったなあと温かい気持ちになるのだ。
誰かのためになれること。
そういう意図があろうがなかろうが、それは嬉しい。
「フランもこんな気持ちなのかなあ」
ふと彼女のことを思いだした。
『アストラル・アリーナ』では相棒という関係のフラン。
リアルのことはわからないが、ゲーム開始当初から大半の時間を共に過ごしている。
そんなフランについて最近思うことがある。特にタッグトーナメントを終えてから。
自分は、ちょっとお世話になりすぎではないだろうか、と。
それは精神的にも、ゲーム的にも。
グランドスキル習得クエストにだって当然のごとく着いてきてくれたし、それに必要なクレジットも出してくれたし、そもそもミサキの装備だって今では全身彼女が作ったもので構成されている。
落ち込めば寄り添ってくれる。背中を押してくれる。尻を叩いてくれる。
知り合ったばかりの頃こそ振り回されることが多かったが、今では唯一無二の関係だ。
もちろんミサキもあぐらを掻いているわけではなく、素材集めやボス戦を手伝うなどしてアトリエ運営の手助けをしている。
ただそれで足りるのか? という疑念は残る。
友人関係なのだから損得は抜きにしたっていいだろうとは思うが、限度はある。
そして
だからどうにかして恩を返したいと思った。
「とりあえず行こう」
テーブルに置かれたVRゴーグルを手に取り頭に着ける。
そのまま仰向けになり「アクセス」と呟くと、神谷の五感は吹き飛んだ。
一瞬の空白のあと、全ての感覚が戻ってくる。
リアルから精神を移したアバターの感触にも、もうずいぶんと慣れてしまった。
勝手は違うが、もう現実と遜色ない程度にはこの身体を使いこなせているのではないだろうか。
目の前に広がるのは石造りの街並み。
夕方ということもあり人通りはそれなりに多い。そんな人々の視線をにわかに集めつつ、ミサキは無意識に歩き出す。
もうほとんどルーチンワークになってしまっている行動を――そう、アトリエへと足を運ぶ。
「おっすー」
勝手知ったる我が家といった調子でアトリエに足を踏み入れると、フランは何やら調合しながらパイを齧っていた。
それを急いで飲み込むと、
「んぐ、いらっしゃい」
「何食べてるの?」
「《爆弾パイ》」
「爆発するの? それ大丈夫……?」
「ちがうちがう、爆発的に美味しいからばくだぶはぁっ!?」
爆発した。
ちゅどーん、という、今どきギャグ漫画でも聞かないような効果音を鳴らしてフランの腹が爆発した。
これが現実だったらかなりスプラッタな光景が展開されたのではないだろうか――などと悠長に考えていると、目の前でばったりとフランが倒れた。
「ええー!? 何やってんの大丈夫じゃないじゃんばか!」
「げふっ……だ、大丈夫よ、なんとか生きてる……」
いや、生きてはいるが。
ホームタウン内で自死しかけたプレイヤーなんてフランくらいじゃないだろうか。
何が彼女を変えてしまったのか、ここのところフランはトンチキアイテムの開発ばかりしている。
特にパイ系のアイテムを多く作っているらしく、昨日は《命のパイ》という、自我を持ったパイに逆に食いつかれていた。
天才とバカは紙一重と言うが、あれは正しかったのかもしれない……とフランの惨状を見て苦笑いした。
「最近どうしたの? 変なアイテムばっか作って」
「……これも必要なことなのよ……」
気まずそうに顔を逸らすフランに、まあフランがそう言うならそうなのかも、と納得する。
それよりも聞くべきことがあった。
「フランって……ええと、誕生日いつ?」
考えた末に回り道をすることにした。
恩を返すと言うと大仰だが、なにかプレゼントのひとつでもできればと思ったのだ。
しかしその質問を受けたフランはゆっくりと立ち上がったかと思うと、首を傾げる。
口元に手を当て、何やら考え込んだ後、
「……いつだったかしら。ちょっと覚えてないわ」
「え。誕生日だよ?」
素で驚いてしまったが、本人の方がよっぽど驚いて――いや、動揺している様子だった。
まるでうっかり深淵でも覗き込んでしまったみたいな反応。
自分の誕生日を忘れる?
そんなこと、そうそうないだろう。
聞く限りではあるが、コンプレックスはあるものの両親との関係は良好のように感じたし、それなら誕生日を祝われるのが自然ではないだろうか。
いやでもそういう家庭もあるかもしれない……特にフランは海外出身だし文化の違いが……などとミサキが考えを巡らせていると、フランは取り繕うようにぱっと笑った。
「ミサキの誕生日はいつなの?」
「え――5月の31日だよ。ふたご座」
「ふうん。まだ少し先ね」
あと3、4か月はある。
しかしそれくらいはあっという間だろう。
寒い冬が終わり、春が来る。なにがあっても季節の巡りは変わらない。
「その時が来たら祝ってね」
「――……ええ。きっと」
どうしてだろう。
その笑顔が、どこか寂しげなものに見えたのは。
そんな顔をしてほしくなくて、ミサキは慌てて勢いで口走り始める。
「……あ、そうだ! じゃあさ、わたしたちが出会った日をフランの誕生日にしようよ」
「え? なにその理屈」
「いいでしょ、だって覚えてないって言うんだもん。えっと……初ログインが確かこの日だからそこから1か月くらい下って……」
カレンダーを表示して日付を追い続ける。
しばしうんうん唸った後、ミサキは表情を輝かせた。
「そうだ、ここ! 11月23日!」
「なに言ってるのよミサキ、勝手に決めて……もう」
文句を言いながらもフランは笑っていた。
それは心からの笑顔で……少なくとも、ミサキにはそう見えた。
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